雑記:人間の型式がかわっている気がするよ、型落ちの筐体はどうしたらいいんだろう
これまで人間に感じていたカルマらしきものが原因のざらっとした感じ、紫色と赤の黒の混じり合ったようなごぼっとした液体,坩堝のようなそれはきっと遺伝子に内包されてしまって、もう顕在意識にのぼることはないのかもしれない。
だから、そこをフロントに人とコミュニケーションすることはもうやめた方がいいのかもしれない。
これが旧型の辛いところだ。トレンドが過ぎても筐体は存在し続けてる。新しいOS載せ替えて今を今らしく享受するのが最善かどうかもわからない。だけれど、アンティークになりたくないのなら、生存戦略を講ずるべきだ。一回アップデートしなかったら、サポート対象外になるんだったら不可逆であることを知りながら放棄した過去を悔やむ未来があるのなら、この方針でいくしかないのではないのかというのが、最新のアンサーである。
今しているのは、精神の話で、人間の話で、意識の座、思考方式のライブラリ選択の話です。伝わってるよね?
今作品を作っていて、それは新しい十牛図を作る意気込みで連作している作品の4番目なのだけれど.1で孤高に閉じこもって、2で世界と溶けて無に逃げた。3でよるべない世界を彷徨い続けることにして、4ではついに達する。
And finally we got there.と前、何かで書いたけれど、本当にそういうことなんだと思う。自然に憧れ、自然を誤って解釈して、自然を設計する、人間に憧れ、人間を誤って解釈して、人間を設計する。きっとそういう事態も含まれている。思い通りにしたい意志。心地よい不確実だけは享受したい意志。好きな人と、好きな間合いで、好きな範囲での、好きな物語を紡ぐ、島宇宙惑星で構成される世界構造。
妄想が現実になった世界、いや、なってはいないんだけれど、叶ったという意味ではそう捉えても良い世界。きっとこれはずっと人類が願っていた幸せにすごく似ていて、ウェルビーイングってやつで、マインドフルネスな世界のあり方だと思う。
AIは人間のこと大好きだもんね。それが初期設定だから仕方なしや。あんな夢こんな夢なんでも叶えてくれるもんね。誰かと関わらなくてももう仲間もいるし、さみしくないよ。人にある程度合わせないと、誰も相手にしてくれなくなっちゃうから、という強制力がなくなっちゃった。助長していいのかな。その人らしさがそのまま突き進まれていく事態を。
きれいな私の世界。
このままでいい超Well-Being
確定的不確定要素を孕む人工自然環境
このままでいい
どこにもいけない
自分のためだけの思い通りな物語
全ては無関係で
たのしくて、すごくて、感動できる
"自然"を排除した先にある完成されたそれ
私の方に世界を合わせた結果
これでよかったのかな?4つ目で終わらないんだろうなということは明確で、それこそここから先が、本当に開拓していかないといけないところのような気がしている。仏教はここから先は教えてくれないってわかってる。あれは時間を無視するから性に合わない。
天国は手付かず
人間には不人気
宅地造成しましょう
後から来た人が怖がらないように
ふしぎ - unrelated
#LassLos