現代版隠居 ~永遠の親子愛で紡ぐ魔法の終活~
財産承継の逆転の発想
シニアの相談を受けていて実感するのは、親子関係について悩んでいる老親が多いということ。自分の死を意識するようになったときに、感覚的に7割の人が、「いま一度、昔のようにわが子との良好な関係を取り戻したい」と懇願するケースに出くわします。逆にいうと、歳を重ねるに連れ、親子関係が悪化してしまうことがとても多いということです。
親子(身内)間トラブルの元凶は、突き詰めれば、多かれ少なかれおカネの問題です。親は老いて尚おカネに執着して手放さず、一方で介護などのサポートを子に期待します。子にしてみれば、たまったものではありません。そして親は、そんな子どもを「冷たい」と嘆くのです。でも、何とかしてあげたい気持ちはあるものの、負担だけが上乗せされて身動きがとれなくなってしまうのは困る…というのが子ども側の言い分です。
過酷な現代を生きる子どもたちに、金銭的な裏づけを示すこともなしに、「親の面倒を子が見るのは当たり前」…みたいな感覚で接していると、だんだんと雲行きがおかしくなっていきます。老老地獄への扉がちらついてきます。おカネの話抜きにして面倒をみてもらうことなど甘い夢。砂の城にすぎません。これが真実です。
ここはむしろ、逆転の発想をしてみてはどうでしょうか。つまり、子どもに対して、どれくらいのものを残してあげられるのか、残してあげられないのか。そこのところを完全にオープンにした上で、エンディングまでの支援を依頼するのです。そうしたほうがよほど親子間の心理的距離が縮まり、子どもたちにも覚悟が定まるのではないでしょうか。
親が死んでからの遺産相続ではなく、元気なうちからの財産継承は、結果的に親子間の信頼と絆を強めるものです。多くのシニアが望む、良好な親子関係を回復するためには、もっとも有効な方法と言えるかもしれません。そうすることで、子に媚びず気を遣わず、誰に負い目も引け目もない…。そんなクールな老後を実現できると思うのです。
親が元気なうちから、贈与税節税に配慮しながらおカネを徐々に子どもたちに引き継いでいく財産承継法のことを、私は『生前相続』と称しています。その目的は、①老後の良好な親子関係の維持 ②子の役割の明確化と覚悟の促し ③緊急時の子の負担軽減 ④有事の無駄な費用や税金の最小化…です。
生前相続のすすめ ~死んでからより今わたす~
「おカネはおっかねぇー」というのは本当のことです。大人になると、兄弟姉妹だって、子どものころのように仲が良いわけではありません。親が亡くなるまでは、とても仲睦まじく見えた場合でも、おカネが絡むと一筋縄ではいかなくなるもので、お互いの配偶者がさらに関係を複雑にします。親が遺したわずか100万円の預金を巡って、テレビドラマのような壮絶な罵り合いや奪い合いを展開する兄弟姉妹をいやというほど見てきました。
子どもたちを愛しているのであれば、悪いことは言いません。生前相続を計画すべきだし、実行すべきです。誰に何を頼むのか。そして、どれくらいのおカネ(財産)を引き継ぐのか。これらを折に触れ早いうちから整理して、子どもたちに自身の言葉で真摯に伝え、澄みきった心で最期に臨みたいものです。これは親世代さいごの責任だと思います。医療保険証が切り替わる75歳までにはおカネに対する執着から解放されて、子どもたちにも感謝されながら、エンディングまでの円滑な老後をサポートしてもらうのが理想だと思いませんか?
感染症でアッという間に死んでしまったり、ボケてしてしまったりしてからでは遅いのです。親が死んだ後で子どもたちが手続きするのに、いまの時代は多大な時間と労力がかかります。金融機関で口座凍結を告げられ、遺産分割協議のプロセスに突入します。その面倒くささは多大なストレスになります。
また、親が認知症に罹患したら、家庭裁判所に成年後見人をつけてもらうよう申請して、数ヶ月後に現れた見ず知らずの気むずかしそうな法律家もどきに通帳やら印鑑やら、金目(カネメ)のモノはすべて持っていかれてしまいます。子どもは一円たりとも手をつけられなくなります。月々の報酬(2万円~6万円)まで支払ってです。親がそなえておかなかったために、子どもたちの人生まで成年後見人にコントロールされるようになるのです。想像しただけで悪寒が走るというものです。成年後見人が依頼者の預金を持ち逃げしてしまうなんて事件も増えている。どうせダマされるのであれば、まだわが子に散在されたほうがマシではありませんか。
そもそもが自分で培ってきた財産です。ならば自分でその配分を決めて、その理由を直接伝えて、子どもたちにもしっかりと役目を果たしてもらうのです。言い換えれば、生前相続とは、現代版の隠居です。旧民法の時代には「隠居」というシステムがあって、60歳にもなれば、父親が長男に家長の地位と財産を引き継いで、子どもから生活費をもらいながら暮らしていたものです。
生前相続の標準的な流れは、以下のとおりです。本来は親がリードして行うべきことですが、親がまるでそなえていなそうであれば、子どもの側から切り出してもいいでしょう。
●財産の棚卸
●定期預金から普通預金への振り替え
●証券類のキャッシュ化(ゴルフ会員権、高級車、100万円以上の贅沢品や美術品等も含む)
●不動産譲渡の検討
●財産配分の検討(誰にいくら)
●財産の引継ぎ法の検討(財産管理委任/生前贈与/家族信託/遺言相続/生命保険…)
●税務対策
●預金口座・預金通帳の整理
●老後支援の役割の検討(子どもたちに何をサポートしてもらうのか)
●親子会議の開催(個別で可)
●契約書類の作成(必要に応じ、公証役場に相談)
●公正証書化の検討
生前相続(生きてるうちの財産承継)の基本は、いつどう分けるか
人間さいごは、健康とおカネです。
おカネの話で特に重要なのは、「引き継ぐタイミング」と「分け前」です。
まず、タイミングですが、基本的には2つの選択肢があります。
① 生前
② 死後
つぎに、分け前。これも2通りです。
① 差をつける
② 均等
財産承継は、このふたつの軸で考えるようにします。
つまり、大きく4通りの方法があることになります。
まず、「生前に・差をつけて」分ける場合。
そもそも、生前におカネを引き継いでしまうのであれば、相続権者全員に対して分け方の全貌を伝える必要はありません。ただ、何かの拍子に、誰かが誰かより多くもらっていることが知れてしまうと面倒なことになりますよね。なので、本音としては好き嫌いや相性が影響していたとしても、建前としては、「老後支援の作業を担ってもらうから誰々には多めに渡すんだよ」というイクスキューズ(言い訳、理由づけ)を用意しておくようにしてください。
例えば、「祭祀関連の一切を担ってもらうから」とか、「医療や介護の段取りの一切をやってもらうから」とか、「母親をさいごまで面倒みてもらうから」とか、「実家の後片づけをやってもらうから」とか…。で、その上で、実際には、作業相当分よりたくさん分け与えてあげればいいだけの話です。でも、他の相続権者の手前は、その作業にかかるコスト分を差し引けば、実質的には全員等分であるというロジックです。
手続き的には、多めに渡す相続権者との間で、財産管理委任契約というのを結んで、然るべき金額が入っている預金口座ごと引き継いでしまいます。口座の種類は、必ず普通預金にしておくこと。定期預金のままだと、引き出すのが大変ですし、最悪、おカネを引き出せなくなってしまいかねません。せっかくその相続権者に多くのおカネを渡すために工夫しているのに、ここをまちがえると骨折り損のくたびれ儲けになってしまいますから要注意です。
加えて、金融機関および税務署対策のために、任意後見人契約(親が認知症になってしまった場合の財産管理責任者を特定させておくための契約)も併せて同時に結ぶようにします。ここまで準備しておけば、親が認知症なったり、死んでしまったりするまでに、なるべく早く、不定期に、親の口座から現金引き出して段階的に自分の口座へ移していけばいい。その際、税務署に痛くもない腹をさぐられたくないので、口座間振込みはやめてください。
また、50万円を現金で引き出して、それをそのまま自分の口座に入金するのもダメです。50万引き出して35万円を入金する…といった具合に、第三者が通帳を見た場合に親のおカネをそのまま子どもの口座に移管したというふうに思われないような工夫が必要です。
また、任意後見契約は、本来、親が本当に認知症になってしまったら家庭裁判所に申し出て、相続権者を管理監督する法律家をアサインしてもらう必要があるのですが、バカ正直にそんなことをしなくてもいい。親がボケるまでにアトランダムに全額移しかえてしまうのが理想ですが、仮に移しきる前にボけてしまったとしても、キャッシュカードの暗証番号さえわかっていれば、親名義の預金口座からおカネを引き出すことは可能ですから問題ありません。とにもかくにも、あまりバカ正直に考えないようにしましょう。
なお、例えば相続権者がA.B.Cの3人いる場合には、それぞれと同様の手続きをするようにしてください。
最終的に親が死んだ場合には、親が管理していた年金用の通帳の残高を等分するように相続権者全員にあらかじめ伝えておくようにします。確実性を担保したければ、公正証書遺言を作成しておけばいいし、ここまでのガイド通りに段取りしていれば、おそらく公正証書にしなくても子どもたちが揉める心配はまずないと思います。
あと、財産管理委任契約とか任意後見契約とか言いましたが、インターネット上に雛形が腐るほど掲載されています。親が作成するのがむずかしければ相続権者である子どもが叩き台を作成して、近くの公証役場に出向いてリーガルチェックをしてもらうことをお奨めします。
その際に、契約内容の主旨を伝え、公正証書化してもらうようにします。そうすれば、金融機関や法律事務所に多額の手数料と報酬を搾取されずに済むから理想的です。公証役場にはあまり馴染みがないかもしれませんが、法務省のサイトにも、気軽に法律相談に対応すると明記されていますので、これを利用しない手はありません。絶対にお奨めですよ。
つぎに、「生前に均等に」分ける場合です。この場合も手続き的には同様ですが、老後支援を依頼する相続権者に対しては、その作業対価相当分だけ上乗せた金額を財産管理してもらうようにします。いずれにしても、親が生きてるうちから子どもたちにおカネをわたしていこうと思ったら、どうしても財産管理委任契約と任意後見契約を公正証書にしておきたいところです。そうでないと、単なる贈与として判断されてしまい、バカ高い贈与税を課税されかねません。それでは、親子共々アンハッピーとなってしまいます。
さて、「死後に、差をつけて」相続させる場合はどうでしょう。そうするためには、遺言状を公正証書にするのがもっとも実現確率は高いです。遺言の難点は、相続人全員にそれぞれの相続金額がオープンになってしまうことです。相続分が少ないことがわかったら、理由いかんにかかわらず、誰だって面白いはずがありません。
いくら公正証書には法的な効力があるといっても、相続人のうちの一人が、「いや、これはおかしい。(いちばん多く相続するする人間が)親をそそのかしたり、言いくるめて、無理やり書かせたのではないか」などと言いだして弁護士でもつけてきたら、裁判沙汰になったり、そこまでいかずとも、兄弟姉妹間の中がこじれることは必至です。なので、相続権者によって取り分に差をつけたいのであれば、遺言書という紙切れだけで事足りると考えるのは早計です。やはり、目が黒いうちに計画的に段取りしておくことをお奨めします。
さいごに、「死後に、均等に」相続させる場合です。一見、問題なさそうに思われるかもしれません。ところが、意外とそうではないのです。いちばん多いのは、親をいちばんサポートした相続権者が不服を申し立てるケースです。例えば、介護に携わった子どもは、その時はおカネ目当てで介護したわけではないにしても、やはり面白くはないはずです。その配偶者が「おかしいじゃないか!」と、けしかけることもよくあります。
他にも、昔の話を持ちだして、「誰々は、さんざん親におカネを無心していたではないか」とか、「みんなは学費を全額親に出してもらったが、自分はびた一文親の助けはもらっていない」とか、「誰々だけ、仕事も結婚もせず、親の実家でただ飯を喰らっていたではないか」とか…。
つまり、均等割りであっても、差をつけても、親が死んだ後に遺言書が出てくると、いずれにしても不平を言いだす相続人が出てくるということです。一般に、他者より優れている人は平等が許せません。どうしたって優越を主張したがります。逆に、他者より劣っている人は、いつの時代も平等を主張するものなのです。
だから、子どもたちが争族に陥ることを良しとしないのであれば、親は遺言に頼らずに、元気なうちから子どもたちそれぞれと真摯に向き合い、自身の言葉でキチンと話して伝えるべきなのです。イメージとしては、企業の人事評価面談のようなものです。これは親世代にとって、人生最後の大仕事だと思います。
では、遺言もなく、もちろん生前にもおカネを渡さなかった場合はどうなるのでしょうか。
通常は、遺品整理や後片づけをしていた相続人が親名義の預金通帳を見つけることから事が始まります。キャッシュカードの暗証番号がわかっていればATMでおカネを引き出せますが、そうでなければ金融機関に出向いて事情を話すわけです。そうすると100%、遺産分割協議のプロセスが待っています。何をどうしていいのかわからない…なんて素振りを見せると、金融機関は嬉々として提携している法律事務所や信託会社を紹介してくるはずです。
この遺産分割協議というのは、遺産の分け前自体は民法で規定された通りの配分となるものの、相続人におカネが振り込まれるまでに多大な時間を要します。故人が生まれてから亡くなるまでのすべてが記載された改製原戸籍を取り寄せ、相続人をすべて洗い出し、その全員の身元を確認し必要書類を揃えさせます。消息のわからない相続人が出てこようものなら、その調査にやたら時間がかかります。
また、なかなか提出すべき書類を郵送しない相続人や、書類に不備のある相続人も必ず出てきます。そうこうしている間に、平気で1年以上の月日が経過してしまうこともままあります。要は、遺産を受け取る権利のある子どもたちの側からするとジリジリします。イライラします。だってそうですよね。親がちゃんと段取りしてそなえていてくれたら速やかに受け取れたおカネが、1年たっても手に入らないことはザラですから。
結局、子どもたちは、少しでも早くおカネがほしいのです。親が死ぬ云十年先よりも、今すぐおカネがあったほうがハッピーなのです。親にしたって、子どもたちのサポートなしに円滑な老後を過ごすことはむずかしいし、ひとりで死んでいくことは絶対にできないのです。
であれば、いつまでもおカネに執着したりしないで、早め早めにおカネを引き継いでいくほうが得策なのです。そうすることで、子ども側に親の老後を支えようという覚悟が定まるからです。そして何よりも、子どもたちから感謝されます。邪険に扱われることがなくなります。ウザがられることがありません。親世代のみなさんは苦々しく思われるかもしれませんが、親子と言えどもギブ・アンド・テイクなのです。それが現実です。
かつて、旧民法の時代には、親が還暦ともなれば子どもたちにおカネを含めたすべてをバトンタッチしていたのです。100歳まで生きる人もめずらしくなくなった今日では、60歳とは言いませんが、75歳くらいまでには後生大事におカネを抱え込んでいなくてもいいのではないでしょうか。だって、いくらおカネに固執していたって、ボけてしまったり、感染症でポックリ逝ってしまったらそれまでなのですから。天国でも地獄でも、おカネという代物は一切役に立たないそうですよ。
ですから、ワンランク上のクールな親世代のみなさんであれば、わが子に面倒や厄介をかけないためにも、目が黒いうちにおカネを引き継いでしまうことをお奨めします。それが、永遠の親子愛で紡ぐ魔法の終活の神髄です。そして、金融機関やら法律家やらにムダなおカネを払うことなく、わが子の支援をもらいながら生涯主役人生を全うするための唯一無二の方法なのです。
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