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【パートナーシップ】最近まで日本にあった、旅人に自分の妻を抱かせてもてなす風習
一夫一妻制度は、一神教キリスト教原理主義的概念の固定概念的、貧相な発想でしかない。柔軟でない、考え執着は、苦しみを産むだけ。。自文化のルーツ無知。公教育日教組の犯罪は、多数ありますけど、GHQの占領洗脳去勢教育でしかないのです。想像性、創造性ナッシングな、他人知識植民。。アホらし🤷♀️
#妻問婚 #知識は偏見を強化し教養は心の豊かさを育む #公教育の歴史教育は洗脳でしかない
最近まで日本にあった、旅人に自分の妻を抱かせてもてなす風習
清水照美 5,464 0
旅人に自分の妻を抱かせる村が、かつて日本の各地にあったのをご存知だろうか。
そのような村では、自分の妻を抱かせるのが、旅人への最高のもてなしとされていた。
実はこういった「風習」は、日本に限ったことではない。
イヌイットやモンゴルの人々も、かつて同じような風習を持っていたことがわかっている。
また、旅人に自分の妻を抱かせるのが最高のもてなしの島も、世界各地にあったとされている。
これは、いわゆる「血が濃くなる」のを防ぐための知恵なのだ。
人間は他の部族との交流が少ないと、同族どうしの婚姻を繰り返すことになる。
たとえば山岳民族であったり、島に住む人々なども同じことがいえる。
こうなると血が濃くなって、病弱な子供が生まれたり、奇形児が生まれる確率が高くなる。
それでは部族全体が弱体化して絶滅の危機に瀕するので、それを防ぐために、他部族(旅人)の血を入れようとした。
それが、旅人に自分の妻を抱かせるという風習なのである。
日本にも同様の風習があった
日本でも、山間地では江戸時代まで同様のことが行われていた、というのは民俗学では常識となっている。
明治になるとこの風習は徐々になくなっていくが、それでも数十年前まではいくらか残っていたようだ。
なぜ日本でこのようなことが行われていたかというと、今と違って交通の便が悪い当時は、隣の村に行くのも困難という地域があちこちにあった。
現代なら、山を掘削してトンネルを通せば簡単に行き来できるが、重機のない昔はそれが不可能だった。
そういう隔絶された地域では、妻を旅人に提供するのは常識だったのである。
つまり、よそからの来訪者は、村にとって新鮮なDNAを注入するまたとないチャンスだったわけだ。
また、妻を旅人に提供するのとは少し違うが、長男が嫁をもらうと、その嫁を兄弟全員で共有する風習も日本各地にあった。
これも山間部の隔絶された村で行われてきたことだが、こちらは血が濃くなるとかの問題ではなく、単に適齢期の女が不足していたからである。
妻を旅人に提供するにしろ、長男の嫁を兄弟で共有するにしろ、現代の感覚では
非常識としか思えないが、当時はそれが普通だった。