【医療マガジン】エピソード8 永太郎と直子の出会い(前編)
今朝も『しらこわ』の過去動画を一本見終えた直子は、メイクに余念がない。最近は、華乃宮小町の影響か、メイクが濃い目になりがちだ。単に女性としては悪いことでもないが、体調を崩した患者の体(てい)で病医院に出入りするには望ましくない。鏡の中の自分と相談しながら、適度なメイクを施していく。
今日は夕方に『しらこわ』のナマ配信がある。よって、本日の医者の品定めは一件のみ。品定めを終えたら、いつものサミットストアの総菜コーナーで3品。それに安価な赤ワインを一本買って家に戻ってくる…。最近は、出がけのメイクをしながら、夜寝るまでの行動をシミュレーションするのがクセになっていた。これも、百田寿郎の影響であった。
本日の目的地は、井之頭公園にほど近いビルの3フロアを占めている内科系総合クリニックである。ホームページで予習した際に、これまで品定めに訪問した約20件と比べ、サイトにかなりの情報量が詰め込まれているのが印象的だった。
とくに、初診の人向けのページに、クリニックのオーナーである医学博士の、診療に係るポリシーや哲学が詳細に綴られていた。併せて、医師になった動機や経緯、影響を受けた先人たち、患者に望むことなど、他院のサイトではお目にかかったことのない情報が目立っていた。加えて、何本かの動画が貼り付けられていて、医師の人となりが事前にわかるように工夫されているのは興味深かった。
歳を重ねると、初めての人と出会う前に緊張するという人が多い。その意味では、これから診てもらうドクターが、どんな見た目で、どんな話し方で、どんな価値観を持っている人なのか。こうしたことが事前にわかっていれば、いざ診察室で対峙したときに平常心でいられるかもしれない。その結果、痛みやつらさの症状の度合いや、発症からの経緯、さらには訊いてみたいことなどをきちんと伝えられる可能性が高くなるはずだ…。
下調べの段階でそんなことを感じていた直子なので、今回の品定めは興味津々で、軽やかな気分で井之頭公園を目指すのだった。
今朝の『しらこわ』過去動画では、理想のかかりつけ医の条件のひとつとして、相談機能があるという話題があがっていた。
「ところで…。みなさんのかかりつけ医は、緊急時の連絡先を躊躇なく教えてくれているかしら?」
そんな問いかけから、いつもの華乃宮小町ワールドが幕を開ける。
みなさんも経験ないかしら? 困ったことというのは、往々にして夜間や休日に起こるものなの。そうじゃない? この傾向は年齢が高くなるにつれて顕著になるというデータがあるの。考えてみれば、私たちは経験や知識が増えるにつれて悩みの種が増えるものだから、当然と言えば当然よね。夜ベッドに入って、静寂の中で天井を見つめたり、目を閉じて一日を振り返ったり。そんな濃密な時間には、いろいろなことが降って湧くように押し寄せてくるんじゃないかしら。
でも、大体そういう時間帯には、自治体にしろ病医院にしろ、もちろんお子さんたちにしろ、活動していないでしょ。警察や消防署に電話をすればいいじゃないかって言うかもしれないけれど、心配事や不安にはレベルがありますからね。可能性としては、110番や119番よりも、離れて暮らす娘さん・息子さんの携帯電話を鳴らすというのが一般的だと思います。
健康に関することであれば、本当なら、ふだん通院しているかかりつけ医に連絡がつくことがいちばんの理想よね。でも、ほとんどの医者は週休2.5日もしくは3日だし、乗り心地最悪な救急車であちらこちら走り回られてもねぇ…。
だからこそ、休日夜間を問わず、連絡が取れるように配慮してくれている医者というのは素晴らしいわけ。いざとなったら、かかりつけ医の先生に電話すればいいんだっていう安心感や拠り所? そんな保険のような存在のかかりつけ医であったとしたら、多少腕が悪くたって、つきあっておく価値があるというものよね。
とくにお子さん世帯と離れて暮らしている高齢者だけの世帯にとって、何か不安なことがあったときにいつでも気軽に相談できる窓口はありがたいものよね。その場で即解決に至らなかったとしても、誰かに話を聞いてもらうだけで睡眠の質がちがってくるものなんだから。でも、自治体をはじめ、世の中の相談機関というのは得てして相談しづらいものでね。縦割りで杓子定規。相談に行くとかえってストレスが溜まってしまうようなところがあるわよね…。
頭の中で復習をしながら移動しているうちに、気づけば直子の目の前に、『井之頭全人医療クリニック』なる看板が見えてきた…。
井之頭公園と井之頭動物園に挟まれた道路を吉祥寺駅に向かっていく途中に、そのビルはあった。エレベーターホールの案内掲示によれば、11階建ての4階から6階までが同院となっている…。(To be continued.)