ショートショート「悪魔」その1
ノックの音が。
「おや? 幻聴かな?」
ここは大都会、いや大都会だったあるアパートの一室。
過去形なのは世界大戦争のあと瓦礫と化した都市なのだ。
人類は、その戦争のあと数年で極端に人口が減ってしまった。
ひょっとすると何かの細菌兵器の影響なのかもしれないが、
どうやら私も含め、一握りの人たちには効果がなかったようである。
映画やTVドラマでは「最終戦争」のあとの荒んだ町の状況を見たことがあるが、実際そうなってみると、人が極端に少なくなって、缶詰などの食料は充分ある。
もちまえの呑気な性格もあって意外と快適なのだ。
ただ、インフラは全滅なのでテレビもラジオも放送していないし、
インターネットももちろん無い。
その点は昔とちがうが危機感は無い感じ。
しかし、さすがにこんなわたしでも人が恋しくなりかけている。
たまーに近くに住んでいるらしい生存者の気配があることはあるが
警戒してなのか近づいては来ない。
そこにノックの音が。
コンコン、コンコン
おや?これは幻聴などではなさそうだ。
ドアを開けると
「こんにちは、悪魔です」
なんと、やはり幻覚なのか
イメージ通りの悪魔なのだが愛想がよさそうだ。
「そろそろお迎えにきたんでしょうか?」
「いえいえ、死神ではなく悪魔ですから。
3つの願いごとを叶えにきました。」
ニコニコと、信じられない言葉を言っている。
まあいいや、寂しかったところだ。
「まあ、おはいんなさい」
「こんなにすぐに家に入れてくれるとは有難い。
普通は「悪魔」という言葉で躊躇なされるのですが。」
「ところで、3つの願い事を叶えにというと
むかしからあるあのお話のようですが」
「どうやら、ルールはもうご存知のようで、話が早くて助かります。
3つの願いを叶える代わりに、
死亡されたときに魂をいただく契約をお勧めにきました。」
いわゆる、都市伝説みたいなものだと思っていたのだが、
根拠のある話のようだ。すんなり納得してしまう。
ニコニコしているので、邪悪な部類の悪魔でもなさそうだ。
もちろん悪魔は悪魔だ。全面的に信頼するのは危険にもおもえる。
この「三つの願い」というお話は
いろんなバリエーションがあるようで、
すでにありとあらゆるパターンのお話が作られている。
それが実際におこるとは思ってもみなかった。
さてさて、成功したパターンってあったっけ?
「あっと、ちょっとお待ちくださいね、悪魔さん」
「もちろんです。納得のいくお願いをしてくださいね。
わたしたち悪魔は100年でも200年でもお待ちできます。
通常の生物ではないですし、寿命もないわけでして。
ただし、なにもお願い事をしないままあなたが死亡されても困りますが。」
「それはそうでしょう。わたしもなにもお願い事をしないまま死んでしまうのはいかにも惜しいですから、そこまでお待たせはしないつもりです。」
「一旦一人になって考えさせていただけますか?」
「大丈夫ですよ。お呼びになればすぐに伺いますので」
そう言い残すとシュパッと消えた。
じっくりと作戦を練ることにした。
それから、毎日のように悪魔を呼び出しては世間話をして
「またあした」というのが日課になった。
急ぐこともないので、相手の様子を伺う気持ちもあった。
なんせ絶対的に人が少ないので
きっと時間は充分にあるのだろう。
気をつけるのは「願い事」をしないこと。
「願い事」さえしなければ、悪魔は去ることは無いので
いい話し相手になる。
それから数年が過ぎ、悪魔とも気心が知れて、
親友といってもおかしくないほど親しくなった。
ただ「願い事」だけはいわないように気をつけてはいるが。
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