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介護士が世界で戦うために

世界で戦うための武器

国際認知症ケア連合 (https://ifdcworldwide.org/)が主催のDementia Care Expart(認知症ケア専門士)の勉強を再開しました。昨年12月に受験したDementia Care Expart 試験結果の公式発表がされていませんが、合否に関係なく次に進んでいこうと思います。

介護特定技能試験対策の教材開発の要領で、今度はDementia Care Expertの受験対策の教材を作ります。

誰からも頼まれていないのに、需要があるかどうかもわからないのに、というか、まだ試験の合否すら出ていないのに、という状況ではありますが、未来から逆算すると、次の一手はここかなっていう確信があります。また、長く孤独な戦いになりそうです(^^;)

ただ、この作業が私を次のステージに進めてくれるでしょう。世界で戦うための武器を手に入れるために、必要な過程だと思っています。

アメリカでの学び

25歳の時、アメリカ、サンフランシスコに舞い戻りました。その1年前に、大学の先生の紹介で入社?したサンフランシスコ郊外にある日系人グループホームを8カ月目でクビになりました。今思えば若気の至りですね(苦笑)

〝まだアメリカのシニアビジネスも英語も全然学んでいないのに、このまま尻尾を巻いて逃げ帰るわけにはいかない〟

と思い、強制帰国させられてから日本でバイトして、3カ月後に再び渡米しました。

今度は、組織に守ってもらう立場ではなく、完全に個人です。安い語学学校に籍を置き、何とかステータスは維持できたものの、勉強どころか、生活するためのお金がありませんでした。

お金もない、知り合いも誰もいないサンフランシスコの町で、どうやって生きていこうかと途方に暮れました。あの時に、徹底的に自分の無力感を味わいました。国と組織から離れてしまうと、こんなにも自分は無力なのかと骨の髄まで思い知らされました。

そんな絶望のどん底の時に、私を助けてくれたのは、学生時代に身に付けた指圧の技術でした。

サンフランシスコの町を徘徊していると、【Massage】の看板をよく目にします。中には怪しげなマッサージのお店もありました。なぜかカタカナで【マッサーヂ】と書かれたお店もありました。〝なぜ「マッサージ」ではなく「マッサーヂ」なのか〟いまでも不思議です。

背に腹は代えられないので、怪しげなマッサージ店も含めて、サンフランシスコにある全てのマッサージ店を突撃訪問し、自分を売り込こもうと決意しました。

その一発目に訪問したマッサージ店で運よく雇ってもらうことになり、未来が繋がりました。あの時は本当にうれしかったですねぇ。

そこから指圧の技術を磨いて稼ぐスキルを身に付けました。海外で、外国人を相手に、その国のお金を稼ぐのは、本当に難しい。ある意味、自分の真の実力が試されます。

国と組織から離れて自分が提供できる「価値」とは何かを、冷徹に突き付けられます。

アメリカ時代を振り返ってみると、私が外国人相手に提供できた価値は、指圧、料理、介護という、技術+肉体労働だけでした。これらの仕事に就けば、海外で最低限生きていくことはできます。しかし、成功はできないと悟りました。成功とは、やりたい仕事をしながら、物質的にも精神的にも豊かな状態になることです。

世界で戦える武器を手に入れる、それが、アメリカで突き付けられたテーマでした。

日本の認知症ケアという武器

30代になり、「介護」という大枠は決まっていましたが、実際に世界に出てどう戦うかの具体的な方法はありませんでした。現在、特定技能制度を使って、フィリピン人介護士に「介護」を教えていますが、海外にいるとはいえ、やっていることは、日本国内の仕事です。

海外で、外国人を相手に、その国のお金を稼いでいるわけではありません。国と制度に守ってもらっています。

その意味で、これから来日する外国人介護士の彼らは強いです。日本で、日本人を相手に、円を稼ぐわけですからね。彼らには選択肢があります。

一方で、私の選択肢は対日本人しかない。冷静に自分を見つめ返してみて、外国人にお金を払ってもらえるほどの「価値」が提供できないのだと分かります。

20代の頃のように、生きるために指圧や料理をするのではなく、自分のやりたいことで、世界中の人に「価値」を提供するにはどうしたら良いか。そのための武器は何か。その問いの答えを探し求めていたところで、日本の認知症ケアが届きました。

日本の認知症ケアを外国人に教える。

それができれば世界で戦える。私のやりたい介護の仕事だし、「価値」のある仕事だし、そして、世界が高齢化している現代において、「時流」にのった仕事です。

もちろん、今はまだ人様に教えるようなレベルには全然至っていませんので、努力します。教材開発の過程で、日本の認知症ケアの理解を深めていきます。

何年後に花が咲くかは分かりませんが、世界で戦う武器が見つかったことを、心から喜んでいます。長い道のりですが、一歩一歩進んでいきます。

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