占い師が観た膝枕〜 リケジョの受難編 〜
※こちらは、脚本家 今井雅子さんが書いた【膝枕】のストーリーから生まれた二次創作ストーリーです。
2021年11月13日に行われた「膝祭り」の時に、占い師シリーズを一気読みしていただいた時に思い付いたストーリーです。
今井雅子さん作の「禁じられた金次郎」、やまねたけしさん作 「膝枕外伝 薫の受難」、占い師が観た膝枕〜イベント鑑定編〜&〜宅配の男編〜の登場人物を思わせる流れになっています。
こちらをご覧になってからの方がお楽しみいただけるのではないかと思いますよ!
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登場人物がどう表現されるのかも興味がありますので、気軽に朗読にお使いください☺️
できれば、Twitterなどに読む(読んだ)事をお知らせいただけると嬉しいです❗️(タイミングが合えば聴きたいので💓)
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サトウ純子作 「占い師が観た膝枕 〜 リケジョの受難編 〜」
風が強くなってきた。
占い師が扉を開けて空を見上げると、重たい雲が急ぎ足で流れており、湿気を帯びた風がベタベタと顔にまとわりついてきた。
台風が進路を変えて、直撃の確率が高くなったらしい。日中、買い物を早めに済ませようとする奥様方が、店頭で声を弾ませて話していた。
「まだ、雨は大丈夫でしょうか?」
鑑定所の中から凛とした声が響き渡る。
「時間の問題かもしれませんね。早めに移動なさった方がご安心かと」
占い師は「営業中」の看板を小脇に抱える。
「なるほど。では、なる早で移動します」
女は、ノートパソコンのキーボードを叩きながら画面に向かって『では、ジェン金さん。お願いしますね』と、頭を下げた。
「いやぁ、先生。本当にジェン金さんを紹介していただき助かりました。最初お話をいただいた時は、本ばっかり読んでいる頭でっかちな方なんじゃないかと思ってました」
女は片耳のイヤホンを外しながら、ずり落ちてきたメガネを中指で押し上げる。
この、メガネの女は、膝枕課の物流担当者。
そして、この女が言っているジェン金、というのは、金次郎禁止令によって全国津々浦々から集められた銅像が集まる『金次郎パニッシュルーム』で広報活動をしている金次郎のことだ。ジェンダー事情に詳しいことから、ジェンダー金次郎と呼ばれている。
「ジェン金さんは考え方に柔軟性があって、創造性があって。背負われる膝枕の気持ちまで考慮してくれるから、最高です!」
パソコンの横には、女が書いた、いろいろな背負子(しょいこ)のデザインメモが散らばっていた。
「いえいえ。ヒサコさんが膝枕をおんぶ紐で背負っているのを見て、二宮金次郎みたいだと…。思いましてっ!………はぁ〜」
占い師は大きめの植木鉢を入り口側に移動させながら、腰をトントン叩く。
ジェン金がノーボールの相談に来ていた、という話しはもちろん、お客様であることも守秘義務の観点から一言も言っていない。あくまでも「遠い知り合い」という紹介でお茶を濁した。
「とにかく、おかげで配送時の負担も減りそうです。台車禁止の取り扱い注意商品なのに、電子レンジくらいの大きさと重さですから。配送員が大変じゃないですか。腰をやられちゃいますよ」
心なしか、女は力が抜けたような表情で東の方向を見た。
「だって、心配じゃないですか」
占い師と女の目が合う。
女の頬が一瞬赤らみ、それを誤魔化すように上ずった声で「膝枕が」と強めに言葉を付け足した。
隣のパン屋の店員が、空を見上げながら看板をしまいはじめた。まだ、雨は降ってきていない。交通機関が乱れる前に帰宅しようとしているのか、商店街の店の灯りがポツリ、ポツリと早めに消えはじめていた。
「いつもと違う」
どういうわけか、この言葉は若干の興奮状態を生む。昼間の奥様方もそうだったが、「大変だ、大変だ」と言いながら、どこか皆がそれを楽しんでいるようにさえ感じた。
そして、この、いつもと違う空気感は、話の流れを違う方向に流すことがある。
占い師は、今がその流れを生んでいることに気付いていた。
「そういえばこの間のイベント鑑定時、ヒサコさんが私のことを『宅配の男のところに、不具合が起こるまで現場研修』って言ってたらしいですね」
膝枕じゃあるまいし!女はメガネを押し上げながら苦笑いをした。
占い師は、玄関マットを引き入れながら記憶の糸を辿った。確かに「付き合ってもいない人との結婚を考えている」というような相談を受けた覚えがある。
そうか。あの時の「リケジョ」だ。
「あの後すぐ、電話で彼にプロポーズしたのですが、断られてしまいまして。その場で異動を決めました。まぁ、今となれば、そのおかげでこうして背負子(しょいこ)開発に関わることができたわけですけど」
ノートパソコンに向かって話す女の背中から、30代の女の強さと弱さが交互に浮き上がる。
「でも、高学歴で高収入で。相手にとってメリットでしかない私が断られるだなんて、どうしても納得できなくて。私、彼を尾行したんです」
感情の起伏を感じられない話し方から、女にとっては「終わっている話」なのだろう。占い師も手を止めずに、話の邪魔をしないように閉店作業を続ける。
「そして…私、見ちゃったんです。あの人が時々自転車をとめて、あるアパートの部屋を思い詰めた顔で眺めているのを」
ええ、ええ。あれは紛れもなく恋をしている顔でした。
女は小さくため息をついた。
「調べてみたら、そこに住んでいるのは男性だったんです。あの人にそういう趣味があったとは……まぁ、それなら断られても仕方がないですよね。私、女ですから」
しかも、なんだかパッとしない男で……まぁ、仕方がないですよね。
女は、遠い目で東側の方をボンヤリと眺めながら『まぁ、仕方がないですよね』と、もう一度小さく呟いた。
『幸せになれよ。幸せにならなかったら、ゆるさないからな』
占い師の脳裏に、段ボール箱を大事そうに抱えている宅配の男の姿が浮かび、思わず「あっ」と声が出た。
女が不思議そうに振り向いたが、占い師は「雨、降り出したかもしれませんよ」と、何食わぬ顔でお茶を濁した。
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