【随想】太宰治『おさん』
人の悩みなど、その殆どはつまらないものだ、少なくとも聞かされる側にとっては。相手と同じ立場の自分自身、という架空の人間に同情する行為を共感だと勘違いしている。それは無意識に行われる。生命とは傲慢で自己中心的なものであるし、実際そうでなければならない。誰だって自分を最優先するということ、お互いにそれを理解していればこそ、他人を牽制する心が生まれ安全距離が保たれる。自分さえ生き残れればそれでいい、誰が何と言おうと生物とはそういうものだ。それは友情だの愛情だのとは全く別次元の話だ。見返りを求めない犠牲などない。どんなに誰かに尽くそうと思っても、結局は自分に尽くすことしかできない。これは言い訳やヤケクソや諦めではない、だから悲しいことでも虚しいことでもない。
人間は誰もが誰をも殺し得る。一番弱い人間が一番強い人間を殺すことができる、それも割と容易に。相互不殺の契約、それが社会の正体だ。勿論、その縮図である家族も。己が生きるためには他人を生かさねばならない。それ故、人は他者のために生きることに意義と満足を見出すことができる。
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