「会社をつぶそう」と思った日~タイ起業10年記⑬
この10年間、幸いにして倒産の危機というのはなかった。
お陰様でお客さんからの依頼は途切れることが無かった。
労働集約的ゆえにメチャクチャ儲かるビジネスではないが、少しずつ組織を大きくしながら、日々より良い仕事をしていくことに充実感を感じてきた。
ただ一度だけ、本気で「もう経営をやめたほうがいいんじゃないか」と弱気になったことがある。
それは、組織の信頼関係が崩れてしまった時だ。
弊社の企業理念の中に、「Show by Examle(範を示す)」という言葉がある。人事のコンサルティングという業種である以上は、自分たちの組織の状態に常に気を配っていないといけない。
企業というのは、しばしば「紺屋の白袴」になりやすい。
言っていることとやっていることが食い違ってしまうのだ。
人材育成の会社なのに自社の人材育成をしていなかったり、、ということは得てして起きがちだ。
そうならないように、「自分の会社のことを一番しっかりやろう。そうすれば勝手に仕事はついてくる」。
そう僕はいつも言っていた。
もちろん、自分の会社が完璧だとは思わない。
世間並みに人も辞めるし、社内の仕組みもまだまだ不完全だ。
だけども、「完璧を目指して、努力を怠らない」ことはできる。
「うちの会社は、全員がモチベーション高いです」ということはありえないし、逆に嘘くさい。
「うちの会社にも、モチベーションの低い社員もいます。でも、いつも全力で向き合うことをしています」と常に言えるような組織でありたい。
そういう姿勢を通じて、社会からの信用を勝ち取れるのだと思う。
だが、そうした「範を示す」ことが出来ないくらい組織のカルチャーが傷んでしまったことがあった。会社を始めて3-4年くらいだろうか。
何か決定的なことがあったわけじゃない。
カルチャーというのは色々な要因が複雑に絡み合って変容していくものだ。ネガティブな思考が伝播し、陰口や噂話が横行するようになった。
オープンな風土が失われてしまったのだ。
僕は、陰口や悪口が大嫌いだ。
だから、そういう様子を見ると叱責するようにした。
だけど、それだけでは組織は良くならなかった。
タイの会社では、誕生日にはケーキを用意してお祝いすることが一般的だ。
そういう温かい文化を大事にするタイ人が多いし、うちの会社もそう言うことは欠かさず行っていた。
しかし、ある年の僕の誕生日には、ケーキは用意されなかった。
恐らく誰かが音頭を取ったのだと思う。
別にケーキが食べたかったわけじゃない。
だけど、大事にしていた文化が崩れてしまったことがとても悲しくて、僕はこっそり泣いた。
ある日のこと、組織でネガティブなやり取りがあったことをきっかけに、僕は思わずこう言った。
「今の組織の状態は、僕が作りたい組織じゃない。
こんなことなら、もうこの会社は辞めようかと思う」
たしか、そんなようなことを言ったと思う。
今思い出しても、この発言は最悪だった。
組織のコミュニケーションが悪いことをメンバーのせいにして、社長が逆ギレをしている。
そんなことを聞かされても、社員が前向きになるわけではない。
寒い空気が流れたのを記憶している。
当時の僕は、完全に他責になっていた。
そして、自分自身に欠けていたのは「勇気」だったと思う。
メンバーと向き合う勇気。
自体を好転させるために、リスクを取った決断をする勇気。
それが決定的に欠けていたものだ。
最悪の状態に陥っていた自分だったが、あることをきっかけに事態が動き始めることになる。
(つづく)