老人ホームがダメなワケ ~絶えることないお金のトラブル~
私ごとき一般大衆層には無関係な話ですが、ここ数年の間に、ごくごく一部の団塊世代富裕層クラス向けに、豪華シティホテルも顔負けの老ホが誕生してきています。しかし、こんな豪華老ホに入れる人はそうそう居るものではありません。一生涯、お金の心配などいらない人たちなのでしょう、こういうところでさいごを過ごすことができるのは……。
一般大衆層の候補となり得る老ホといえば、せいぜいが、入居一時金500万円まで。月額30万円前後だと思います。で、こういった中級ランク以下の老ホというのは、実はあまり大差がなくて、入居金が500万円でも100万円でも、意外とサービス品質が変わらないから難しいわけです。つまり、入居一時金というのは、大概がゴージャスな建築物(ハードウェア)に充当されるものであって、建ててしまった後の人的サービス(ソフトウェア)を左右するものではなかったりするのです。
まずは、大手介護チェーンの物件について、お金の部分を見てみましょうか。結論から言ってしまうと、だいたい大手チェーン物件の入居一時金は500万円程度。月額利用料は25万円~30万円となっています。基本料金は25万円なのですが、医療・薬代、紙おむつ代、イベント参加費、外出同行等の追加サービス費等が別途必要になることを勘案すると、なんだかんだで30万円(税別)と想定しておく必要があるわけです。
さて、老ホ関連のトラブルでもっとも多いのが、入居一時金の返還の問題です。老ホ業界では、昔から、入居一時金の返還についてのトラブルがなくなりません。国民生活センターや自治体の消費者生活センターにも、苦情や相談が数多く寄せられています。
実は15年ほど前に、老人福祉法が改正され、入居一時金は、家賃やサービス対価の前払いとしてのものに限定し、権利金や礼金などとしてのものは認めないこととなりました。入居一時金の算出根拠を明示することも求められています。また90日以内の退去者には生存・死亡に関わらず全額返還することが義務づけられました。
しかしながら、元凶である初期償却については、現時点でも法律では禁止されていないのです。管轄する各都道府県がガイドラインを発行するにとどまっています。
東京都では、有料老人ホーム設置運営指導指針を改正し、前払金の全部または一部を返還対象としないことは適切でないとして、初期償却を認めない方針を打ち出しました。
神奈川県は初期償却を認めたうえで、月額払い方式との選択制を義務づけています。
埼玉県は、初期償却は認めるものの、償却期間内に退去した場合はその分を全額返却するよう求めています。
首都圏だけで比較しても、各自治体の指導にばらつきが出ています。消費者保護の名のもとに行われる行政指導が、その一方で混乱の原因にもなっているのが現状です。
利用者側からすると、入居一時金は早死にすると損、長生きすると得なのです。ある種の博打的要素が含まれるわけです。老人ホームへの入居を検討する際には、入所して短期間で亡くなったり退所したりする場合の返還ルールについて、かなり踏み込んで、具体的なケースを想定しながら相手の言質を取る必要があることがおわかりいただけると思います。しかし、これがなかなか素人にはハードルが高いから困ってしまいます。
私は、こうした入居一時金をドカンと徴収するような商売のやり口はキライです。この手のクレームは何十年もの長きにわたってなくなりません。後々トラブるのが見えてしまうから面倒くさいのです。お薦めしたくないのです。そういうことです。
さて、老ホの人員体制の話をしましょう。まずは、医師ですが、基本的にいません。提携している医療機関が近所にあったり、ちょっとランクの高い物件であれば、館内や敷地内に診療室があったりもしますが、一般的な老ホに医師はいないと思っていればまちがいはありません。月に一度程度、提携医師が健康管理のために様子を見に来てくれるというイメージです。
実際に医療機関の受診が必要になったときは、家族にその旨連絡が来て「人手が足りないから職員は付き添っていけない。ご家族のほうで対応してください」とか、「どうしてもご家族が対応できない。職員に同行してほしいというのなら、別途料金が発生しますがよろしいですか?」という流れになるはずです。
つぎに看護師。日中の時間帯は、看護師がひとり居ます。夜間はまず居ません。やはり、ランクが上の物件になると、看護師の夜勤を置いている確率が上がっていきます。でも、夜間は介護職だけと考えていたほうがまちがいないと思います。
2015年の秋に起こった、介護現場全体を揺るがす大事件、Sアミーユ川崎幸町の介護職員による入所者連続殺人事件(3人が死亡)。思うように言うことを聞いてくれない無抵抗の要介護高齢者を次々とベランダから転落死させたという悪夢のような事件でした。
Sアミーユの経営をしていた株式会社メッセージは、老ホおよびサ高住の業界トップ企業でした。が、この事件を受けて、早々に損保ジャパン日本興亜ホールディングスに会社を丸ごと身売りし、介護業界の表面から姿を消しました。なんというか、あまりに手際のよい幕引きでしたね。今は、損保ジャパンが「SOMPOケアネクスト」なる介護会社を立ち上げ、メッセージが展開していたSアミーユ(老ホ)とCアミーユ(サ高住)の併せて330超の経営を手がけています。
なお、損保ジャパンは、2015年の暮れに、ブラック企業と取り沙汰された「ワタミの介護」をも買収しています。ワタミに続きメッセージをも買収することで、損保ジャパンは一気に、ニチイ学館に次ぐ介護業界ナンバー2に浮上します。
ちなみに、SOMPOケアネクストは、おむつゼロ、特殊浴ゼロ、経管食ゼロ、車椅子ゼロという、介護現場をまるで理解していないとしか思えない、非現実的な「4大ゼロ」の実現を目指すと豪語して、介護現場の大ひんしゅくを買っています。
Sアミーユに話を戻すと、その後の調査委員会の調べで、入所者3人を転落死させただけにとどまらず、過去の暴行・虐待・窃盗も続々と発覚しています。さらに、こうした不祥事は川崎幸町の物件のみならず、神奈川県横浜市と東京都三鷹市の別施設でも確認されました。大阪府豊中市で運営する施設では、30代の男性職員が入所している70代女性の首を絞めるなどの虐待をし、負傷させていたことが判明しました。
こうした事件が出てくるほどに、入所者の家族側は老ホに人質を取られているようなもので、苦情や文句を言ったら親が何をされるか分からないという弱みがあって遠慮してしまいがちです。あまり強く言えない。居室に隠しカメラでも設置しないことには、こわくて肉親を住まわせることができなくなってしまうと思うのです。強い不信感を拭い去ることができません。
私どもでは、当時、Sアミーユ川崎幸町での介護殺人事件を受けて、100名の現場介護職にヒヤリングを行いました。テーマは『介護現場の課題』というものでしたが、そのなかで今回の事件に対する感想コメントを出してもらいました。
そのなかで強烈な印象として残っているものがあります。それは、「あってはいけないこと」という声が大勢を占めたものの、半数以上の人が漏らしていたこんなコメントです。
「自分が加害者になる前にこの仕事を辞めたい」
つまり、かなりの介護職が、利用者に対して殺意や敵意を抱いてしまう場面に遭遇したり、負の感情を抱いてしまう利用者がいたりするということです。ほとんどの介護職が感じているけれど口にできないタブーだと考えていいでしょう。
介護現場の改善が語られるとき、こうした本音(あるいは潜在的な意識)はほとんど触れられることがありません。指摘されるのは、業務や待遇や職場の人間関係などのきれいごとばかりです。しかしながら、ヒヤリングを通じて認識させられたのは、そもそも介護の仕事は本当に4K(キツい、くさい、きたない、給料安い)であること。にもかかわらず、現場に無知な経営上層部は箱ものの数を増やすことしか考えておらず、介護現場でのヒトの確保と育成がまったく追いついていないこと。このふたつでした。
現場を知らない経営陣、経営陣に評価されたいがために現場を軽視する現場責任者、疲弊する現場の介護職。こうした職場環境のなかで、ピュアな介護職ほど、志の高い介護職ほど、スキルの高い介護職ほど、自己矛盾に対処できずに離職・転職をくりかえしているように感じています。どう考えても納得のいかない職場に居残るのは、どちらかと言うと、介護への思い入れが希薄だったり、問題意識・危機意識が希薄であったり、技術的に未熟であったり……。そんな職員であるような気がしてならないのです。
だからこそ、そういう職員が大勢を占めている老ホには、自分の親を入れたくないと思います。そして、私どもに相談を寄せてこられる人たちにも、何があっても、大手介護チェーンが展開する物件(老ホ、サ高住)だけはお薦めしないつもりです。
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