
腓骨筋腱脱臼~手術編~
前回に引き続き今回は入院~手術~退院まで。前回はこちら↓
診察と入院準備
病院へ(1回目)
最初に診てもらったクリニックから病院宛の紹介状を書いてもらい、週明けに病院へ。
病院に診察で来るなんて本当に久しぶり(20年くらい?)。マイナンバーを機械にかざして順番待ち。待合エリアにwi-fiが飛んでいて衝撃だった。
待つこと1時間程度だっただろうか。地方の整形外科、混んでいるだろうなぁと思っていたので意外と早くて驚いた。
先生のお話を聞くと、なんと紹介先の先生が足首は担当外だったらしく、後日別の先生に診察してもらうように言われ、この日は特に何もなかった。そんなことがあるんだなぁ・・。
病院へ(2回目)
同じ週の金曜日、今度こそ担当の先生のところへ。
週明けに入院、火曜日の朝10時に手術してギプス固定。松葉杖歩行に問題なければ木曜の午前には退院できそう、年が明けた頃にギプスを解いてリハビリ開始、全荷重は1月終わり頃かな、ということだった。
手術内容は、脱臼した筋腱を元の位置に戻し、脱臼してしまった際に損傷した壁のような組織を縫合して再脱臼を防ぐ、というもので、損傷した靭帯を再建するような手術ではなかった。
入院に関する様々な説明や検査を受けてこの日は終了。入院予定者は全員新型コロナのPCR検査が義務付けられており、この検査費用5,000円だけは保険適用外で個人負担なのがちょっと痛かった。
ちなみに、もともとこの手術実施予定週の木曜日の夜はPenthouseのワンマンライブ@パシフィコ横浜のチケットを取っており、受傷時は「終わった・・・」と絶望していた(クライミングができないこと、スキーシーズインインできないこと以上に凹んだ)のだが、木曜午前退院ということで行ける見込みが立ち、これでかなり気持ちが上向いた。
入院1日目
午前中は仕事の会議が入っていたので入院は午後からにしてもらった。
病院までの移動については、入院する本人が車で来院する(車を停めっぱなしにする)ことは出来ないらしく、最寄り(といっても松葉杖使いには厳しい距離)のパーキングに停めるか、誰かに送ってもらうか、タクシーを呼ぶ必要があった。一人暮らしには厳しい。
いろいろな経緯があり、結局タクシーを呼んで行こうと思っていたのだが、幸いにも日曜日に一緒に夜ご飯を食べた後輩ペアの予定が空いており、送ってもらえることになった。月曜のお昼に車を出してくれるというのは本当にありがたい。

お昼過ぎに病院に着き、施設説明や退院までの過ごし方、入院の諸々の手続きの説明などを受ける。
全身麻酔での手術なので、麻酔科医の先生から麻酔を使うことのメリットとリスクの説明があった。昔検査で全身麻酔を入れてもらったことがあるので全身麻酔自体に特に不安は無かったが、先生から「骨にボルトとか入れる?」と聞かれ「(組織を骨に縫い付ける時にピンを打つとか言ってたな・・)ピンを打つって言ってました」と答えると「じゃあ神経ブロックも入れとくね。術後多分痛いからね」と言われたのはちょっと不安だった。そこの決定材料は患者経由なんか・・。
そんなこんなで午後いっぱいは意外と慌ただしかった。

手術は翌日10時。21時以降は食事禁止(水は朝6時までOK)なので、それまでは売店で買ったキャラメルとプロテインバーをかじりながら、持ち込んだPCで少し仕事をして(病室でもwi-fiが使える。ありがたい)、この日は就寝。
入院2日目(手術日)
朝6時起床。起床してすぐ点滴を開始(針だけは前日に入れてもらっていた)。もちろん朝ごはんは食べられないのだが、同じ病室の他の患者さんは美味しそうに食べている。ひどい飯テロだった。「納豆のにおい充満してるじゃんー」と看護師さん。入院期間を通していろんな看護師さんと話をしたが、一人一人(当たり前といえば当たり前だが)個性があって面白かった。
入院中の服はレンタルサービスを使うか自分で用意する必要があるが、手術着だけは病院側が用意してくれるので、それに着替えて予定通り10時に手術室へ。
全身麻酔なので記憶は全くない。点滴から急に冷たい液体が血管を伝って入ってきたかと思うと、視界が突然ぐるぐるしだして2秒ほどのところで記憶が途切れ、何かの夢を2つほど見た後、気づいたら病室のベッドにいた。かの有名な「見知らぬ天井」である。目が覚めたのは12時くらい。写真を撮ったりSNSを見たりすることができたのは、15時くらいのことだった。

手術された左足は膝のすぐ下までギプスが巻かれている。痛みは意外と感じない。鎮痛剤が入っているのだろうか?
そういえば、全身麻酔で意識がなくなる直前、麻酔科医の先生(初日に説明をしてくれた人とは別の先生)が「ブロック麻酔入れるってなってるけど、術式的に要らなさそうだから無しにしとくね。痛かったらゴメン」と言っていた。確かに痛くないよ先生(この時は)。

右足には血栓防止用のフットポンプが巻かれ、30秒ほど?に1回のペースで足裏を圧迫してくれている。それと尿道にカテーテルが入ってるようで、異物感がすごい。左足の痛みよりもこっちの方が気になってしょうがなかった。
夜も当然食べられないので、この日2回目の飯テロである。あまり眠くなかったので、今更インターステラー(2014)を観た。ノーランの作品としては、テネットやインセプションの方が好きである。
この日の夜が入院期間中一番しんどかった。あまり痛くないと思っていた左足が22時の消灯あたりから急に痛み出し、とても寝られないなと思って看護師さんを呼び、痛み止めを点滴に入れてもらった。カテーテルも気持ち悪い。極めつけは30秒に1回振動と共に右足を締め付けてくるフットポンプである。とてもじゃないが寝られない。
結局2時間くらいしか寝られなかったような気がする。痛み止めが効いて薄れゆく意識の中で「絶対に朝イチでカテーテルとフットポンプ外してもらう」と固く決意したのだけは覚えている。
入院3日目
6時起床。点滴、カテーテル、フットポンプを外してもらった。解放感が半端じゃない。
8時頃に36時間ぶりのご飯。この日は3食ともおかゆ+おかずだったが、本当に美味しかった。食べることは生きること。病院食は、毎食500-600kcal、たんぱく質20-30g、塩分2-3gに調整されており(このへんの情報が書かれた紙が毎回渡される)、食べてるだけで健康になれそうだった。
朝の看護師さんとの会話で、先生が退院予定が週明けであると言っていたことを知る。あれ、明日じゃないのか・・?迎えもお願いしているし、夜はライブに行かねばならんのだ・・。

この絶望を看護師さんと(この日リハビリがあったので)理学療法士さんに漏らしていたら、意外と親身になってくれて、「元気そうだし、松葉杖の使い方も問題無さそうだから、予定通り明日退院でよさそう」というのを先生に伝えてくださった(もちろん、先生もこちらの身を案じて入院期間を長めに見てくれていたのだと思う)。
結果、予定通り木曜日の午前中退院となった。

腹筋や指のトレーニングもしつつ、この日は仕事をして終わった。どこでも出来る仕事というのは、いいのだか悪いのだか。
夜はやっぱり暇なので、いい機会と思いダンダダンを観たが、2話の途中でやめてしまった。最近はアニメはめっきり観れなくなった。
退院日
ありがたくも平日休み組の後輩に迎えに来てもらえることになり、予定通り10時に退院。
結局入院中は一度もシャワーすら浴びられなかったので、帰宅後シャワーを浴び、予約していたバスに乗って東京へ向かう。Penthouseのライブは本当に良かった。松葉杖での移動は本当に大変だったけど、頑張って行って本当に良かった(車いすと障害者席を用意頂いて、本当にありがとうございました)。
そして松葉杖で移動して初めてわかるエレベーターのありがたさ、都会のインフラの充実度であった(ちなみに、新宿から横浜はそこそこ混んでる電車で行きましたが、優先席は譲って頂けませんでした、ざんねん)。

関連トピック
医療費の話
参考として医療費の話を。
退院時に貰った請求書の総点数は約56,000点で、金額換算すると560,000円。
ここから、健康保険の法定給付(いわゆる3割負担)・高額療養費の上限額やらなんやらが適用された後の、なんだか板が買えそうなあたりの値段が領収書に請求分として載っている。
ちなみに、従来は支払いの前後いずれかで申請が必要だった高額療養費の上限額が支払いの時点で自動適用されているのは、マイナ保険証によるオンライン資格確認で年収区分をあらかじめ病院側で確認できているからである。いろいろ言われているマイナ保険証、こんな時は「便利だなぁ」と思う訳である。
ちなみに、自分の場合は会社で加入している保険組合に「付加給付」という制度があり、(金額は組合によって異なるが)自分の組合の場合は単月に支払った医療費のうち、20,000円を超過した分が3-4ヵ月後に自動で会社経由で還付されるようになっている。つまり、自己負担は一時的にはあれど最終的には月あたり20,000円になる。民間の保険無しでである。健康保険料さまさまである。
ちょうど最近、高額療養費の各区分ごとの自己負担上限が2025年8月から引き上げられることがニュースになったが、加入している保険組合に付加給付制度がある場合、そっちが改訂されない限りはそこまで気にしなくてもいいかも。会社員の場合は保険組合の制度も加味して最終的に自己負担がどれくらいになるのかは確認しておくと安心かもしれない(何かと加入する保険の構成を気にすることが多く、お世話になる可能性もそれなりにある山屋であれば尚更である)。
お礼
入院までに気を付けることを教えてくれた皆さん、「何か欲しいものある?」と連絡をくれて家まで買い物をしてきてくれた皆さん、「入院前に美味しいものを」とご飯に誘ってくれた後輩、病院の送り迎えをしてくれた後輩、様々な手段でお見舞いの言葉を送ってくださった皆さま、本当にありがとうございました。
次回はリハビリ編。