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第4章(3)

『金の鳥 銀の鳥』【作品紹介】

 軍在籍中、俺が打ち立てた記録がふたつある。

 ひとつは、入隊して一年で軍曹にまで昇進したこと。そしてもうひとつは、その後五年間、それなりの戦績を収めていたにもかかわらず、一階級も昇進しなかったこと。

 考えてみると、俺は、軍にいたあいだ、ほぼ『軍曹』だったことになる。
 除隊時に軍曹からいきなり中将まで、十二階級の特進を遂げたことも樹立した記録に加えてもいいが、これは特例中の特例、カシム・ザイアッド個人の功績を公正に評価してのものでないことはあきらかなので、除外してかまわないだろう。

 ともあれ、最初の一年での二等兵から軍曹までの昇進は、正真正銘、俺個人の功績によるもので、入隊時からもともと浮いた存在だった俺は、この時点で完全に、いい意味でも悪い意味でも一目を置かれる存在となっていた。


 軍律、軍令、秩序第一。序列絶対の上官命令至上主義を徹底する組織内にあって、軍律なんぞクソッくらえ、上官命令無視はあたりまえ。気に入らなければ平気で上の連中にもくってかかって、挙げ句、容赦ない罵声を浴びせる型破りの掟破り常習犯。

 それが、入隊して一年のあいだに定着したカシム・ザイアッドに関する人物評だった。


 間違った評価などひとつもない。まったくもってそのとおりで、だからどうした、というのが俺自身の見解である。

 上官だ将校様だと言ったところで、実戦部隊を指揮する上の連中の大半は士官学校を卒業したお坊ちゃま軍人――俺に言われたくはないだろうが――であり、そういう連中にかぎって実戦経験は殆どゼロ。ただ、学校で習った理論や戦術論を振り翳して理屈をこねるばかりで、現場で臨機応変に指揮対応する能力に欠けているため、いるだけ邪魔な役立たずばかりだった。

 公安の任務がゲームやお遊びではない以上、その場の状況を適確に判断して動けなければ、生命がいくつあっても足りない。

 結果、無能な指揮官はその場から排除し、こちらの被害を最小限にくい止めて最大の戦果を上げるのが俺の役目になった。アホくさい序列に縛られて、使えないぼんくら指揮官に意見のひとつも言えない小心者ばかりだったからだ。

 これで俺自身も戦闘能力が低かったり、無能だったり、あるいは味方に損害を与えるばかりのただの厄介者であったなら、早々に馘(クビ)を飛ばされていただろう。だが、おなじ厄介者でも、俺の場合、上官に楯突いて軍律を破ったぶん、必ずそれなりの結果を出して軍に貢献してきた。
 反省室送りにされることは数知れなかったが、勲一等の戦績はそれこそ、それ以上に数え切れないほど上げてきたため、軍もなかなか厄介払いをすることができなかったようだ。その結果として、俺は五年ものあいだ、軍曹の地位に留まることになる。昇級させようにも、問題を起こしすぎて、どうにもできなかったのだろう。


 ともあれ、俺がキムと出会ったのは、ちょうど軍曹に昇進してまもないころのことである。

 新しく入ってきた隊員の中に、一風変わった奴がいる。

 そのころになると、俺もだいぶ一般常識を弁え、適度な距離を保って人間関係を築けるようになっていた。士官が常用するバーで、いきなりグラス一杯が新隊員の初任給に相当するような酒をオーダーして周囲の度肝をぬくようなこともなくなり、自分の金銭感覚が、いかに一般市民の常識からかけ離れたものであったかを思い知らされることもなくなった。安ければ安いなりに美味い酒の味をおぼえ、同僚たちと軽口をたたき合いながら、ごく一般的な相場の店で、自分の稼ぎに見合った酒肴を娯しめるようにもなっていた。
 そんな折に耳にした噂だったが、俺自身、軍内で『一風変わった奴』と目されて敬遠される立場にあったからか、詳しい情報は入ってこなかった。こちらもとくに関心はなく、その話はそれで終わるものと思っていた。まさかその直後、噂の当人と鉢合わせして、そのままなし崩し的に酔客同士の喧嘩という面倒ごとに巻きこまれ、以後何年にもわたって互いの生命を預け合う関係になろうとは、だれに予測できただろう。


 この出会いが、いずれ破落戸(ごろつき)集団と忌避されながらも、軍内最強の遊撃部隊として重用されるようになる一三班の編成にも繋がったのだから、なんとも皮肉な話である。

 そして、この喧嘩騒動の際、俺はもうひとり、ある女と出逢うことになる。

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