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これが俺の仕事の流儀

 今は20時30分くらいだろうか。静けさはまったくない。まるで映画エクスペンダブルスに共演しているかのように、銃撃戦の中にいるような騒がしさがあった。僕はブルースウィリス風に夜なのにまぶしそうに眼を開けた。
「そろそろか。」
 さすがに全然眠れなかった。
 でも次は僕の順番だ。
 「よっしゃ!きた!」
 全身に気合が入ってくる。
 頭に水玉模様のハチマキを巻いたおじさんが僕に火をつけようとしている。今日切ったばかりであろう薪を手に持ち、その先からは炎がメラメラと、いやグツグツのほうがお似合いのような気がする。薪の先からは溶岩のような炎が風になびいていた。
 でも僕はそれをしりぞけるつもりはない。
 しっかりと僕に、そのグツグツした炎で火をつけてくれ。
 この日のために、僕は準備をしてきたんだ。
 何ヶ月も前から。
 僕の前に火をつけられた奴もそうだった。
 志田礼柳。
 僕の前の奴の名前だ。柳とは15年ほど前から一緒に仕事をしている。柳の仕事は完璧だ。去年は会場から最優秀賞などというものをもらっていた。ある意味、僕のライバルでもある。柳は僕のひとつ先輩だが、先輩後輩というより、友人という感じで、そのなかでも特に親しい友人であった。仕事前、倉庫で待機するときなどは必ずと言っていいほど、柳とバカ話をしていた。
 そんな柳も、火をつけられる前はやけに楽しそうな顔をしていた。
 そう、みんな火をつけられるのにワクワクしている。ドキドキしている。       

 先輩たちもそうだ、同期も、後輩たちも。
 まわりの人たちは、火をつけられた後の僕たちを観て楽しんでいる。たれのいっぱいかかった焼きそばや、塩のいっぱいかかったフライドポテトを食べながら。中には体がびくついて口が開いたままになっている人もいる。
 そんなに楽しいのか。
 でも僕たちは、そんな人たちの笑顔を見るためにここにきたんだ。
 その時、僕の尻に火が点いた。
 次の瞬間!
 ヒュルルルルルルル・・・。
 テンションをMAXまでためて、僕は一気にはじけた。


 ドッカーン!!


 どでかい花火が上がった。
 みんな楽しそうに僕を観ていた。たれのいっぱいかかった焼きそばをびっくりして落としている人や、塩のいっぱいかかったフライドポテトを買おうとして、このどでかい花火を見逃している人、中には体がびくついて顔が変なおじさんのだっふんだ、みたいになっている人もいた。昔から僕は視力だけはよかったから本当によく見える。

 ほんとに気持ちがいい。
 この一瞬のために僕はここにきている。
 みんなの視線が僕に集中している。
 最高だ。
 ほんとに気持ちがいい。
 でもこれで終わりじゃない。
「あっ、柳!」
 柳は、5歳くらいのこどもに当たりそうになっていたが、間一髪ぎりぎりのところで避けていた。
はじけ散った僕は、飛びカスとなり人に当たらないように地面に無事着地した。
 そこまでが僕たちの仕事。人には絶対に当たるな。これが僕たちの鉄則だ。
 柳が、当たりそうになっていた家族と何か話をしていた。
 トラブルでもおきたのか心配になったが、少しすると柳がゆっくりこっちに向かってきた。
「何か言われた?」
「いやね、避けてくれてありがとうございますって。たまに避けてくれない奴がいるからって・・・。」
「そうだな、焼けどなんかしたら大変だからな。着地するまでは気は抜けない。」
「あと君の花火は本当のしだれ柳みたいで、断トツきれいだったって。」
 柳は恥ずかしそうに口を動かした。
「今年も最優秀賞は柳で決まりだな。また今年もだめだったか。残念。」
 悔しさもあったが、うれしさの方が強かった。ともだちが誉められるのは自分のことのようにうれしいものがある。
 僕の夏はこれで終わりを迎えた。
 でもまだ後輩たちが頑張っている。後輩たちがどんどん打ちあがっている。
 僕の出番は終わったが、花火大会はまだ終わっていない。
「焼きそばでも食べながら、見守るとするか。」
 僕は柳と一緒に、後輩たちの花火を楽しんだ。
 僕たちの花火を見て、少しでも日ごろの疲れがリフレッシュできれば、この夏をよりいっそう楽しく過ごし、思い出の一つにでも入れていただければ、これ幸いである。


ヒュルルルルルルル・・・。
ドッカーン!!!

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