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小説「笑わない」
私は人が笑うのが嫌いだ。ひとを笑わせようとすることが嫌いだ。私は人の顔が嫌いだ。動物然としているのに誰も動物たがらない。猿と同じ仲間なのに機械と同じ仲間たがる。切ったり塗ったりして違うことを装いたがる。装おう、って、嘘だよ。だから私は笑うのが嫌いだ。とは言っても、私は、なんて、父に笑顔を見せなかっただろうか。それは母親が狂った人でよく殴られたからなんだけど、しかし、至極まともだった父の前で、ろくすっぽ笑わず死なせたのは、自分も坂を下り始めた体を抱えてみて、あんまりだったと思う。私は、たくさんの人から親切にしてもらって、ただ、その中の何人かに打ちのめされただけで、日常を逸した、駄目な女だ。それでも、今でも、私がぼんやりでも、笑うと喜ぶ人がいて。生きてしまう私は本当に駄目だと、幸福に思う。