老親リスク回避の4ステップ『縮伝頼渡』(その4)渡される
さて、今回は、老親リスクを回避する4ステップ『縮伝頼渡』の最終段階、『渡される』について書いていきます。
前回の記事まで4回にわたって、『縮める』⇒『伝える』⇒『頼まれる』(前編・後編)をお届けしてきました。ここまで、老親をうまく巻き込んで首尾よく事を進めてきたという方であれば、おカネの話である『渡される』も、おそらくスムーズにいくと思います。
これは裏を返せば、老親とある程度時間をかけながら共同作業を積み重ねた結果、親子間の信頼関係ができあがったということを意味します。かなりの確率で、老親はあなたのことを「円滑老後のパートナー」とか「終活のキーパーソン」とかに位置づけているはずです。
逆に、「思うような成果が出てないな」と感じる場合は、まだ下ごしらえができていません。それは一にも二にも、第一段階の『縮める』ができていないということです。原点に戻って、いま一度、日常的な声かけからリスタートしてください。これを面倒だなぁ~と感じる方は、そもそも老親に対する愛が足らない人です。なので、老親としても、あなたに老い先を託さないほうが正解かもしれません。手厳しいようですが、そういうことになります。
では、老親リスクを回避するための『縮伝頼』までを然るべきレベルで乗り切ったという人たちのために、最終ステップ『渡される』のお話をしていきます。
すでに老親は、老い先のリスクを認識できているはずです。「自分ひとりで最後のさいごまで円滑に生きていくことはむずかしい。否が応でも誰かのサポートをもらわざるを得ないな」……と思っている可能性が高いです。
そして、これらのことに気づかせてくれた相手、つまり、あなたに対して一定の感謝と頼りがいを感じていることでしょう。誰かしらに「円滑老後のパートナー」とか「終活のキーパーソン」とかになってもらうとしたら、まちがいなくあなたを選ぶはずです。
そこで最後の仕上げとして、「円滑老後のパートナー」とか「終活のキーパーソン」とかを担うためにはコストがかかる……ということを理解させる必要があります。
前回お話しした「よくある老後の8大課題」のうち、老親がイメージしやすいのは、やはり医療と介護のことです。死んだ後のこと(葬儀&死後事務)もわかってはいるでしょうが、積極的には考えたくないテーマです。
救急搬送されたときのこと、医者の説明を受ける時のこと、手術をすすめられた時のこと、入院中に病医院と折衝したいときのこと、退院後の療養先を確保するときのこと、延命治療をすすめられた時のこと、毎月の支払いのこと……。これらを老親が自ら対処するのは現実的ではありません。仮に配偶者が健在であったとしても、正直むずかしいと思います。
となれば、子どものうちの誰かがやるしかありません。でも、現役世代だって、仕事に家庭に超多忙なのです。老親のために何とかしたいという気持ちがあったとしても、仕事や家事に追われてたり、娘や息子の受験や進学や就職活動、更には結婚や出産などがかちあったりしたら、精神的にも大きな負担になることは否めません。
それでも、親子の縁は切れません。親に何かがあれば、子どもが対応するしかないのです。仕事を抜け出したり休んだり、パートを誰かに代わってもらったり、あるいは、家事を勉強や仕事や恋愛で忙しい娘や息子に任せたりしてね。
こういうことを老親は忘れてしまいがちです。人間、年齢を重ねる程に、周囲のことが視界に入らなくなりがちです。のんきに「何かあれば子どもたちが何とかしてくれるだろう」くらいに考えている老親がいかに多いことか!それが現実です。
だからこそ、終活すなわち「エンダン(エンディングまでの段取り)」においては、老親との間に、明確にギブ・アンド・テイクの構図を定めておかねばなりません。
経験的に感じていることがあるのですが、老親世代の多くが「医療と水道と子どもの支援」はタダだと思っているフシがあります。
医療について言えば、昭和40年当時、高齢者医療は自己負担ゼロだった時代がありました。今日でも、低所得者であれば一割の自己負担で医療もクスリも手に入ります。残りの九割を現役世代が負担していることは、なかなか見えづらいのです。昔は井戸水や湧水をタダで飲めたわけですし、子どもに何か頼むのでも、「産んで育ててやったんだから」という発想の人がいまでも一定割合で存在しています。
なので、「老後のサポートをするのはウェルカムだけれど、それには手間暇もおカネもかかるんだよ」ということをキチンと理解してもらう必要があるということです。
ということで、『渡される』のフェーズでは、『老後の金銭感覚テスト』にトライしてもらいます。ゲーム感覚で気軽にやってもらうのが理想です。
★一ヶ月入院したら、いくらになると思う?
(こたえは、平均10万円)
★担当医以外の別の医者の意見を聞く(セカンドオピニオン)のに、いくらかかると思う?
(3万円~6万円 *医者の大学での地位による)
★自宅で介護サービスを利用したら、月額いくらかかると思う?
(平均78,000円 *要介護度により変動)
★車椅子の人が暮らせるようにリフォームすると、いくらかかると思う?
(平均70万円)
★配食サービスを一ヶ月利用したら、いくらになると思う?
(一食平均650円。一日2食30日で39,000円)
★老人ホームって、月にいくらかかると思う?
(約30万円)
★問題行動を伴う認知症患者を救急搬送したら、いくらかかると思う?
(約30万円 *都内から都内の場合)
★遺言の作成を弁護士に頼んだら、いくらかかると思う?
(20万円+財産総額に応じて加算 *一億円の場合、約100万円)
★いちばん安い葬儀って、いくらかかると思う?
(10万円 *全国平均は約200万円)
★死後事務を司法書士事務所に頼んだら、いくらかかると思う?
(50万円~)
★遺品整理を専門業者に頼んだら、いくらかかると思う?
(最低10万円~ *間取り等により変動)
おまけで、「私(この記事を読んでいる現役世代のみなさん)の時給って、いくらだと思う?」も訊いてみてください。例えば、あなたの年収が600万円だったとすると、時給3,000円となります。
医療や介護関連の手続きや役所事務や銀行事務は、なんやかんやで丸一日かかることはザラです。となると、一日8時間労働として日給24,000円。交通費も含めたら、一日当たり3万円といった感じになります。
もしもあなたが老親の介護をサポートしようと思ったら、
・要介護認定手続きに3日(申請書類入手、提出書類取り揃え、申請書類提出)
・主治医への同行で1日
・聞き取り調査の立会いで1日
・介護事業者の面談・選定で1日
として、全6日で18万円(税別)です。
他に、月に一度、ケアマネジャーとの面談立会いで3万円。これらをまとめて誰かに頼もうと思えば、年間50万円は謝礼を渡さないと失礼な話です。それじゃあ、わが子にやってもらうとしたらタダでいいの?…という話です。
いかがでしょうか。
『渡される』のステップでは、あなたが老親の終活キーパーソンをやる場合には、
「医療とか介護まわり財源はどう考えてる?父さん(母さん)が倒れちゃったとしたら、私が持ち出すしかなくなっちゃうからね。そのための預金口座を別にして渡しておいてもらうと助かるよね。だって、急に倒れたりボケたりしちゃったら、渡してもらうことが叶わなくなっちゃうからね」
ハッキリと、こう伝えるべきです。
老親に「そりゃそうだよな」と言ってもらえるように、これまでのステップを踏んできたわけです。大丈夫だと思います。
ちなみに、私の事務所がお手伝いしたケースでいくと、預金残高500万円程度の通帳・銀行員・キャッシュカード・暗証番号をお子さんに渡すケースが8割です。老人ホームに入所することになれば、一年でなくなる金額です。なので、別に年金用の通帳も預かっておくべきです。そうして、年に一度は清算をして、預かった預金口座(年金用通帳でないほう)の残高が枯渇することがないよう、老親側には配慮してもらうようお願いしています。
さらに付け加えるならば、老後支援を丸ごと託すことの対価として1,000万円~2,000万円を手渡した上で、「途中で逝ってしまった場合は謝礼として受け取っておけ」というケースがもっとも多い。これ、ホントの話です。子どもの側にすればモチベーションがアップするかもしれませんよね。こういう老親は賢い人です。こうすることで、老い先を託したいわが子のサポートを確実にゲットできるということを理解できているのです。
そうしておいて、実際に相続となった場合(亡くなった場合)には、相続権者全員で残りの遺産を均等割りする。つまり、老い先のことを託された子ども以外は、民法の規定通り均等割りされた……と思うように手を打っておくわけです。
さいごに、大切なことなので繰り返します。
親子と言えどもギブ・アンド・テイクです。おカネの話を抜きにして作業ばかり依頼していると、はじめのうちはともかく、次第に子どもの側にネガティブな感情が芽生えてきます。作業の依頼と財源の先渡し。これが親子で取り組む終活の基本原則です。
そうすればこそ、老親は然るべきお子さんに老い先のことすべてを託すことで、日々安心して暮らすことができる筈です。一方の子どもの側も、おカネまで先に渡されるからこそ、老親を支えようという覚悟が定まり、同時に親に対する感謝の気持ちが湧いてくるのです。
ご賛同いただける現役世代のみなさんには、お盆あたりを目標に、老親リスクを回避するための『縮伝頼渡』にチャレンジしてみてもらえたらうれしく思います。首尾よく、老親のキーパーソンとなって、それなりの成果を手にされますようお祈りしております。
それではまた。