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引用11:召命に生きた三人の聖者

 今回は、三人の著書からの引用をする。

 著者や作品についての若干の注釈はつけたが、できれば、絵を眺めるように言葉を読んでいただきたい。

“超人は大地の意義である。君たちの意志はこう言うべきだ。超人よ大地の意義であれ、と。
 わが兄弟よ、わたしは心から願う。大地に忠実であれ、そして諸君に地上のものならぬ希望を語る者どもを、信じてはならないと。みずからそれを弁えていようといまいと、彼らは毒を盛ろうとしているのだ。”

(ニーチェ、佐々木中訳『ツァラトゥストラかく語りき』河出文庫、2015、p,19)

 今では、書名ぐらいなら見聞きしたことがあるだろうし、読んだ人もいるだろうが、ニーチェ存命の頃は、そんなに関心を持たれなかった本である。

 原書は、第1部、第2部、第3部が書きあげられるとその都度、出版されたが、ほとんど売れず、反響もなかった。第4部にいたっては、出版を引き受けてくれるところがなく、私家版40部が印刷され、その一部が親戚や知り合いに配布されただけである。一説によれば、5人ぐらいしか読んでいないと聞いたことがある。

 言ってみれば、埋もれた金鉱のようなものだった。現代日本で、こうしてニーチェが読めるのは、誰かが見つけ、読み継いできたからに他ならない。ニーチェの時代だけでなく、今もまたと、言う必要があるだろうか。


“信仰は謎の解決ではない。解決を求める心の抛棄である。キリストが十字架上に死んだ以上、汝も謎を解くことを求めてはならぬ。謎に手を触れようとしてはならぬ。己れを捨てねばならぬ。キリストが死んだ以上はこの世の闇は何かの間違いといったものではない。それは動かしがたいものなのだ。十字架の上にはこの世の一切の謎、一切の闇が集中され、深められ、完成されているのである。”

(越知保夫『新版 小林秀雄 越知保夫全作品』慶応義塾大学出版会、2016、p,40)

 越知保夫は、1911年に生まれ、1961年に没した、カトリックの批評家。遠藤周作に文学への道を勧めた詩人哲学者の吉満義彦に師事した。友人に、批評家の中村光夫がいる。

 越知は生前、著作を世に問うことなく、病で亡くなったが、没後二年、有志たちの協力で遺稿集『好色と花』が編まれる。遠藤周作、島尾敏雄、カトリック司祭の井上洋治から、絶賛されている。

 引用した本は、井上の弟子である批評家若松英輔が編み、また越知の小伝を加えたものである。


“不正のあたえる絶えざる凌辱がわたしの生命の塩となっているのだが、その不正の顔をいまだにろくに描くことさえできずにいるという滑稽さを、わたしはむしろ謙虚に忍んでいるのだ。すべて召命とは一つの呼びかけ――vocatus――であり、そしてすべての呼びかけは聞き届けられることを願う。わたしが呼びかける相手はもとよりそれほどたくさんはいない。その人たちはこの世の問題をなんら変えはしないだろう。だが、その人たちのために、その人たちのためにこそ、わたしは生れてきたのだ。”

(ジョルジュ・ベルナノス、高坂和彦訳『月下の大墓地』白馬書房、1973、p,8-9)

 ベルナノスは、二十世紀フランスを代表するカトリック作家。

 一時期は、日本でもよく読まれたが、今は、読んでいる人に出会うことが稀になったように感ずる。

 『月下の大墓地』は、スペイン内戦に際し、ヴァチカン教皇庁がフランコの独裁政権への支持を表明したことをきっかけに書かれた。当時、ファシズムは反共産主義を標榜しており、この点において教皇庁とフランコ政権の利害が一致した。それは同時に、ファシズム勢力に抵抗する人民戦線の人々を見棄てることを意味した。ベルナノスが『月下の大墓地』を通して糾弾した教会の姿勢とは、このことである。教会はむしろ、弱くされている人々に寄り添うべきなのに、圧政者の味方をするのは、果してイエスの求めていることだろうか。ベルナノスは、そう厳しく問うていた。

 この作品によって、ベルナノスは、カトリック教会によって否定され、実質的に「破門」される。今は、「破門」と聞いてもリアリティが湧かないかもしれないが、当時の「破門」は、キリスト教社会での「死」と同義だった。特に、フランスのように、社会にキリスト教が深く根を下ろしている場合、社会的抹殺に等しい意味を持っていたことを、忘れてはならない。ベルナノスはそうなることを予見しながら、この作品を書いた。引用はその序文にある一節である。

 召命とは、キリスト教用語で、神に召されること、呼びかけられ、召し出されることである。ベルナノスは、自己の「召命」を感じながら、この作品を書いた。召命とは何かを考える時、立ち戻る視座を与えてくれる一節であり、作品である。


以前の引用記事はこちらである。


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jacob_truth369
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