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第十四章 真実の扉(三)
美姫は、先程から飽くことなく目の前ですやすやと眠る赤ん坊を眺めつづけていた。
「姫様、本当によろしいのでしょうか?」
背後からかかった当惑気味の声に、少女は声だけで「なにが?」と問い返す。伸ばした人差し指をそっと赤ん坊に近づけて、ゆるく握った掌の中に差しこむと、赤ん坊は深い眠りに落ちたまま少女の指をしっかりと握り返してきた。
少女の口許に、たちまち満足げな微笑が広がる。その背に、ふたたびおなじ声が言葉を重ねた。
「どうしてもと仰るので連れてきてしまいましたけど、お社に赤ん坊を入れたことがお屋形様に知れたら、お咎めを受けるのではないでしょうか?」
「どうして? わたくしだってお社に入ったときは赤ん坊だったのでしょう?」
「それは姫様が特別なお子様だったからです」
美姫からすれば、理由にもならない理屈である。せっかくの気分を台無しにされ、いささか気分を害して声の主へと振り返った。
「赤ん坊に特別も普通もないわ。汚れた大人が平気で出入りしてるとこだもの、真っ白な心の赤ちゃんが来て悪いことはないわ」
「ですけど、ご迷惑では……」
「なぜ? こんなに可愛くて良い子なのに」
そう言って、少女はふたたび赤ん坊に向きなおった。すると、とうとう観念したかのように赤ん坊の母である牧江もそばまでやってきて隣に並んで座った。
「赤ちゃんて、本当にほっぺが真っ赤で、それに、とても小さいのね」
「ええ。こんな小さな躰の中に、とてつもない生命力を宿してるんです」
「男の子でしょう? なんていう名前?」
「『真尋』です。真実の『真』に千尋の海の『尋』。夫が付けたんです」
「真尋……」
「姫様の弟として、これからも可愛がってやってくださいね」
「違うわ」
「え?」
「弟じゃない。甥よ」
きっぱりと告げる少女に、牧江は怪訝な眼差しを向けた。少女は、そんな牧江を見上げると、いつになく強い意思を感じさせる表情で断言した。
「牧江はわたくしの姉だもの。姉の子供なら甥でしょう? だから真尋は、わたくしの甥なの」
少女の言い分に一瞬目を瞠った牧江であったが、直後に「まあ」と口許をほころばせた。
「随分お若い叔母様でいらっしゃいますこと」
そう言って楽しげに笑う侍女を、少女はじっと深い眼差しで瞶(みつ)めていた。