『勉強している私』は心地よい
率直に言うと、『勉強している私』が好きだ。
勉強するということは努力していることにも繋がるので、『努力している私』も好きだ。
でも、なんだか、やっている感がよく出るからか、『勉強している私』の方がより好きだ。
よく、スターバックスで勉強をしている感を出している人(実際勉強をしているはず)などに対して、なんやかんやと言われることが多い気がするけれど、私は気持ちがわかる。
何かに打ち込んでて偉い!前向き感!頑張ってる感!良いね!私もやりたい!
と思いながら横目に見ている。
極論言えば、実際覚えたり出来なくても、『勉強した』という事実があれば、満足は出来る。達成度は低いので、安く体感出来る素晴らしい行為なのだ。
『勉強をしている私』は、家でやるよりも外でやる方が感じやすい。(と思う)
そして、実際は本当に何かの資格や検定の勉強をしているので、家だとサボるタイプの私は人目があるところや、誘惑が少ないところで勉強する方が良い。作業が進む。すると必然的にカフェや図書館などに絞られてくるのだ。
かつて、勉強しないとならないが、家だと確実にだらけるので仕事帰りに空いているカフェに寄って一通り何かをこなして帰る生活をしていた時がある。
あの頃は人生で一番勉強していたのでは?と思えるくらいには勉強していた。今でも、そのカフェの前を通るとその時を思い出して、辛かった記憶が薄れているのを良いことに、あの時私、めっちゃ頑張ってて偉いなあ…と感心するなどしている。
しかし悲しいことに、本当に切羽詰まりすぎて、『勉強している私』はあまり味わえなかったのだ。ただただ、しんどいから早く解放されたいが、落ちたらこれまでの努力と金が無駄に!の一心しかなかった。
心残りはそこである。
あの時の私は、『勉強している私』を楽しめていなかった。あれほど合格に向けて勉強に打ち込んでいたというのに!
合格という最強の前向き目標があるのに心は馬車馬、自転車操業、休んだら全てが終わる、くらいの追い込まれ方だった。
確実に体に悪かったし、あの勉強のせいで私の体は老け込んだしきっと寿命も縮んだ。
そして思うのは、意外と『勉強している私』という、絶妙なアドレナリンが出てそうな感覚を味わうには、自分の精神身体共に余裕があるくらいのレベルで、そして勉強期間にもゆとりがある状態で打ち込む必要があるということ。そしてゆるい締め切りがあること。(締め切りが無いとやらなくなるから)
なんて発動条件が面倒臭いのだろう。もっと素直に出て欲しい。きっと、このバフは結構能力値を上げてくれるに違いないのに。少なくとも癖になるくらいの高揚感はある。
そこまで追い込まれずに、『勉強している私』のバフをかけるにはどうすれば良いのだろう?
私に少し思うところがあるのだが、それは、
ベネッセチャレンジに入会する
である。
結構な割合で、主に小学生の時に入ったことがある人が多いのではないだろうか。かくいう私も親に頼んで入会していた過去がある。
あんな魅惑的なDMが届いたら受けたくもなる。なんだか全てがキラキラしている。
そう!
私が求めるキラキラ!
勉強している感ある!(ダメの見本)
素晴らしい!!
毎月ポストに届く教材!(ワクワク)
毎日少し勉強して、達成感を味わえるシールの貼り付け作業!(むしろこのために勉強してるとこある)
ちゃんと解説も書いてあってしっかりした教材!
直接書き込むことにより、後々見返した時、やってる感も確認できる作り!(見返さない)
赤ペン先生という、ある程度のテストのような力試し!(シールのために出す)
そして、赤ペン先生から貰えるシールを頑張って集めたら、素敵なラインナップから欲しいものを選べるシステム!(皆、漫画家セットみたいなやつ欲しかったでしょ)
素晴らしい!!!
書いてるだけでワクワクしてきた!楽しい!
こちら、立派な社会人です。
よく言えば、子供の頃の好奇心を忘れていない大人です。
というわけで、チャレンジに入会したい気持ちが定期的に湧いてくる。
別に入れるらしいし。
※定期的に入会したくなり、定期的にチャレンジについて調べる暮らしをしています。
この大人な私がやるチャレンジは、楽勝に進められるはずである。(※中学まで)
さぞ、快感が得られるはずである。
ただ、かつてのチャレンジ入会民だった私の記憶から決して消せない想いもある。
それは、
ある程度期間が経過すると、ポストに届いている教材を見るとげんなりするようになる
である。
皆さん、経験おありですよね?
ほぼ全員、そうなってませんか?
せめて80%はなっていると、信じたい。
これは新鮮味が無くなったから?
もちろん、それもあるけど、主な理由(90%)は、
コツコツ、そして淡々と毎日続けられない
↓
何もしない日が増えていく
↓
教材の消費が追いつかなくなる
↓
また次のが来た…
である。
三つ子の魂百までと言われる中、その時すでにその三倍程度生きていた小学生だった私が、性質変わりますか?という話です。
チャレンジ、今やっても溜めますでしょ?(自分への問いかけ)
今もコツコツ出来ないタイプです。
ですが言い訳させてください、そこまで強制されていなければ比較的続けられるんです、本当です!
という葛藤があり、未だ入会せず。
価格も問題点。中学講座でも一年で八万とかするらしい。今思うと高級品に見える。
高級品を開封もせずに積み上げました。溜めることは得意です。
あと、紙じゃなくてタブレットなのが、やった感出なそうで嫌というクソみたいな理由もあります。汚い大人です。
というわけで、別に勉強が嫌いなわけでもないので定期的に検定や資格など、何かしらやったりしている暮らしをしている私が、今初めての挑戦として、前々からチャレンジと同じく気になっていた、放送大学へ入学しようとしている。
日本の社会人は、学ばせてもらいにくい。
通学とかハードル高すぎる。
放送大学は、卒業しても良いししなくても良いし、一単位から好きなものを取れるのが良い。
強いていうなら、もっと理系科目が欲しい。
特に卒業したい意志もないので、興味があるものを好きなペースで受けてみようと思っている。
解説講座の一覧を見て、どれとってみようかな♫と考えているこの時間がめちゃくちゃ楽しい。
資格の参考書を本屋で選んでいる時の気持ちにとても近い。すでに満足し始めているところがある。
このままいけば、10月に入学して受けられるはず。
どうやら色んな人のブログや書き込みを見ると、想定より大変らしい。そりゃそうだよね、まず大半の人、仕事してるし。
初歩からのとつくものはやばいこと、学びました。取る場合は、心して取ります。
強制されて学ばされていた学生時代の勉強は楽しくなかったけれど、社会人になってからの勉強は、昔よりも楽しい。そう思えるのは救い。
興味のあることを自分のペースで学べる環境、そしてきっと得られる(よね?)、適度な『勉強してる感』に感謝したい。嬉しいことに、受けたい授業はたくさんある。
放送大学の学生になった際は、先輩方々、何卒よろしくお願いします。
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