畑
「この子たち修学旅行行けないんだよ」
「この子たちほとんど学校行けないまま卒業なんだって」
コロナ渦の子どもたちは大人から
こんな言葉をたくさん言われただろうし、
大人同士でもこんな会話したのではないだろうか。
実際私もそう思っていた。
看護学生の小児の授業中にあることを教わった
「赤ちゃんや子どもが、安全のために柵で囲まれたり、治療のために鼻に管をいれたり、点滴をされたりします。かわいそうだと思うけど、その子たちはこれが当たり前だと思って生きるので辛いと感じにくいのです。私たちは今の生活があるから、それより不自由な人を見るとかわいそうと思うのです。」
思えば大人になってもそうなのだ。
有休もろくに使えず、ボーナスもほんのわずか、サービス残業の世界に新人からいると、それが社会の当たり前だと思ったり
初めての恋愛でも、最初から遠距離恋愛だと こんなものかと思ったりする。
コロナ渦も同じだと思えば
捉え方が変わるのではないだろうか。
「かわいそう」はきっと有難迷惑だったりするのではないか。
みんな違う畑で生きているものだ。