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仕切り直し樗堂一茶両吟/藪越やの巻

     十一

 乳守の神の梅むすぶ月       一茶
五ツ六ツ袖の色貝つとにせば     樗堂

初ウ五句、衣の袖に色貝を包みむ、さてどんな遊びをしたものか。

     〇

五ツ六ツ ものを数える、その手障り。

袖の 衣の袖、その扱いによって受諾なのか拒否なのか、恋の成り行きが示されていたのです。

色貝 美しい色の小さな貝、しほみてばいそまになびく色貝のうきみしづみみこひわたるかな 基房の歌がありました。

つとにせば つとは苞。袖の色貝を一纏めにして包んだよっとね、、、、

     〇

 ちもりのかみの
 うめむすぶ
 つき

いつつ むつ そでの いろかゐ
            つとに
             せば

「梅むすぶ月」を「袖」で受ける、秀歌や秀句にも多くの類例が残されていました。

梅の花にほひをうつす袖の上に軒もる月の影ぞあらそふ  定家

梅か香のうす花月夜風もなし (芝草内発句、心玉集)  心敬

また連歌には、

 落るなみたにうかふ手枕      玄
むかし思ふ袖にかほれる梅の花    敬

寛正七年(1466)何人百韻、三ウ11句。

     〇

一茶が編んだ初めての俳誌「たびしうゐ」は、寛政七年(1795)卯のとしの秋の大阪逗中に発刊され、樗堂など伊予の俳人など関西一円の人々が句を寄せていました。そのなかに、

梅が香の里にあまりて月夜かな    福原ひとつ
梅が香によい夢見よとよき枕哉    和州 可翠

真先にさくや野鍛冶が軒の梅 和州サクラ井 吐雲
いふまゝに黒木買けり梅の花   〃    馬阜

乳守の伝承を伝える泉州の人々の句もありました。

28.8.2023.Masafumi.

(「乳守之旧趾碑」裏面に「なへて世の袖にもつつめ梅の昔にかほる園の春風 季鷹」の歌が残されいるとのことです)

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