【連載小説】オトメシ! 4.即席麺ライジング
こちらの小説はエブリスタでも連載しています。
エブリスタでは2024.1.9完結。noteより更新が早いです。
♢ ♢ ♢
――2020年10月5日
お母さんは今日も部屋から出てこなかった。
まるで私のほうが母親で不登校の娘に気を使って部屋の前にそっと食事を置く母親のようだ。
ああ、なんで私がこんなことをしなければならないのだろう。
♢ ♢ ♢
「部長! 社長帰ったしカップ麺パーティといきましょう」
サガラ商事の事務所。残業で残る俺と姫原他数名。
会社では自由に食べていいカップ麺が備蓄されている。残業すればカップ麺を無料で食べれるからとわざと残業している感のある姫原に上司としてけん制してやる必要がある。
「いや、お前カップ麺食う暇あるならさっさと仕事終わらせて帰れ!」
「今日までに取引先に要求されたデータ送らないとなんですよ!」
「昨今の働き方改革やらなんやらで、社長もうるさいんでな。ほどほどに終わらせてくれ。残業代がかさむと俺が困る。手伝ってやるからそのデータ見してみろ」
「そんなことより先に腹ごしらえしましょーよ部長!」
まあ……たしかに腹減ったな……。
「お前はそのデータ、作りかけでもいいから資料を印刷して俺のデスクに置いといてくれ。カップ麺は俺が作ってやるから」
「さっすが部長! 私はいつもの幸せマークのついたラーメンでよろしく」
ったく。なんで俺が姫原の食事の世話までしなくてはならないのか。
カップ麺食う前には資料だけでも出しとけよと強めに言い残し、会社の給湯室にて姫原御用達の真っ赤なパッケージの幸せマークではなく辛マークが記載されているカップラーメンを取り出し、俺は焼きそばのカップ麺に手を伸ばす。
焼きそばのカップ麺の蓋を開けてかやくと、青のりやごまの入ったふりかけ、液体ソース、からしマヨネーズを取り出す。
湯を入れる前にかやくを入れるのだが、ここで麺の下にかやくを潜らせて湯を注ぐと湯ぎりの時に内蓋にかやくがひっつくことなく湯切りできるという裏技があるが、俺はアルデンテ気味に早く湯切りするのでそもそもかやくが内蓋にひっつく心配は少ないので、普通に麺の上にかやくをばらまく。
そしてポットに充填されているお湯を容器の内部にある湯の目安線までお湯を入れる。
目安時間の三分を待たずお湯を入れてから一分一〇秒。湯切りを始める。
そして、湯が完全に切れる直前、少し容器内に湯が残る程度に湯切りし焼きそばの旨味をライジングする。
カップ焼きそばにおいては、完全に湯切りしてしまうと開封後にすぐ水分が蒸発してしまって麵全体がパサパサになってしまって美味しくない。だからカップ焼きそばというのは湯を少し残して湯切りするのが正解だ。
蓋を開け、熱が逃げる前に液体ソースを開封し、素早く麺にソースを絡ませる。
立ち上る湯気が少しずつ麺から水分を奪っていく。
素早くふりかけをまぶし、半面にからしマヨネーズをかける。
よし、完成。
姫原のラーメンにもお湯を入れて、辛党のデスクまで運んでやる。
資料をまだ提出してこない姫原に仰々しくプレッシャーをかけるようにドスッとデスク上、真っ赤な幸せラーメンを置き、一瞬ビクッと反応を示しつつパソコンに向ける視線を逸らさずままこの無言の圧に内心ビビっている姫原の姿を一抹の遊び心で楽しみつつ、俺は自分のデスクに戻ってカップ焼きそばを食らう。
割り箸をパキッと割って、まずはマヨネーズのかかった半面のゾーンを避け、ソースとふりかけが絡んだ部分に箸を入れて持ち上げる。
箸を小刻みに上下させて箸に絡みつく麺の量を調整し口に運ぶと、スパイスの効いたソースの香ばしさと、ふりかけに含まれている青のりの風味。そして固めにお湯から引き揚げたガシガシとした食感の麺を味わう。
この油でコーティングされたちぢれ麺はカップ焼きそばだけに許された特権。背徳感に己が身を滅ぼされそうなくらいの禁忌に触れているような感覚だ。
からしマヨネーズがかけられた麺の方へ箸を伸ばす。このからしマヨネーズを軽く麺に絡ませて食らう。
ツンとからしのアクセントと、マヨネーズの酸味と旨味が相まってもはやこれはいかん。神々をも冒涜しかねない肥満製造メシ。
こんな罪深い食品を作り出した人間はいつか神々の怒りを買い滅ぼされるかもしれない。それでも今はまだ許されたオアシス。
して姫原はまだ資料を持って来ないな……と、姫原のデスクの方を見るとラーメン食ってやがる……。え、
俺が「おい資料はまだか」と言うと、
「ハグ、ハグハグハグ」とわけわからん言語で口いっぱい麺を頬張りながら喋り、プリンターを箸で指さした。
つまり印刷はしたから部長が取って確認せよと。そういうことである。
相変わらず生意気だ。
プリンターから印刷された資料を手に取り自分のデスクに戻って確認していると、姫原がラーメンを食べ終えて俺の元に来た。
「部長、そういえばメイルとはいったい何があったんですか」
仕事中だというのにそんな話題唐突に投げかけてくるなよ。
「お前まさか高瀬川から何か聞いたか?」
「幾許かだけ、五十嵐部長とメイルの関係のせいでバンドは解散したと……。それ以上は本人に聞けって言われました!」
まったく高瀬川のやつは俺のナイーブなところをべらべらと喋りやがってからに。
「今は仕事中だ。俺より先に仕事が終わったら話してやろう」
「本当ですか? 部長! 私激速マッハで終わらせます」敬礼。ビシィッ!
俺は残業と言っても仕入先に納期の確認をしているだけで、その返答を待っているだけだからはっきり言って仕事という仕事は抱えていないから、姫原にもらった資料の修正点を指示して仕入れ先からの連絡を待っていた。
そのはずだったのだが……。
仕入れ先から電話があり、荷受け明細書を発行してもらえばただちに発送すると言われた。いやそんな書類がいるなんて聞いていないと反論するも、それがないと荷物の出荷が遅延する。今から一時間以内なら現地でも出荷可能だと返事をもらっているから至急作って送ってほしいと言われた。
そんなよくわからん書類も過去に自社から発行して送った実績があるからとのことで、社内の共有フォルダから該当のデータを探し出し見つける。そしてこの中身を急いで編集していると、
「部長終わりましたよー」
と忙しくキーボードを叩く俺の姿にまだ仕事を終えていないということを確信したであろう姫原がニヤニヤ勝ち誇った顔で俺の横でデーンと太陽の塔のようにそびえ立つ。
「早く教えてくださいよ。メイルとの出来事」
「うっせ、わかったからあっち行ってろ! 俺は今それどころじゃない!」
姫原を追い払ってなんとかタイムリミットまでに仕入先とのやりとりを終わらせ、先方に該当の書類を送り確認をお願いした。よしこれでおしまい、っと。
ひと仕事終え、気晴らしに喫煙室へ向かおうと立ち上がる。すると見計らったように姫原が俺の行く道を阻む。
「わかった。わかったから、とりあえず煙草吸ってからな」
と、急かす姫原を落ち着かせる。
「私も行きます」
「お前煙草吸わないだろ」
「こないだ課長に教えてもらったんです。『重要なことは会議室では決まらない。だいたい喫煙室で重要な論議は交わされるのだ』と」
「んなわけあるか。そんな名言風に言われても薄っぺらいからなそれ。ただ喫煙者が仕事中に煙草を吸いに行く口実にすぎんよ」
そう言っても結局喫煙所まで入室してきた姫原。
構わず俺は姫原の横で煙草に着火してひと吸い。
煙草の先からスーッと白い煙が伸びる煙を見て、過去にも俺の煙草に吸わないくせに付いてくるやつがいたなと記憶が蘇る。
「さあさあ早く教えてください部長!」
まあいい。他の同僚で知っているやつもいるし、放っておいてもいずれ姫原の耳には入るだろう。