現代を「鬼滅の刃」で読む(伍):家族ごっこ
旧陸軍には員数主義(いんずう)というものがあった。「員数」とは各隊に配備された物品の帳簿上の数のことをいう。この場合、実質は関係ない、かたちだけ整っていればよいという「体裁主義」(形が整っていないと恥ずかしい、不利益を被る等)ともいえる。山本七平(イザヤベンダサン)が日本軍の敗因として紹介していた。
さて、鬼滅の刃において「蜘蛛の鬼」は「家族」を持つことに拘った。自分を中心とした「家族」である。もちろん、家族としてメンバーに配置されたのは本当の家族ではなく、それぞれに自分を中心とした「家族」の役割を与えられた者でした。
蜘蛛の鬼は自分たちは単なる仲間ではなく、それ以上の強い絆で結ばれている家族であると主張します。
蜘蛛の鬼:「仲間?そんな薄っぺらなものと同じにするな。僕たちは家族だ。強い絆で結ばれているんだ。」
これに対して炭治郎は、強い絆で結ばれるときの「信頼の匂い」が感じられないと言います。
炭治郎:「強い絆で結ばれている者は信頼の匂いがする。だけどお前たちからは恐怖と憎しみと嫌悪の匂いしかしない。」
その後、蜘蛛の鬼は、姉役の鬼が自分が期待するような役割をこなせないと、それをちくちく責めるのです。
蜘蛛の鬼:「父には父の役割があり、母には母の役割がある。親は子を守り、兄や姉は下の弟妹を守る。何があっても。命を懸けて。僕はね、自分の役割を理解していない奴は生きている必要がないと思ってる。お前はどうだ?お前の役割は何だ?」
蜘蛛の鬼:「結局お前たちは自分の役割もこなせなかった。いつも・・・どんな時も。」
蜘蛛の鬼(姉):「ま、待って。ちゃんと私は姉さんだったでしょ?挽回させてよ。」
そこで、蜘蛛の鬼は、炭治郎を命がけで守る鬼(炭治郎の妹である禰豆子)を知ります。
蜘蛛の鬼:「君の妹には僕の妹になってもらう。今日から。」
炭治郎は理解できません。禰豆子は僕の妹だ。君の妹ではないと。
蜘蛛の鬼:「大丈夫だよ。心配いらない。”絆”を繋ぐから。僕の方が強いんだ。恐怖の”絆”だよ。逆らうとどうなるかちゃんと教える。」
炭治郎は悲し気に言葉を返します。
炭治郎:「恐怖でがんじがらめに縛り付けることを家族の絆とは言わない。その根本的な心得違いを正さなければ、お前の欲しいものは手に入らないぞ!!」
今まで卒なく「家族」としての娘役を演じた鬼も、役割をしくじってしまいます。この関係を「家族ごっこ」と知りながら、依存の生活の中でどうすることもできません。
蜘蛛の鬼(娘):「しくじった、しくじった。私だけは今までしくじったことがなかったのに。この家族ごっこを。」
蜘蛛の鬼(娘):「家族はみんな寄せ集めだ。血の繋がりなんかない。鬼狩りが怖くて仲間が欲しかった。能力は全部累のもの。私たちは弱い鬼だったから累の能力を分けてもらった。」
蜘蛛の鬼(娘):「累の意味不明な家族ごっこの要求や命令に従わない者は切り刻まれたり知能を奪われたり吊るされて日光に当てられる。私は自分さえよければいい。アイツらは馬鹿だけど、私は違う。それなのにしくじった。」
蜘蛛の鬼は鬼殺隊との戦いに敗れ、走馬灯のように人間時代を思い出します。そして、欲しがっていた「家族の絆」を自分自身が切ってしまったことに気づきます。
蜘蛛の鬼:「毎日毎日父と母が恋しくてたまらなかった。偽りの家族を作っても虚しさが止まない。自分が何をしたいのかわからなくなってくる。どうやってももう手に入らない絆を求めて必死で手を伸ばしてみようが届きもしないのに。」
蜘蛛の鬼:「本物の絆を、俺はあの夜自分自身の手で切ってしまった。」
蜘蛛の鬼:「思い出した、はっきりと。僕は謝りたかった。ごめんなさい。全部僕が悪かったんだ。どうか許してほしい。」
炭治郎は、鬼と呼ばれる存在のなかに、その行動の中に、どうしようもない悲しさを感じてしまうのでした。
炭治郎:「鬼は人間だったんだから、俺と同じ人間だったんだから。醜い化け物なんかじゃない。鬼は虚しい生き物だ。悲しい生き物だ。」
(コミック第5巻)