初めての本づくり 防災と困難と
巨大な台風が過ぎさりホッとするのもつかの間、猛暑が続いておりますが、みなさま、いかがおしごしでしょうか?
この度の台風で被害に遭われた方々には、一刻も早い健やかな日常が送れますようお祈り申し上げますとともに、できうる支援をしたいと思います。
”災害は忘れたころにやってくる”という言葉がありますが、そんな暢気なことを言っていられないくらい毎年のように災害が世界中で起こっています。いったいこの先どうなっていくのか考えただけでもぞっとします。
話は変わりますが、私がじゃこめてい出版を引き継いだとき、ほぼ休眠状態の会社でしたので、引き継いだのは社名というブランドと在庫だけでした。
当時私はある出版社に勤めており、その出版社は競馬と健康書がメインだったのですが、出版不況にともないそのラインナップを危惧した社長が、「いまの会社では色が付きすぎている。じゃこめてい出版という歴史ある出版社を引き継いでほしいという話が来ている。新しい柱を立てるチャンスだ。」そんな降ってわいたような話から、それまでのほほんとしていた私の人生がガラリと様変わりし怒涛の出版人生がスタートしました。
引継ぎと同時に、取次には代表変更届を出さなければなりませんでした。
代表を変更しましたという書類を提出するだけだと思っていたら、取次からは、資本が変わるのであれば取引条件も変更します。まさかの条件を下げろ。でなければ、取引を認めない...。ほとんどいじめのような状態で、粘りに粘ってもまったく動かぬ石のごとく結局、取次の条件を飲むことで再契約に3か月くらいかかりました。
ぐったりしている間もなく、新生じゃこめてい出版として次にやるべきことは、新刊を出すこと。
しかし私はずっと営業畑でしたので、一人で本を作ったことはりあませんでした。
そんな私がなぜ出版社を任されたのかというと、当時の社長が、
「出版は入り口(取次)と出口(書店営業)がわかる者がやるべきだ。」
もっともらしいけど、それが果たして正解なのかどうなのかよくわからないながらも、私が出向役員という形で、たった一人でスタートするに至ったのです。
もちろん、周りに協力してくれる人たちがいましたので、完全なるボッチではありませんでしたが、新刊を出すというプレッシャーは半端ありませんでした。
本を出すということは、企画を立てることから始まります。
前の出版社でも企画会議というものには強制的に参加していましたので、企画書を出してはいました。しかし、営業がメインで誰からも期待されてはいませんでしたので、”いま書店で売れている本” をリサーチして、いいように言うとインスパイアされた企画を出す程度でした。
そんな私がいよいよ本気で本を作らなけれないけなくなり、ここから出版人としての本物の苦難の始まりでした。
とにかく売れる本を作るために、悩みに悩み、考えに考え、ときたま忘れ、たまに逃げながら、それでも何か作らなきゃいけない!という負のスパイラル。
ぐるぐる回り続けながらもちょっとずつ前進し、たどり着いたのは、
まず企画以前に、
売れる本とは何か?
この問いに、ある程度でも自分の中に答えがないといけないことに気がつきました。
正直、今でも明確な答えはありませんが、答えに近いものを考えたとき、
売れる本は結果でしかない。
結果から導き出せないなら、まず売れそうな本を考える。
売れそうな本と何か?
それは、お金を出してまで買いたいと思わせる情報であり、世の中に必要とされていて、まだ本というカタチになっていないモノ。
自分の中にこの答えのようなものができたとき、偶然にも自分の住む町内会の総会に出席する機会を得ました。
初めて参加する町内会総会。見知っているご近所さんたちが集合し、地域の問題から予算の使い方まで、あっちこっち話が飛びながらも着地点を探していきます。
会社であれば、利益を上げるという目的があり、その目的のために具体的な行動をや指針を決めていきますが、町内会というのは、たまたま偶然そこに住んでいる人たちの集まりでしかありません。日常的に町のことなどは考えて過ごすことなく暮らしている人たちです。
しかし、この総会時には、町のことについて話し合わなければならないという、ものすごく特殊な組織なのです。
初めて参加した私は、その特殊な世界に魅了されました。
誰一人として、よその町内会・自治会がどういう風に取り組んでるのか知らないまま、とにかく”今までと同じでいいよね”というスタンスで進められていく状況に、「十分に社会経験を積んだ大人たちが、なんでこんなに適当にやり過ごそうとしているのか?」ということが不思議でなりませんでした。
みなさん、ゴミ出しの問題だとか、予算の使い方だとか、自分なりの正当性を主張しながら一生懸命に論議しています。しかし、ルールや法律があるわけでもない問題に対して誰も明確に答えることができないもどかしさだったり、とにかく文句や否定ばかり口にする人たちによる論議の停滞に徒労感が募るばかり。
誰もが納得する明確な答えや問題解決法というのは、一つに、他の似たような町がどのような基準やルールを作って町内会・自治会を運営しているのかということを知り、それをベースに作り上げていくことだと思います。
しかし、だれも他の町内会総会に参加したこともないし、知る手段もない。
だから誰一人として、具体的な方法や説得力のある話をできる人がいない。
私の中で一気に企画がひらめきました。
これは町内会自治会の運営の指針となる本があれば、売れるんじゃないか⁉
全国には町内会自治会は数え切れないほどあるし、運営に困っている人、疑問に感じている人たちは多いのではないだろうか?
ネットで調べてみると、町内会自治会は、法律で決められているわけでなく地域の任意に基づいてできている組織だということ。
その一方、自治体から送られてくるさまざまな情報は、自治会の回覧板などで回されいるという状況があり、自治体としてはあることが前提。
では自治体のHPなどで運営方法が掲載されているのかというと、そんなことはない。
これはいける!そう思った私はさっそく企画書を書き上げ、社長や編集を手伝ってくれる人たちに見せました。
社長「まあ。初めての本だから失敗を恐れずやりなさい。」
編集者Aさん「な、なんですか?よくわからないけど、わからな過ぎていいと思います.....。」
家族「そんなの売れるの? ソレノ ナニガイイノカ ワカラナイ」
周りの反応は、こんなものでした。
しかし社長からは”早くとっと出せよ”という意味を込めて、GOサインが出たこともあり、退路は断たれてしまいました。
とにかく著者を調べることから始めると、町内会自治会を研究テーマにした大学院生の研究ブログを見つけました。
仙台を中心に自治会の問題点や実際の活動などしっかりと調査研究されており、ほかに目ぼしいHPもブログも見当たらず、この大学院生にメールで連絡を取ることにしました。
町内会や自治会の問題を解決する本を作りたいこと、ぜひお会いして相談に乗っていただきたいことをお伝えすると、会っていただけることになりました。
はじめてお目にかかる大学院生の伊藤さんは、細身で眼鏡かけた、いかにも明晰そうな方でした。
町内会の総会に参加したときに感じた組織運営の問題点とその面白さをお話しすると、伊藤さんは、「私もその問題点などを研究テーマにしていますので、お話はよく分かります。ですが.....」
「ですが」のあと少しの間が空き、なにかピリッとした緊張が走り.....、
「そのような本があってもいいと思います。必要な人もいるかと思います。でも、そんな本を作って売れますか?」
「えっ!?」
いきなり予想外の言葉にびっくり。こたえに窮してしまった私に申し訳ないと思ったのか、
「いや、すいみません。私が言うべきことではないですよね。出版社の方が企画を考えていらっしゃるのですから、売れるであろうという考えがあってのことでしょうから。しかし、せっかくのお話ですが、私はまだ研究生なので本を書くというの無理です。でも、よければ私の師匠(先生)なら紹介できます。」
伊藤さんから投げかけられた「その本は売れるのか?」という言葉が、ズーンと心に反響しながらも、伊藤さんの師匠である田中実先生を紹介していただけることになりました。
その日は、営業マンから編集者として新たな一歩前を踏み出した瞬間に、心躍る気持ちと、もう後戻りできないというちょっとした恐怖感を感じた一日でした。
つづく