OH!へんろ。親子の88か所巡り:高野山 奥の院(和歌山県①)
わたしが、子どもたちと決めた今回のお遍路ルールは一つだけ。納経所で御朱印をいただくのは子どもたちの役割ということ。ちゃんと挨拶をして、御朱印をお願いし、最後はしっかり御礼をする、です。
今日の煩悩:
さて、四国八十八ヶ所を巡り終えると、お礼参りとして高野山・奥の院へ参拝する習わしがあるようです。
高野山といえば、和歌山県。徳島港から和歌山港へ南海フェリーを利用して自動車で渡ることにしました。
高野山の玄関口大門から聖地・壇上伽藍、高野山真言宗の総本山「金剛峯寺」を参り、そして、弘法大師御入定の聖地・奥の院を参拝します。
2キロメートルにも及ぶ、一の橋から弘法大師御陵までの参道には、数えられないほど(20万基ほどとされています)の墓や供養塔があります。
中には武田信玄、織田信長、明智光秀、豊臣家といった戦国武将の名が刻まれた墓石や供養塔が所狭しと並んでいます。あれ?お墓はここにあったんだっけ?というお方のものもございます。聞くところでは、ほとんどの墓には納骨されておらずに、魂のみが供養されているのだそうです。
弘法大師御廟は奥の院の一番奥にあり、三方を山に囲まれた静寂の地にあります。弘法大師空海は56億7000万年後に弥勒菩薩と共に蘇るとされています。その瞬間に立ち会い、弘法大師の説法を聞けるように高野山奥の院にはたくさんの墓が集まってくるのだそうですよ。
弘法大師は弥勒菩薩と兜率天というところで瞑想中とのことで、蘇った後にどのように人々を救おうかと考えめぐらしておられるそうです。
私はせっかく薬師如来様のもとにいますので、煩悩とともに、薬師の湯に浸かりたいと思うのであります。
御詠歌:
ありがたや 高野の山の岩かげに 大師はいまだ おわしますなる
本尊:
薬師如来
創建:
弘仁7年(816年)
真言:
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
(oṃ huru huru caṇḍāli mātaṅgi svāhā)
おん=仏さまに帰依します
ころころ=すぐに
せんだり(女神の名前)=(病気を)取り払ってください
まとうぎ(女神の名前)=(病気を)取り払ってください
そわか=成就しますように
歴史:
高野山は弘法大師により約1200年前に開かれた真言密教の根本道場です。山々に囲まれた標高約900mの盆地に、堂宇や塔が立ち並ぶ壇上伽藍と称する聖地があり、多くの参拝者を迎えています。西暦835年3月21日、高野山・奥の院に入定(即身成仏)された弘法大師はそこにおわすとさせています。今でも高野山の僧侶が毎日朝晩の食事を献膳し、衣替えも行われています。ブラタモリで見ました(笑)
所在地:
和歌山県伊都郡高野町高野山550
駐車場:
あり(無料)
精進料理:
精進料理をいただきたく思いましたが、いろいろ予約が必要です。お寺の中でゴマ豆腐づくりの様子は見ることができました。
ごま豆腐は外のお土産屋さんで購入するとして、その前にお茶とお饅頭をいただき、疲れを癒したいと思います。