アグネスタキオンと水族館に行った話
━━━ 違うな。魚か。魚だな。
ほらご覧、綺麗だよ。なんだかカラフルで。
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うん?「熱帯魚の模様はなぜシマシマなのか」って?
……ふむ、悪くない質問だね。いいかいトレーナー君。生物における「なぜ」には、至近要因と究極要因というのがあってね。至近要因は如何にして生物がそれを成し遂げているか、究極要因はそもそもなぜ生物がその性質を獲得したか、という問題なんだけど……。
あぁ、首を傾げているようだから具体例を挙げようか。ホタルっていう昆虫がいるじゃないか。光る虫。彼らはなぜ発光するんだと思う?
「光る物質が体内にあるから」?……うん、それも1つの正解だね。手早く説明すると、酵素の作用で発光物質がATPと反応して複数の段階を経て励起状態になって、それが基底状態に戻る時にそのエネルギーの差だけ光を放出するというわけさ。これが至近要因。どういうメカニズムで起きているか?という意味の「なぜ」ということになるだろうね。
ん?以前君が発光した件?……ふふふっ、まあアレも似たようなメカニズムさ。
そういえばあの薬の発光効率を高める方法を先日思いついたから試してみたいなぁ。また今度実験に付き合っておくれよ。勿論引き受けてくれるだろうね?なにせ君は私のモルモットだからね、いいデータを期待しているよ。今度の実験が上手くいけば、仮説の上では発光量子効率が0.7を超えるはずなんだ。実証できるのを今から楽しみにしているよ。
……おっと、話の途中だったね。いや、すまないとは思っているんだよ。しかし研究の話となるとついつい熱くなってしまってねぇ。まあ今に始まった事じゃあないし、君もよく知っている事だろう?じゃあ、話を戻そうか。もう1つの「なぜ」、何だと思うかい?
ふむ、「ホタルには光ると嬉しい事情があるから」ねぇ……。いや、実のところまったくその通りさ。平たく言えば、ホタルは自分が光ることで得をしているんだよ。色々な説があるんだけれど、一番有名なのはメスを呼び寄せるためにオスが光るというやつだね。あとは外敵への警告色だとか、発光の反応の過程で活性酸素を消すのがプラスに働いているという話もある。いずれにせよ何の目的で、という意味の「なぜ」が究極要因ということになるわけだ。
ああ、勘違いしてほしくないんだけれど、別にホタル自身が目的意識を持って光っているわけじゃあないんだよ。詰まる所、発光という形質がホタルの祖先にとって有用な形質だったから適応度が上がって光る形質を受け継いだ子が多く生まれ、その光る子達も光らない仲間より多くの子を残して……ということを繰り返して進化してきた結果なんだ。いわゆる自然選択というやつだね。
で、魚の話に戻ろうか。なぜ縞模様なのか、だったかな。まず至近要因の話をするなら、チューリング・パターンと反応拡散方程式について話す必要があるね。
……なぁ、おい、トレーナー君、そうあからさまに退屈そうな顔をするものじゃあないよ。もしかして数学アレルギーかい?方程式と聞いただけで顔から笑みが消えるタイプの。まったく、ここからが面白いところなんだから、ちゃんと私の話に耳を傾けておきたまえ。
まず、2成分の反応拡散方程式を考えようか。おっと、反応拡散方程式というのは……そうだね、ええと、物質の反応と拡散についての数理モデルなんだけれど……うん、やっぱりピンと来ていないかな。拡散は分かるだろう?インクと水を混ぜたらいずれ水全体に色がつく。コレは水の中にインクが拡散したからだよね。
じゃあ次にインクを2色にした時のことを考えてみたまえ。例えば青のインクと赤のインクだったらどうなるかな?うん、最後に水は紫になるだろう。そうしたら最後に、青のインクと赤のインクが特殊な化学物質で、例えば、2つが混ざると色が消えてしまうとかだったらどうなるだろうねぇ。最後には水は透明になってしまいそうだ。
じゃあ次はもう少し複雑な反応で考えてみようか。それからこの話は魚の体内の話だから、細胞の中で起きる現象を考えないといけないね。細胞が色素を作る機能を持っていて、赤色素は細胞に触れると色素の生成を促進するけれど、青色素は色素の生成を抑制する、なんていう状態ならどうだろう。その条件で体液中を色素が拡散していくとしてシミュレーションすると、拡散速度のパラメータによって、様々な模様が出来上がるんだよ。縞模様やら水玉模様やらね。
詰まる所彼らの縞模様や水玉模様は、2種類の成分の反応と拡散によって作られているわけさ。この模様はこの数式を見出した科学者に因んでチューリング・パターンと呼ばれていてね。ふふふっ、面白いだろう?魚だけじゃなくって昆虫の模様もそうだし、トラやヒョウの模様も共通する理論で理解することができる。理論上は縞模様のウマ娘……ふふっ、シマ娘とでも呼ぼうか?だって生み出すことができるよ。そんなのがレースで自分の前を走っていたら目がチカチカするだろうけどねぇ。
あぁそうだ、ちょうどここから究極要因の話に繋がるね。縞模様のものが高速で動いていたら目がチカチカしないかい?縞模様がついている物体の形や大きさは無地のものと比較して正確に捉えづらくなるんじゃないかい?そうしたら無地よりは外敵の攻撃を受けづらくなるってわけさ!そしてそういう模様の魚が集まっていたら、どこからどこまでの模様が1匹の魚なのか分かりづらくなって、さらに効果抜群になるだろう?こういう効果のある体色のことは分断色というんだよ。
あるいは保護色というのは有名だし、君も知っているんじゃないかと思うんだけれど、どうだい?縞模様のある魚、いや縞模様だけじゃなくて水玉やカラフルな色合いの魚達は沢山の種類がいるわけだけれど。彼らにはサンゴ礁のような背景色が比較的複雑な場所に住んでいるものが多いと思わないかい?サンゴに擬態して外敵から隠れるためにと想像できるんじゃないかな。
じゃあ逆に縞模様のない魚を思い浮かべてみたまえ。ふむ、イワシ、アジ、サバ、マグロ……うん。いい選択だねぇ。実は彼らも保護色を持っているんだよ。腹側が白っぽくて背側が黒っぽいだろう?水中は三次元世界だからね、下から見上げる捕食者にとっては腹側の白っぽい色は明るい水面側と同化して見えて、上から見下ろす捕食者にとっては背側の黒っぽい色は暗い海底側と同化して見えるというわけさ。
ああ!そういえばイワシの大群がいる大水槽があったねぇ。あっちだったかな。早速見に行こうかトレーナー君。カツオやマグロのコーナーも見に行きたいね。いや何、水中と空気中で勝手は違えど、流体力学の見地から魚の泳ぐフォームや形状に興味があったのさ。彼らの最高時速は瞬間的には時速60km~80km以上に達することがあるそうだからね。空気中よりも抵抗の大きな水中でウマ娘並みのスピードとはまったく大したものだよ。
その後は深海魚のコーナーにも足を運ぼうじゃないか。深海魚には生物発光を持つものも多くてね。おやおや、君とお揃いじゃないかトレーナー君。アッハッハッハ!間違っても水槽の前で光ったりしないでくれよ、魚がびっくりしてしまうからね!それから生き物が放出するエネルギーという観点からいくとデンキウナギなんかも興味深いし、後は……
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なんだかんだ言ってアグネスタキオンとのデートを楽しんだのだった!
トレーナーのやる気が上がった! [絶好調]
トレーナーの賢さが上がった! +100
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