【特別対談】東川篤哉×尾崎世界観 「それでもプロ野球が好きすぎて コロナ禍で変わった野球観戦」
時代と共に様変わりする プロ野球の観戦方法
――尾崎さんは熱心なスワローズファンとして知られています。生観戦される機会も多いそうですね。
尾崎 そうですね。平均すると年に15試合ほどは生観戦していると思います。今年も現時点(2021年6月下旬)でもう5度行きました。
東川 それはすごい。すべて神宮球場ですか?
尾崎 はい。
東川 私はカープファンなので、さすがに広島のマツダスタジアムまではそうそう行けず、もっぱらケーブルテレビで観戦しています。といっても、たいていあまり試合を直視していないですけどね。
尾崎 それはどうしてですか?
東川 負け試合ってとても見ていられないじゃないですか(笑)。ストレス溜まりますし。先にプロ野球ニュースなどでカープが勝ったことを知っていれば、安心してじっくり見られるんですけど。
尾崎 たしかに、気持ちはわかります(笑)。僕も球場へ足を運べないときはDAZNで観戦しているんですけど、マツダスタジアムの試合だけは見られないので、その場合はラジオでチェックしています。
――昔は地上波で見るのが当たり前でしたが、やはり時代とともに観戦方法も変わりつつありますね。
尾崎 地上波で見られなくなったのは寂しさもありますけど、手段を選べば、たいていの試合が見られるようになったのは、逆にメリットだと思いますよ。
東川 それは確かにそうですね。
尾崎 おかげで、本当に野球が好きな人とそうでもない人の差がはっきりして、こういう熱心なファン同士で対談させていただく機会が増えました。
東川 私は最近、なんだか変な見方をしていて、仕事をしながら3回くらいまで見て、そこでいったんテレビを消すんです。で、試合の終盤に「どうなったかな?」とまたテレビをつけて、結果を確認するという。
尾崎 4回以降の展開が気になったりはしないんですか?
東川 だって、どうせ負けてるだろうし……。
尾崎 (笑)。
東川 その点、試合開始の時点では絶対に0対0なわけですし、3回くらいまでならまださほど大差はつかないので安心です(笑)。
尾崎 僕は逆なんです。リードしているときのほうが気分的にイヤで。
東川 ああ、徐々に追いつかれたり、逆転されたりするところを見たくないんですよね。それもすごくわかります。
尾崎 その意味では1点差で負けてるくらいの状態が、精神衛生的には好ましいです。
東川 ああ、わかるなあ。もっとも、球場で見ている分には、負け試合でも楽しめるんですけどね。目の前でプロのプレイが見られるというだけで、一定の満足感がある。
尾崎 でも、現地観戦で負けると、帰り道の足取りが重くなりますよ(笑)。なんでお金払って負けるところを見なきゃいけないんだよ、って。
東川 なるほど。言われてみればそうかもしれないですね。
カープの赤はテンションを上げる!?
――そうした心境をお聞きしていると、お2人ともマニアとして不思議な境地に達していますよね。
尾崎 生観戦の場合は、トイレに行くタイミングが難しいんですよ。トイレ中に相手側のレフトスタンドから歓声が聞こえてきたりすると、もう気が気じゃないですから。
東川 確かに、怖いのは攻撃よりも守備ですよね。だから私はカープが守備にまわるとチャンネルを変えたりしています。で、そろそろいいかなと思ってチャンネルを戻すと、状況が一変して大ピンチに陥っていたりする(笑)
尾崎 本当は現地よりテレビのほうが、試合自体は細かいところまでよく見えるんですけどね。
東川 実際問題として、それはそうですよね。
尾崎 それでも、展開によって客席が沸いたりするライブ感がやっぱり楽しいんですよね。だから球場にいるとき、僕はけっこうスタンド席を眺めていたりします。
――生で見る球場の芝生は美しいですよね。
尾崎 そうですね。入場してスタンド席に上がっていくとき、コンコースから芝生が見えた瞬間、テンションが一気に上がります。マツダスタジアムにもぜひ一度行ってみたいんですよ。新幹線から見えるので、いつも気になってます。
東川 当然ですが、球場からも新幹線が見えるんです。それがまた、味があっていいんです、あそこは。
――カープは近年、急速に人気が上がった印象がありますが、要因は何でしょう。
東川 何ででしょうね? ひとつ言えるのは、カープにかぎらずプロ野球全体として、ファンの観戦の仕方が変わってきたように思います。ユニフォームを着てグッズを持って、みんなで盛り上がりながら観戦する人たちが明らかに増えました。
尾崎 あと、女性ファンも増えましたよね。
東川 そうですね。昔のようにおじさんたちがお酒を飲みながら観戦するのが中心ではなくなった印象があります。カープの赤いユニフォームは、そういうイベント的な楽しみ方をするのにいいのかも。
尾崎 とくにあのビジター用の真っ赤なデザインは、気分が盛り上がるでしょうね。
東川 あんなに赤い服、普段着ではなかなか着る機会がないでしょうから、非日常的な気分が味わえるんですかね。
尾崎 スワローズは長らくそういうカラーが定まらずにいました。だから、ちょっとうらやましいです。
東川 たしかにスワローズは最近ずっと、模索していた感じがしますよね。最近は緑に定着しつつあるようですが、あのユニフォームはファン的にはどうなんですか?
尾崎 色が定まっていないのもスワローズらしくて好きだったんですけど、緑も良いですね。
コロナ禍で生まれた新しい選択肢
――さて、世はまだまだコロナ禍の真っ只中にあります(対談時/2021年6月現在)。プロ野球を取り巻く事情も、以前と比べて大きく変わりました。率直にお2人の今の思いを聞かせてください。
東川 中継を見ていて、単純に「これで球団経営が成り立つのかな?」と疑問に感じています。なかなかお客さんをフルに入れられない状況が続いていますが、それでも選手の年俸が下がるわけではないので、どうしても台所事情が気になってしまいますよね。とくにカープは親会社というのが存在しないので、なおさら心配しています。
尾崎 確かに、僕も去年は1回しか球場へ足を運べませんでした。でも、悪いことばかりでもないと思うんですよ。観客数を5000人に抑えていると、客席が空いていて快適に過ごせます。逆に、これまでいかに密な状態で観戦していたかということをあらためて痛感しています。
東川 今は球場へ行っても、歓声をあげてはいけないんでしたっけ?
尾崎 そうですね。まあでも、ついちょっとだけ出ちゃいますね(笑)。
東川 ああ、やっぱり。テレビで見ていても、誰かが打つと歓声が聞こえるからおかしいなと思っていたんですよ(笑)。
尾崎 あれはもう不可抗力ですね。
――ライブ会場でも、客席で声を出すことは禁じられていますよね。
尾崎 不思議なもので、ライブのほうは、比較的ルールを守って声を出さずにいてくれていますね。
東川 へえ、そういうものですか。
尾崎 スポーツの試合と違って、突発的に予想外の展開が起きるようなことが少ないからかもしれません。
東川 客席が静かだとやりにくかったりはしないんですか?
尾崎 それはあまりないです。どちらかというと、そんな状況でも会場に来てくれる人がたくさんいることが嬉しくて、かえってテンションが上がりますね。
東川 なるほど。その点、私の場合はコロナ前と比べても、あまり影響は感じていないんですよ。もともと一人でやる仕事ですし、必要であれば編集者の方とも会うことができています。地方在住の作家さんは大変でしょうけどね。
尾崎 読者の方も、かえってステイホームで読書がはかどりそうですね。
東川 そうだと嬉しいですけどね(笑)。
尾崎 僕自身、コロナで音楽活動がまったくできなくなったとき、小説というもうひとつの活動に助けられたところは大きいです。
東川 強いて影響を挙げると、パーティーの類いがなくなったため、新しい編集者と出会う機会は失われているのかもしれません。私はまだいいですが、これからいろんな出版社との付き合いを増やしていきたい新人作家の方は、苦労されているかもしれませんね。
――一方ではワクチン接種も進み、少しずつアフターコロナへの希望も見えつつあります。
尾崎 ただ、また状況が変わるかもしれないので、仕事でも私生活でもそのときに必要な対応というのも日々変わってきそうですよね。言ってみれば、打席に立つバッターと同じかもしれません。ちゃんと状況と球筋を見てバットを振らないといけない。
東川 うまいこと野球につなげますね(笑)。でも確かに、コロナを機に浸透したオンラインは、アフターコロナもきっと続いていくでしょうから、それぞれ好きなスタイルを選べるようになったのは進歩かもしれませんよね。
尾崎 同感です。すべてにおいてコロナ前に戻すことが、必ずしもいいことではないと思います。リモートワークで仕事が効率化されたのもそうですが、元通りにしたらかえって「これはおかしいだろ」と批判されるようなこともありそうですよね。この騒ぎで選択肢が増えたこと自体はプラスに受け止めていいのではないでしょうか。
――そうして状況を少しポジティブに捉えることも大切ですよね。お二方の今後の変わらぬご活躍に、大いに期待したいと思います。(初出:『THE FORWARD Vol.1』2021年11月17日 実業之日本社)
(文/友清哲 写真/小嶋淑子 ヘアメイク/谷本慧)
【プロフィール】
東川篤哉(ひがしがわ・とくや)
1968年広島県生まれ。岡山大学法学部卒。2002年、カッパ・ノベルス新人発掘プロジェクトにて『密室の鍵貸します』でデビュー。11年、『謎解きはディナーのあとで』で本屋大賞受賞。著書に、『放課後はミステリーとともに』『探偵部への挑戦状 放課後はミステリーとともに』『君に読ませたいミステリがあるんだ』など多数。
尾崎世界観(おざき・せかいかん)
1984年東京都生まれ。2001年結成のロックバンド「クリープハイプ」のヴォーカル・ギター。12年、アルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でメジャーデビュー。21年12月には約3年3ヵ月ぶりとなるニューアルバム『夜にしがみついて、朝で溶かして』をリリース予定。16年、初小説『祐介』を刊行。現在単行本が発売中の小説『母影』が、第164回芥川賞候補となる。
【こちらも注目!】☟では『野球が好きすぎて』について、より深くお話をお伺いしています。ぜひ、併せてご覧ください。