見出し画像

レゲエパンチが見つからない。

「レゲエパンチがないんだけど。」


関東に引っ越してきてすぐの頃、居酒屋のメニューをじっと眺めながらつぶやいたら、隣にいた友人が「え?」という顔をした。


「レゲエパンチだよ、レゲエパンチ。」


「なにそれ?」


「ジャスミンティーとピーチリキュールのカクテル。地元では普通にどこにでもあるんだけど。」


「いや、聞いたことない。」


「まじで?全国区だと思ってた。」


「……なんか、名前のわりに可愛くない?」


たしかに。レゲエパンチって、響きだけ聞くと、ドレッドヘアの男がボブ・マーリーを流しながら、パワフルなフルーツ系カクテルをシェイカーでガシャガシャ振っているイメージがある。でも実際は、ジャスミンティーの香りがふわっと広がる、優しい味わいのカクテルだ。


「レゲエだし、ジャマイカ発祥かと思ってた。」


「違うの?」


「仙台発祥らしい。」


「……お前、東北人だったの?」


「そうだよ。」


「それ先に言えよ。」


***


東北を離れると、突然、今まで普通にあったものがなくなることがある。


牛タン定食の“テールスープ”がついていなかったり、コンビニのおにぎりに“味噌おにぎり”がなかったり。冷やし中華のことを「冷やしラーメン」と呼ばれると、ちょっとだけもやっとする。


でも、レゲエパンチがないのは、地味にショックだった。


だって、居酒屋の定番メニューだったのに。


オレンジジュースとカシスで作る「カシオレ」、グレープフルーツとウォッカの「スクリュードライバー」、コーラとカシスの「カシスコーク」と並んで、「レゲパン」と略されるくらい当たり前にあったのに。


ずんだシェイクが飲みたくなることもある。白河ラーメンのあの澄んだ醤油スープが恋しいときもある。郡山ブラックのパンチのある味が、深夜にふと脳裏をよぎることもある。


でも、それより何より、レゲエパンチが飲みたい。


あの、何の主張もないのに、じんわりと染みわたる甘さが恋しい。


***


帰省したとき、東北の居酒屋で「レゲエパンチください」と言ったら、当然のように出てきた。


「あぁ、これこれ。」


氷の浮かんだグラスを傾けると、ほんのり甘いピーチとジャスミンの香りが広がる。強い酒じゃない。ガツンと来る味でもない。でも、これを飲むと「あぁ、帰ってきたな」と思う。


「レゲパンって、やっぱ仙台近辺だけなんですかね?」と、店員さんに聞いてみた。


「そうみたいですね。関東だとあんまり置いてないって、よく言われます。」


「もったいないなぁ。」


「みなさん、たまに“レゲエパンチって全国区じゃないの!?”って驚くんですよ。」


「……俺もそれでした。」


***


東京に戻ってからも、やっぱりレゲエパンチは見つからない。


でも、別にいい。


帰省したら飲めるし、ジャスミンティーとピーチリキュールさえあれば自分でも作れる。


妻にも「レゲエパンチって知ってる?」と聞いてみた


「え、何パンチ?」

「仙台では定番のカクテル。」


「なんでレゲエなの?」


「知らん。仙台のバーテンダーがノリでつけたらしい。」


「……東北人って、そういう適当なネーミング好きだよね。」


「ほっとけ。」


「飲んでみたいな。」


「じゃあ、今度、仙台に行こうか。」


「……いいね。」


東京の居酒屋にはないけれど、俺の中ではちゃんとある。


レゲエパンチは、東北人のちょっとした故郷の味なのかもしれない。


それではお聴きください
WILL FLYで

Reggae Punch? No, Mon!


いいなと思ったら応援しよう!