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【医療マガジン】エピソード2 直子と華乃宮小町の出会い(後編)

数秒の沈黙…。

我に返った三人娘は互いに顔を見合わせてから、改めて女神のほうを向いてゴクンと唾を飲み込んだ。
 
「で……、そんな華乃宮小町さまが私たちに何か御用でも?」
「素子・直子・美子!いいかげん目覚めなさい!バッカじゃないの。いい歳をしてあっちの医者がイケメンだの、こっちの医者が東大だの慶応だの。あなたたちみたいな人がうじゃうじゃいるから、無駄に医療費がかかるの。毎日毎日、不規則な生活をして、食べたいものを食べたい以上に食べて。ろくに身体も動かさない。それで低俗なテレビ番組に踊らされてクスリやらサプリやらをがぶ飲みするの。本当の美や健康は、身体の内側から出てくるものだってことも知らずにね。心や精神が醜い人は、例えどんなに高級ブランド品や高価なコスメで飾りたてても、結局すぐに粗が出るものなの。ほぉ~ら。ご覧なさい。そこらじゅう、そんなオバサンばっかじゃない。そこそこのルックスやスタイルを、よくぞまぁここまでっていうくらいごまかしてはいるけれど、私からすればゴミくずも同然よね。フンッ。愚かなあなたたち…。なぜだかわかるぅ?」
「…」
「あの人たちはね。極めて表面的にしか、健康とか美容とかを考えていないの。自分がどうすれば本当に健やかで美しくなれるのか。自分は何のためにこの先云十年も人生を生きていくのか。なぁんにも考えてないの。思考停止状態ね。だから…。心を磨いていないから、見苦しくって品がないの」
「…」
「イメージできるかしら?あと何年後かの自分たちの姿を。あなたたちのことだから、相も変わらず、くっだらない価値観でいろんな医者巡りをして、それをネタに来る日も来る日もゲスな馬鹿話をしてるんでしょうね。でもね、その間にも確実にあなたたちの脳みそと内臓は老化していくわね。いくら表面的に取り繕ってみたって、内面の衰えとのギャップで、時々刻々、見るも憐れな外見になっていくの。一分一秒ごとに確実に悲惨に老醜化して…。あんな年寄りにだけはなりたくないって、白百合や桐朋の若い女の子たちからから後ろ指を指されて、忌み嫌われて、疎んじられながら老いぼれて死んでいくの」
「……」
「あなたたちのように、上っ面でしか医者を見ていないプアーな人たちは、結局どうやったって、健やかで幸せなさいごは迎えられないの…。さぁて、あなたたちがそれに気づけるかどうか。そして、少しでもマシな人生のファイナルステージを生きられるかどうか。私はある人からの依頼を受けて、あなたたちを試しに来たの」
「…」
「そうね…。あなたたちが健やかで幸せな熟年ライフを過ごせるかどうかが試される、最後のチャンスといってもいいでしょうね。超ド級に愚かなあなたたちでも、もし私の言うことを学んで実践したとすれば、それなりの老後を過ごせる可能性は……あるかもね」
 
華乃宮小町の視線は、限りなく冷たくて、痛いほどに美しい。
 
「…」
「でも相も変わらず、これまでみたいに、聞いてるこっちが恥ずかしくなるような下らない医者の選び方を続けていったとしたらどうなるかしら…。イメージできるぅ?ろくでもないチャラチャラした医者の言いなりになって、身体によくないことばっかりされて、挙句の果てに、醜く老いて死んでいく自分たちの末路が…」
 
三人娘が揃って絶叫する。
 
「いやぁ~!もうやめてぇ~っ!」
 
華乃宮小町がほくそ笑む。
 
「フフフフフ。それがいやなら…、私の言う通りにするのね」
 
間髪入れずに三人娘。
 
「華乃宮小町さま~ッ!わっかりましたぁ。どうかお願いします~ッ!。そんな地獄のような老後は死んでもイヤです。どうすれば、どうすれば、健やかで幸せな日々を過ごせるのか教えてください!何でも、何でもしますからぁ~っ!」
 
三人娘はまたしてもその場に膝から崩れ落ち、ひれ伏し、すがるようなまなざしで女神の次の言葉を待った。
華乃宮小町はしばらく瞳を閉じてから、「ヒュ~~~ッ」とひとつため息をつくと、雅やかに厳かに両の瞼を開くや、三人娘を見下ろして口を開いた。
 
「あなたたち…、本気なの?」
 
大きく頷いて呼応する三人娘。
 
「本気も本気、大ホンキですぅっ!目が覚めましたぁ。どうか、どうかバカだった私たちをお救いたまえぇ~っ‼」
 
深々とひれ伏す素直で美しき老女たち。いや、三人娘。
 
「フンッ。あなたたちに…ついてこられるかしら?」
「はいっ。死ぬ気でついてまいります。ですから、どうか、どうかお願いします~ッ!」
 
三人娘の覚悟を品定めするかのようにガン見して、きらびやかなドレスの裾を直しながら女神が言った。
 
「いいわ。わかりました。そんなに懇願するなら、一度だけチャンスをあげましょう。あなたたちみたいな愚かなオバサンたちに医療との適切な距離感をわからせることができれば、過剰医療に警鐘を鳴らして、ムダな国民医療費も減らせるかもしれないものね」
 
三人娘の頭には「?」が渦巻くも、素子・直子・美子は、条件反射的に姿勢を正して頭を下げた。
 
「あ、あ、ありがとうございます~ッ!」
 
女神の三日月のような鋭角的な視線が、依然として三人娘を射抜いている。
 
「それで…。私たち、ど・ど・どうすればぁ?」
「みじめな老後を送りたくなければ、私の言う通りにするのね。医療との距離についてちゃんと学んで、謙虚に真摯に、自分の健康と幸せは自分で守るという覚悟を持つの」
「医療との距離?謙虚に真摯に??健康と幸せを自分で守る???」
「まずは、自分の身体のことをいちばん知っているのは自分だということをしっかりと認識するの。その上で、自分の健康の一切合財を医者に丸投げするんじゃなくって、必要な時にだけ、必要なことだけを医者に提供してもらうの」
「???」
「まぁ、すべてを医者に一任する他責の生き方をしてきたあなたたちには、到底理解できないでしょうね」
「はぁ…」
「いいわ。患者が医者と向き合うことになるいろいろな場面ごとに、医者とどのように接すればいいかをガイダンスしてあげましょう」
 
 
というわけで、三人娘は、人生100年時代の老い先案内の女神・華乃宮小町のもと、あるべき医療との接し方について個別授業を受けることになった。

これから一体何が始まるのかと不安げな三人娘だが、次の瞬間、女神がまたしても優雅なターンと、左手のピストルを天高くつき上げてからの「バッキュ~ン!」で、直子は眠りから覚めたのだった……。


【資料室だより】

「かかりつけ医をお持ちですか?」

後期高齢患者(75歳以上)100名にこう訊いてみたところ、83名がYESと回答しました。続けて、「みなさんのかかりつけ医は、みなさんの顔と名前が一致すると思いますか?」と訊いてみました。その結果、83名のうちYESの人は23名にとどまりました。

つまり、患者がかかりつけ医だと思っている医師の75%は、その患者のことを特定できていないのかもしれません。米国でいうホームドクターは、クライアント(患者)とはきわめて近しい関係にあります。ズバリ言って、あなたの顔と名前が一致しないような関係性の医師を、かかりつけ医と呼ぶのはおかしな話だと思いませんか?あなたはその他大勢の患者のひとりでしかないのですから。


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