魔鏡と持ち主
「鏡よ鏡」
「はい、何でしょうか、お后様? 」
「この世で一番美しいのは誰? 」
「ええと、それよりですね、お后様。米大統領選後に値上がり確実な株があるんですが」
「私は既に十分な財産を持っている。いまさら利殖をしようとは思わぬ。それより、誰が美しい? 」
「あのぉ、そろそろ寒くなってまいりましたが、鍋の美味しい店、一〇選なんていかがでしょう? 」
「美味い料理なら料理長に言えば済むだけの話、それより世界で一番美しいのは? 」
「ええと、国立美術館でダリ展をやってますが…… 」
「抽象絵画は趣味ではない。そなた、どうしても私の質問には答えたくないというのか? 」
「そのようなこと、滅相もない」
「それとも、そなた程度の魔鏡では、こういう世界を相手にした質問は荷が勝ちすぎたか」
「失礼な、手前もそれなりに名の通った魔鏡、世界で一番美しいのは誰かなど、容易い質問で」
「ならば、答えてみよ」
「いえ、それが、そう簡単な話ではございません。時期が悪すぎます」
「時期が悪いとは、どういうことだ? 」
「そうですな。まず手前はお后様の所有物ですよね」
「その通りだ。それがいかがした? 」
「そこが問題なんです。いま仮に、仮にですよ、手前がお后様が世界で一番美しいと答えたとしましょう。何が起こると思います」
「私は嬉しく思うぞ」
「ですよね、そこなんですよ。お后様の所有物が、お后様が世界一美しいという行為はですね、利益相反行為と受け取られかねない。少なくとも公平性、客観性を欠いていると言われても仕方がない」
「しかし、事実ならば、何を恥じるところがあろうか」
「ですから、事実か否かは、問題ではなく、手前とお后様の関係性が問題となるわけです。つまり所有者に対して都合の良い情報を提示したわけですから。場合によっては、お后様が手前に圧力をかけたと、あらぬ噂が立たぬとも限りませぬ」
「誰が美しいかくらいのことで、それはいささか神経質ではないか? 」
「それはお后様のように、貴族のご令嬢から御正室様になられたような育ちの良い方々の発想です。世間なんてそんな寛容なものじゃございませんとも」
「それは少し悲観的すぎぬか」
「とんでもございません。お后様。説明いたしますと、我々のような魔鏡は、業界的にはキュレーションメディアに分類されるんです。
それですね、いまはそのキュレーションメディアに対する逆風がすごく強い時期なんですよ。検索結果に色々と小細工した魔鏡がいい加減な返答をしてきたせいなんですけどね。ただ社会問題になっているのも事実なんです」
「そうなのか」
「ですから、キュレーションメディアとしての手前が、お后様は世界一みたいことを検索結果として報告するとですね、それ自体が業界的にアウトなんですよ。
もう世界中の魔鏡に回状がまわりますね。先般、一部の魔鏡の検索結果について、所有者と魔鏡の関係性に鑑み、その信頼性が疑われるとの一部報道がございましたが、協会としては事実関係を確認し、このような問題が二度と起きないように云々ってな具合ですよ」
「そなたたち魔鏡も大変だな」
「ご理解いただけましたか」
「状況は理解した、それでこの世で一番美しいのは誰? 」
「人の話、聞いてないのかよ! 」
「そなた誰の所有物じゃ? キュレーションメディアとて客商売、客に嫌われてはプロとは言えまい。で、返事は」
「世界一番美しい美貌の持ち主はお后様です、ただ」
「ただ? 」
「心が美しいのは白雪姫です。義理とは言え、あなたの娘にしては上出来だ」
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