鶴ニ乗リテ樗堂一茶両吟/初雪やの巻
29
娘やりたき星の陰言
ほつほつと筵に這す秋蚕 一茶
名オ十一句、かつてはどこにもいた蚕、今では指折り数えるほどに。
〇
ほつほつと ほつ〈 と。(縦書きであれば)
筵に むしろ・に。
這す はは・す。
秋蚕 あき・かひこ、繭を得るための養蚕のこと。(春蚕と秋蚕がありました)
〇
むすめやりたき
ほしのかげごと
ほつほつ と むしろにははすあきかひこ
星の影に、織り姫の蚕を付けた、名オ十一句(花の空き家)オノマトペの句。
〇
後の世の言乍ら
人はなぜ追憶を語るのだろうか。
どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ。その神話は次第にうすれ、やがて時間の深みのなかに姿を失うように見える。――だが、あのおぼろな昔に人の心にしのびこみ、そっと爪跡を残していった事柄を、人は知らず知らず、くる年もくる年も反芻しつづけているものらしい。そうした所作は死ぬまでいつまでも続いてゆくことだろう。それにしても、人はそんな反芻をまったく無意識につづけながら、なぜかふっと目ざめることがある。わけもなく桑の葉に穴をあけている蚕が、自分の咀嚼するかすかな音に気づいて、不安げに首をもたげてみるようなものだ。そんなとき、蚕はどんな気持がするのだろうか。
北杜夫『幽霊――或る幼年と青春の物語』
26.10.2023.Masafumi.