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星になったとしても。

石畳を歩く革靴の音が、夜の空に響き渡る。

ポケットの中にあるはずの玄関の鍵を探す。ゆっくりと、玄関のドアとの距離を縮めながら探す。

ようやく探し出した鍵には、薄汚れた小さなクマのぬいぐるみと、ワインレッドの鈴が付けられていた。二人の娘が失くさないようにと付けてくれたものだ。鈴が、ほんのりと笑うように鳴った。

月明かりに鈍く光る銀色の鍵を、出来るだけ音を出さずに鍵穴に差し込む。差し込んだ時の金属の感触が指から手首にかけて伝わる。鍵穴の奥まで差し込まれた鍵を、いつものように右に反転させた。

『ただいま』

寝室へと向かいながらネクタイを外す。フローリングの冷たい床が蒸れた足に心地良い。そろそろ娘たちが、面白がって靴下の匂いを嗅ぎに来る頃だろう。そんな様子を眺めながら、幸せそうに笑う妻の笑顔を護っていこうと心に決めたのはいつの頃だったろうか。

ベルトを外す音が、静かな部屋に響き渡る。自分の息遣いも、鼓動も、まばたきの音まで聞こえてくるようだ。

静かなはずだ。

この家には誰もいない。妻も二人の娘もいない。

頬を流れる涙の音が聞こえた。




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