行動できなかったわたしが無意識で執着していたこと
思うばかりで行動できなかったときのわたしになにが起こっていたのか?
ここ数日いろいろ学びを得てわかったのは、「コンフォートゾーンへの執着」が強かったなーということ。
だんだんと日常で幸せを感じることができるようになって、「なんにもなくてもただ幸せだなー」と思えるようになったら、幸せになるための行動がいらなくなった(と勘違いしていた)。
たとえもっと幸せになるためだとしても、「今幸せなんだから、わざわざリスクを犯して次の幸せを求めなくてもいい」と無意識で思っていたようだ。
だから、今ある幸せ、コンフォートから出なきゃいけないような、ざわざわするような挑戦をしようという気になれなかった。
そりゃ、行動できないよね。
でも、ほんとうは、満たされていなかったのね。
・
”幸福度=変化率”と言っている人がいて、目から鱗だった。
変化していないと、幸せが当たり前になって、だんだん退屈になってくる。
人は”成長すること”、”変化すること”が、なによりの喜びなのだ。
得ても得ても、満たされないからと、”もっともっと”と求めることは貧しいけれど、自分は得て満たされたから、人にも分け与えられるように得る量を増やそうとするのは、豊かなこと。
”成長して、分かち合うこと”
このあたりの悦びを人生でもっと感じてみたい、と望む。
行動して、経験して、それを自分の糧にする。
そう思ったら、もうわたしの行動には”成功”か”大成功”しかない。笑
Enjoy your life!
イズミ