理系嫌いだった文系出身女子がSTEM/STEAM教育を研究している理由
執筆者名:田中若葉
(東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科)
自己紹介
初めまして。東京学芸大学大学院博士課程2年の田中と申します。今回はこのような機会をいただきありがとうございます。私は現在、STEM(ステム)/STEAM(スティーム)教育に関する研究や実践を行っていますが、理系出身で理系が好きだったわけではありません。そんな私がこの研究をしている思いを、少しラフにお話させていただこうと思います!
そもそも、STEM(ステム)/STEAM(スティーム)教育とは何かと言うと、Science、Technology、Engineering、Mathematicsの頭文字を取った言葉で、これらの教科や分野を横断的・総合的に取り組みましょう、というものです。近年は、ここにArt(s)の要素が入ってきて、芸術やリベラルアーツといった分野も含めて取り組もうとする文理融合的な動きが日本では進められています。
高校時代
では早速…。まず、高校生まで遡ります。(時を戻そうっ!)
小学校の先生になりたかった私は東京学芸大学を志望しました。さらに、東京学芸大学の中でも学科をどうしようかなぁと悩んでいたのですが、私は手や体を動かしたり、何かを作ったりすることが好きだったので、教科は美術(図画工作)か音楽か体育か技術で迷いました。単純にこれらの教科が1番成績が良くて得意という認識もありました。その中で、積極的な理由で言えば、精密に設計して行う技術的なものづくりが1番好きで、これから発展の可能性もたくさんありそうで面白そうだなあと思いました。消極的な理由で言えば、他の教科は実技試験があり、あまり自信がなかったので辞めました。積極的な理由と消極的な理由が完全マッチしたのが、ものづくり技術選修でした。
そして、なんとか志望先に入学することができたのですが、文系出身の私にとって、大学の講義は数Ⅲ・Bまでやってること前提で進むものばかりで、とても辛かったです…。思っていたよりも、ゴリゴリの理系だったのです。
ただ、大学の講義と高校までの理系の教科の勉強が明らかに違ったのは、「ものづくり」という目的があるということでした。
高校までの理系教科は、例えば、数学であれば、問いを与えられてそれを解いて終わり。「この計算、いつ何に役に立つのー!」といつも心の中で叫んでいました。
理科ではどうでしょう。例えば、物理では重量や加速度の求め方を学びました。「この計算、いつ何に役に立つのー!」とこれまた叫んでいました。
目的や何に役に立つかわからずに探究させられていたとも言えるでしょう。探究の強要です!
今の研究を進めて、気付いたのですが、私は昔から、ただ好きだからとか、その現象が面白いからという理由ではなく、それが何にどう役に立つのかということ知った上で、だからこの教科のこういう学びが役に立つよね。という逆算的な思考で学ぶことを理想としていたのです。
だから、大学の講義を受けて、ものづくりには、理系必須じゃないか、面白いのに自分では解けない…!もっと理系、勉強しておけばよかったな…と初めて後悔しました。無知すぎた高校生までの自分が恥ずかしいくらいです…。
STEM教育との出会い
大学の講義は内容が難しくてついていけず、単位は何度も落としながらも、大学3年生になりました。
ある日、指導教員から「今度STEM教育のワークショップあるから、スタッフやってみたら?」と声をかけていただきました。
その時はまだその言葉を知らず、「ステム…???」と、はてなで頭がいっぱいになりました。
“STEM”とググってみると、“幹”と出てきました。「え、幹教育?ん?木材系の新しい教育か?!」と戸惑い、改めて、“STEM教育”と検索し直してみると、理系分野の横断的な新しい教育であるということがわかり、落ち着きました笑
そして、そのワークショップに参加してみることにしました。
STEM教育ワークショップで衝撃を受ける
ワークショップは、宇宙をテーマにしていて、新惑星への移住のために、その惑星での問題を解決するためのミッションに挑戦してもらう、というものでした。
スタッフは、調査隊のような繋ぎの衣装を着て、テーマパークのスタッフになったかのような気分でドキドキしたのを覚えています。
スタッフは、子どもが悩んでいても、手を出したり答えを言ったりしてはいけないという掟がありました。「問いで誘導すること」と。
いざ、ワークショップが始まると、子どもたちが悩んでいるのですが、私は初めてであまりわからず、寧ろ「なんでだろう〜?どうしてだと思う〜?」としか声をかけられなかったことが恥ずかしい思い出です。
子ども達と活動をしていると、子どものみならず保護者まで、熱中していて、中には親子喧嘩が勃発することも!さらに、何日も通い詰めてミッションコンプリートを目指しにくる子もいました。
私は、学校の勉強ではそこまで、面白い!熱中してもっとやりたい!と思ったことがなかったのですが、このワークショップのような授業が学校でも実現できたら、私のような理系嫌いや苦手意識のある人も、もっと理系の学びも楽しめたり、学ぶ必要性を感じることができたのではないか…と思いました。各教科の与えられた問題が解けるだけではダメなんだ、STEM分野をもうちょっとだけ学ぶと、自ら新しい価値を創造できるようになれるかもしれないなんて、とってもワクワクするなあ!と新たな学び方に出会った瞬間でした。
その時に、STEM教育の面白さにビビっっ!と惹かれて研究することにしました。
思い立って、学部四年生ではSTEAM教育サークルなんかも立ち上げて、やる気に満ち溢れていました。サークルは今も存続してくれているようで、こんなにも続くサークルになると思っていなかったのでとても嬉しい気持ちです。
私が今抱くSTEM/STEAM教育への期待
そんなこんなでSTEM教育と出会い、研究や実践をこれまでたくさん行ってきました。
そんな私が今思うことがあります。
STEM教育と出会った頃は、単純に「問題解決的な文脈の中でSTEMの力を横断させる活動をすれば、理系嫌いな人も学校での理系の学びが面白く感じたり、有用感を得られたりするんじゃないか」と思って、研究を始めたのですが、最近では、Art(s)の要素が入ったSTEAM教育に拡張され、より幅広い分野の横断を行う中で、問題解決できる力が求められるようになってきました。
最近は、さまざまな議論がなされるようになってきましたが、STEM/STEAM教育特有の、学んだことを教科横断しながらアウトプットして、新たな価値を創造する、という体験が、理系が苦手な人でも、少しでも理系の面白さや必要感を抱けるようなきっかけになったらいいなあという思いが根本にあり、さらには、自分が創造したモノ・コトで社会の何か一部でも変えられそうだな、変えたいな、という気持ちを持てるようなやり方を考えていけたらなと思っています。
理系が好きな人、嫌いな人/理系が得意な人、苦手な人などがいますが、一定数は私のように、目的や何に役に立つのかを実感することで、理系の学びの有用性を感じる人がいると思います。その人たちは、理系好きとまでは行かずとも、知っていたら、新しい価値を創造する時に何か役に立つ可能性を見出すことができるのではないかと思います。
嫌いなことを好きにさせたり、苦手なことを得意にさせたりすることができれば、それに越したことはありませんが、好きか嫌いか、得意か苦手かなど、二極化して考えるのではなく、STEM分野の受け皿を広く捉えて、もっとグラデーションで考えていけるようになると、STEM/STEAM教育の意義が増すのではないかと考えています。
そんな研究をこれからも続けていけたらと思います。
長くなりましたが、最後までご覧いただきありがとうございました。
メリークリスマス&良いお年をお迎えください!
※本記事は「科学教育 Advent Calendar 2023」の企画において寄稿されたものです。
※本記事の内容や主張は執筆者によるものであり、本記事の掲載をもってJAASや教育対話促進プロジェクトがその内容や立場を支持するものではございません。