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第1章(3)

『金の鳥 銀の鳥』【作品紹介】

「ったく、仕事はどうした? 今日は内勤のはずだろが。その場にいるだけで風紀が乱れるような人相の奴らが、雁首そろえてベソベソしてんじゃねえ。鬱陶しぃんだよ」
「軍曹ォ……」
「俺はもう、軍曹じゃねぇよ」
「中将ォ」
「隊長ォ」
「だから、そーゆーことじゃねぇんだよ! 俺はもう軍の人間じゃねぇんだから、おまえらの上官でもなけりゃ隊長でもねえ、っつってんだよ。大体いまの一三班の隊長はキム、オメエだろが」
「けど、隊長ォ……」

 往生際の悪い羆(ひぐま)ヤロウは、包帯が取れたばかりの傷痕も生々しい左目を引き攣らせて、への字に曲がった下唇を器用につきだした。

「オレにゃあ軍曹の代わりなんぞ務まりっこねえっす。こいつらまとめて前線で指揮執って、そんで一二〇パーセント以上の力出させて、ひとりも欠けさせねぇで自分(てめえ)も全力出し切って闘うなんて真似、オレにゃ到底無理な話っすよ。人の上立つなんて、オレの器じゃねえ。オレなんかが隊長やった日にゃ、こいつらみんな殺しちまうっ」
「なに甘ったれたことぬかしてやがる。曹長にまで昇進しといて、分別のねえクソガキか、テメエは。プロの戦争屋がいつまでも寝惚(ねとぼ)けたことぬかしてんじゃねえ。ブチ殺すぞ!」
「だけど軍曹、オレ……」
「いいか、キム。俺の後釜におまえを指名したのは、ほかでもねぇこの俺だ。その期待裏切って、次会うときまでに一三班ひとりでも欠けさしてみろ、ただじゃおかねぇからなっ!」

 目の前に指を突きつけ、凄んでみせると、キムはさらに傷が引き攣れるのもかまわず、寄り目になってその指先を凝視した。

「おい、返事はどうした?」
「え……、だって軍曹、次会うときって……」
「ああ? 今生の別れじゃねぇんだから、いつだってその気になりゃ会えんだろが。それともなにか? この俺除けモンにして、この先はオメエらだけで酒飲んでバカ騒ぎする気か?」

 さらに詰め寄ると、キムに突きつけた指の先を中心に、パァーッと明るい笑顔がむさくるしい野郎どものあいだにひろがっていった。

「いっ、いっ、いえっ! 滅相もねえっすっ!!」

 吼えるようにキムが応えると、全員がそろって大きく頷いた。へへへと笑いながら、鼻を啜る奴までいる。しょうもねえ奴らだと内心で苦笑して、じゃあなと背を向けた。絶妙のタイミングで後部座席のドアが自動で開く。乗りこむ直前、肩越しに「ああ」と顧みて付け足した。

「ホセとハウザーにも、しっかり養生して早く治すよう伝えとけ。快気祝いに『ブラッディ・ローズ』を一本ずつ贈ってやるってな」
「ヘイッ、隊長っ!!」

 じつに軍隊らしくない返答が、濁声(だみごえ)の不協和音を奏で、公安特殊部隊司令本部『恒久平和』まえで響き渡ったのだった。



「あいつら……」

 走り出した車の中で思わず頭を抱えると、隣に座るエドワードがクスクスと笑った。

「随分慕われてるんですね」
「長年、互いの生命預けて苦楽をともにしてきた連中だからな。どうしても普通の職場関係より情が深くなるし、一度信頼し合えば家族同然の付き合いにもなる」

 組織の鼻つまみ者ばかりが集められた一三班の場合は、他の部署や部隊からも異端視されがちだっただけに殊更結束も強かった。班の特質上、よその部隊と違って人員の再編成や補充が行われにくいだけに、一気に三人もの欠員が出るのは後任の部隊長であるキムにとっても相当な痛手だったろう。わかっていながら、そのケツをどやしつけた俺も、鬼軍曹と罵られたところで文句は言えまい。

「じつは、官舎の荷物を運んでくれたのは彼らなんです」

 エドワードの打ち明け話に、そんなところだろうと、こちらも充分予測がついていたので頷いた。

「官舎のほかにも、司令本部内の射撃訓練場や管制室、食堂にトレーニング・ルームといった場所へも、時間が許す範囲で案内してもらいました」

 あいつら……。

 今度は口には出さず、内心でぼやいた。
 勤務時間中に集団で堂々と職務放棄した挙げ句、民間人連れまわして、呑気に本部内の施設見学だと?

「あ、見学については司令長官閣下の特別の計らい、だそうです」

 黙っていても、思いが顔に出ていたのだろう。敏い弟からすかさずフォローが入った。

 ――組織のトップごとグルとは、恐れ入った。あのオヤジ……。

「いい暇つぶしになってよかったな」

 ほかに言いようもなく、ありきたりな述懐にとどめると、エドワードはそれに対して思いのほかきっぱりと「とても楽しかったです」と満足そうに応じた。

「許可の下りている範囲で施設内を見てまわるあいだに、部下の方たちからたくさんの話を聞くことができました」
「話って……」
「カシム・ザイアッド軍曹に関する四方山(よもやま)話です」

 言ってから、なにを聞いたかは秘密です、と、こちらが口を開くまえに先手を打って出た。昔から、こういう機微に通じている奴だった。

「どうせ、碌(ロク)な内容じゃないだろう。話半分くらいで適当に流して、あまり真に受けるなよ」

 げんなりした気分で釘をさすと、英邁な弟は、ゆったりとシートに背をあずけたまま鷹揚に同意した。

「そうですね。聞かせてもらった話が一〇〇パーセント真実なのだとしたら、彼らの隊長という人は、僕が知っている兄とはまったくの別人です。二重人格どころか、おなじになりようもないくらい隔たりのある、乱暴で自分勝手で我儘で喧嘩っ早くて口が悪くて、権力に媚びることを是としない、気性苛烈なアウトサイダー、といったところでした」

 ――言いたい放題言ってくれる。

「でも、共通点もありました。有能で頭の回転が速くて、だれより責任感が強く、そして優しい」

『軍人さん、あんた優しいね』

 弟の声に、かつて聞いた、べつの女の声がかぶった。

「……俺は、優しくなんかないさ」
「それは兄さんが自分で気づいていないだけです」

『あんた、頭が良いくせに、肝腎なことはなんにもわかってないんだね。変なとこバカで、ホント笑っちゃうよ』

 そうだ。俺はバカなんだ。肝腎なことが、いつだってわかってやしない。

「中継で流れた戦闘時の映像、観ました」
「――そうか」
「僕が知っている、どんなラルフ・J・シルヴァースタインより自然で、力強く、活き活きと耀いてみえた」

 組織からいつもはみ出て、厄介者扱いされていたカシム・ザイアッド。
 型にはまらない生き方が、こんなにも楽なことを知った日々。

『みんないろんなことを深刻に考えすぎるから、自分で人生をややこしくしちゃうんだよ。もっとシンプルでいいのにさ』

 アタシはバカだから、難しくなんて考えらんないんだよ。そう言って笑った女に、どれほどたくさんのことを教えられただろう。

『あんたは、あんたのままでいいんだよ。ねえ、軍人さん……』

 窓外を流れる景色の中、道行く人の中に一瞬だけ、懐かしい顔が微笑いかけてきたような、そんな錯覚をおぼえた。

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