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船で群馬に行った話

 僕は今、船に乗っている。今日は朝から空が灰色で時々小雨が降っていたが、今は止んでいる。水面は思ったよりも穏やかで、ロープを解くと船は滑るように岸を離れた。
「席は濡れてるかもしれないから、立ってた方がいいよ」
オレンジ色のライフジャケットを身に着けた船員の男性は、ただ一人の乗客に声をかける。僕は手すりにつかまって対岸に目をやる。そこに見えたのは群馬の姿だった。

 まずは高崎線で今回の起点となる熊谷駅へと向かう。熊谷は埼玉県北部の主要都市であり、全国有数の暑い街としても有名だ。新幹線も停まるターミナル駅とあって、平日の昼過ぎでも各方面へと向かう多くのバスが発着していた。

熊谷駅

 熊谷駅からは国際十王交通の葛和田行きのバスに乗車する。バスは6、7割の乗車率で発車し、熊谷の中心市街地を走る。沿道には商業施設だけでなく高校や公共施設もあり、県北のとしての拠点性がうかがえた。市街地を抜け、郊外になると住宅が増え、乗客は少しずつ降りていった。やがてバスの終点に近づき、景色はすっかり田園地帯になっていた。この時点でも2割ほど乗客が乗っていたことは予想外であった。まさか、群馬へ渡る人がこれほどいるのかと思っていると、堤防の近くに住宅地があり、終点の1つ手前の停留所で僕以外の全員が下車した。バスはただ一人の乗客を乗せて利根川の土手を登り、終点の葛和田に到着した。

終点の葛和田バス停 奥には渡船の待合室

 バスを降りると、目の前にはオレンジ色の丸印が付いたバス停と解説の看板、その奥には渡船の待合小屋があった。どうやらこの渡船は「葛和田の渡し」というようだ。川岸まではかなり距離があるが、小雨がぱらぱらと降ってきた。このまま船に乗っても濡れてしまうので、待合室に入って雨をしのぐことにした。中にはたくさんの張り紙があって、渡船は群馬県の千代田町が運航していること、県道扱いのため運賃は無料であることなどが書かれていた。なお、ここでは「赤岩渡船」と表記されている。どうやら群馬と埼玉の両岸で呼び方が異なっているようだ。しかし、僕が今いる埼玉側には船はいないし、時刻表もない。では、どうやって船に乗るのか。その方法は「旗を揚げる」。説明書きには『小屋の隣にある黄旗を、群馬県側の小屋にいる船頭が気まで付くまで上げてください。なお、渡船が動き出したら旗を降ろしてください。』と書かれている。

群馬県側にいる船を呼ぶための旗

 外を見るといつのまにか小雨はやんでいたので、小屋から出て船を呼ぶことにした。ロープは思ったよりも重く、引っ張ると徐々に黄色い旗はと登っていく。時々ロープが金属の支柱に当たってカーンと音が鳴る。上まで揚げてみると、旗というよりは凧のような見た目だ。しかしこれで終わりではない。群馬側の船が動き出すまでは旗を掲げ続けなければならないのだ。対岸に目を凝らすが、天気もあまりよくないし、船がどれなのかもよくわからない。僕は旗を何度か上下させては再び対岸に目を向けた。2、3分して川の向こう側で何かが動き出したのが見えた。それを確認して僕は旗を降ろして川岸へと向かった。

今回乗船した「新千代田丸」

 埼玉県側の広い川岸はグライダーの滑空場として使われているらしく、大きなコンテナのようなものがいくつも置かれていた。そこを抜けると小さな門があり、その先に船着き場があった。やがて川の遠くに見えた船の姿はだんだん大きくなり、僕の待っている船着き場へ近づいてきた。船名は「新千代田丸」と書かれている。船には操縦士ともう1人船員が乗っていて、岸壁の手前で船員がこちらに飛び移り、船着き場の銀色の所ににロープを括り付けて引っ張り、接岸させた。
「どうぞ、足元に気を付けて」と言われ、僕は船に足をかける。水面は穏やかで、船はほとんど揺れていない。乗り込むとすぐにオレンジ色のライフジャケットを渡されたので、身に着けた。やがてロープが解かれると、エンジンが動き始め、船は滑るように岸を離れた。船の左右には白い箱のような席があって、一応座れるようになっている。
「席は濡れてるかもしれないから、立ってた方がいいよ」
船員の男性にそう言われたので、僕は立っていることにした。

船に乗って埼玉を後にする

 船は利根川を横断するようにゆっくりと進んでいく。たった1人の乗客のために2人の人間と船が動いている。僕は船員に聞いてみた。
「この渡し船ってどれくらい乗客がいるものなんですか」
「今は平日の昼間だからお客さんは少ないけど、朝は通学で使う人とか、休みの日は自転車を乗せてわたる人が多いかな。近くの橋までは5kmくらい離れているからね」
彼はそう答えた。どうやらある程度乗客はいるようなので安心した。その後も船員とは僕がここまでどうやって来たかや、これからどこへ向かうのかなどの話をした。船からは川沿いの田畑で何かを燃やしているのか、煙が見えたり、水面近くを飛ぶ鳥の姿を見たりした。利根川を橋で渡ったことは何度もあったが、これほど水面付近をゆっくりと眺めながらわたる経験は初めてだった。出発から5分ほどで船は群馬県側の船着き場に到着した。船を降り、群馬県上陸の第一歩を踏みしめる。海のない群馬県に他県から公共交通機関で「上陸」できるのはおそらくここが唯一ではないだろうか。

群馬県側(千代田町)の船着き場

 利根川の堤防を登ったところに群馬県側の小屋があった。こちらは埼玉県側の小屋よりも大きく立派で、ここで船員たちも待機しているということだった。小屋の外壁には解説の看板があり、赤岩は江戸時代から鉄道(現在の高崎線)が開通するまでの間は利根川水運の拠点として栄えており、昭和の初めごろまで水運の拠点であったことが記されていた。

群馬県側の小屋「赤岩渡船場」と書かれている

 ここから先の移動手段だが、事前の調査で赤岩を経由する町のコミュニティバスは極めて本数が少ないことは把握していた。そこで、より多くのバスが経由する千代田町役場まで徒歩で向かうことにした。群馬県では茶色に白文字の看板をよく見かけるのだが、例にもれず、上陸してすぐにその看板を見つけた。看板によれば、赤岩渡船から千代田町役場までは1.5kmあるようで、20分ほど歩いて町役場に到着した。

群馬県特有の茶色の看板

 千代田町役場に着くとまた小雨が降り始めた。そして庁舎には『ともにみ未来へ 利根川新橋早期着工』と書かれた垂れ幕が下がっていた。実際、町役場に着くまでの間にはいくつも新橋の早期着工を求めるのぼり旗や看板を見かけた。地図で見てみると、赤岩の上流側にある刀水橋と下流側にある武蔵大橋の間は10km以上離れており、両岸の移動手段として赤岩渡船に一定の需要があるのも納得できる。

新橋の早期着工を求める垂れ幕

 役場で雨をしのぎながら、大泉町のコミュニティバスの到着を待つ。千代田町役場からは館林方面と大泉・太田方面のバスが出ており、待ち時間の少ない大泉・太田方面のバスに乗った。駐車場にはたくさんの車が停まっていたが、町役場からの乗客はまたしても僕1人であった。バスは千代田町から大泉町に入り、何人か乗客が増えた。そしてバスは西小泉駅前のバスターミナルに到着し、僕はここで下車した。バスを降りて駅前へ向かう横断歩道を渡ろうとすると、思わぬ光景が目に入った。見慣れない言語が大きく書かれた看板の商店だ。思わず中に入って見ると、中ではポルトガル語と思わしき言語で店員と客が会話しており、商品も南米や外国のものが中心であった。調べてみると、大泉町は自動車などの工場があり、ブラジルなど南米出身者の割合が高い町であることがわかった。僕はこの店でブラジルで有名とされているガラナ飲料を買ったのだが、後で見てみると日本製だった。

駅前の変わった商店

西小泉駅に着くとちょうど電車がやってきて、学生が大勢降りてきた。駅名標を見ると、日本語・英語・中国語・韓国語に加え、ブラジルの公用語であるポルトガル語と南米でも使われるスペイン語の6か国語による表記がなされていた。

6か国語表記の駅名標

 こうして埼玉の熊谷から船で川を渡ってやってきた散歩は国際色豊かな町である群馬の大泉でゴールを迎えた。天候には恵まれなかったが、予想を超える楽しい結末を迎えることができた。僕は折返しの館林行きの列車に乗り、帰宅した。

帰りに乗った東武小泉線

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