雪のステージ
「いやぁ、マジで裕也先輩、腕相撲強いっすよ。学生の時から変わんねー!」
「当たり前だ!俺に勝とうだなんて、10年早いわ!」
高速バスの停留所前。
マリは、仔犬のように戯れあっている二人の横で、バスの窓に映る駅ビルのライトをぼんやり眺めていた。
この二人は学生時、マリと同じサークルだった仲間。
今日はサークル仲間の結婚式で、久しぶりに遠距離恋愛をしている裕也が来ていた。
目の前で悪ふざけしている小さい方の「先輩」がマリの彼、裕也。背の高い方が後輩のジュン。いつもマリに対してはタメ口で生意気なヤツ。
「ちょっと!人が見てるでしょ?騒ぐのもいい加減にしなさいね」
幸せそうな新婦のウエディングドレス姿。
グリーンと赤を基調とした色味で彩られた、キラキラした街並み。
そんな幸せな風景を立て続けに見てしまったマリの心は、空と共に真っ黒な雲で覆い尽くされていた。
降るのは雨なのか、雪なのかの瀬戸際。
そんな不安定な天気模様。
「はいはーい。マリさんを怒らせるとこわいからなぁ。…おっと。あんまりお邪魔しちゃ悪いから、この辺で失礼しまーっす!」
「えっ?ちょっと待っ…」
マリの声を遮るように、ジュンは持っていた裕也の荷物をマリに押し付け、鼻歌を歌いながら駅の中に消えていった。
一気に雲行きが怪しくなる。
逢えるのは嬉しい。もっと逢いたい。
でも、別れの時間が近づくと、最後には、必ずと言っていいほど重たい話題になっていて。
どうしようもない事。
それがわかっているから、最近はその話題さえ誤魔化してしまうようになった。
「今度こっちに来れるのはいつ?」
「そうだな。実家のことを片付けないといけないから、桜が咲く頃になるかな」
バスに乗り込む人の荷物がマリの肩にぶつかる。マリはよろけながらとっさに手袋を口元に当てて、一番言いたかった言葉を飲み込んだ。
「そうなんだ…うん。わかった」
無理に作った笑顔で手を振り、バスを見送る。その後、人混みを避けながら、やっとの思いで柱の陰にもたれかかった。
とにかく、できるだけ早くひとりになりたかった。
過ぎ去ったバスの向こう側。
緞帳が上がった舞台のように、一瞬にしてキラキラした世界が目の前に広がる。
でも、マリはそれを遠くの観客席から見ていた。耳に入ってくるクリスマスソングもどこか他人事。
「クリスマスも、年末年始も、バレンタインデーも。全部、全部、ぜーんぶ!ひとりじゃない!私たち、このままなの?この先、どうなっちゃうの?」
こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった!
柱に向かって堪えていた想いをぶちまける。
その時。
帰ったはずのジュンが、柱の向こう側からヒョイと顔を出してきた。
「なーんだ。まだここにいたんだ」
食べかけの肉まんを手にした、ジュンの屈託の無い笑顔を見た瞬間。マリの目から涙が一気に溢れてきた。
『大変。こんな姿見られたら、ジュンのことだから、また、馬鹿にするに決まってる』
マリは慌てて横を向いて俯いた。
ジュンは一瞬うろたえると、慌てて残りの肉まんを口に放り込み、胸をドンドン叩きながら飲み込んだ。
「…泣かないでよく我慢したな。えらかったな」
マリの頭の上からそんな優しい言葉が降ってきて。そして、次の瞬間。大きい手が、マリの頭をポンポンと叩いた。
ビックリしたマリは、思わず顔を上げてジュンの方を見た。
「あははっ。顔、真っ赤じゃん。かーわいいー」
涙で澱んでいる視界に、ジュンの笑顔が映る。
目の隅から、暖かく流れ落ちるものを感じた。
「こ、これは、寒さのせいよ!」
マリは慌てて手袋で涙を拭うと、素知らぬ顔で濡れた手袋をポケットに押し込む。
「あ、そか。顔が赤いのはいつものことか!怒っている時もそうだもんな!」
「だーかーら。寒いからだって言ってるでしょ!もぉ!だいたい、いつも上からで生意気なのよ!」
二人の間を、白いものがチラチラ通り過ぎる。そういえばいつの間にか、吐く息も前より白くなっていた。
「雪か!通りで寒いはずだー。…あ!ほらほら、マリ!見ろよ、あれ!すげぇ!」
ジュンが指差した先には、クリスマスイルミネーションがキラキラ輝いている。
そしてそこに。
雨ではなく、雪。
雪が降って来たのだ。
雪の白さがステージとマリの間を徐々に埋めていく。
「わーっ!ホントきれー!雪もきれー!……でも、寒いね!」
マリは、手袋の無い手を温める為に、両手を口元にあてて「はぁーっ」っと息を吹きかけた。
一瞬の間があり、二人の間を白いものが舞い降りてきて。
ジュンは突然手袋を外すと、マリの右手を握り、自分のポケットにグイッと押し込んだ。
「手……冷たいな」
「え、え?……うん」
「俺ならこんなに冷たくしとかないよ。ずっとこうやって温めてやるよ」
「……ジュン?」
見つめ合う二人にスポットライトがあたる。
そこは、クリスマスイルミネーションと舞い落ちる雪の結晶が一体化した、キラキラしたステージの真ん中になっていた。
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こちらは、clubhouse『耳ビシ+』での企画「恋かな〜クラハで恋を叶えまshow」で公開された『こまりさんの胸キュン物語〜後輩のポッケ』の原案を元に仕上げたショートショートです。
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