『365日、僕は「これ」しかやっていない』 ベストセラー連発の編集者が語る“作り手”のベーシックスキルとは /編集者 柿内芳文さんインタビュー
昨年8月に47歳の若さで逝去されたエンジェル投資家、瀧本哲史(たきもと てつふみ)さんの著書が出版され現在13万部を超えるベストセラーとなっている。タイトルは『2020年6月30日にまたここで会おう』。8年前の6月30日に行われた瀧本さんの“伝説の東大講義”を収録した本である。
編集担当は柿内芳文(かきうち よしふみ)さん。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』『嫌われる勇気』『漫画 君たちはどう生きるか』と、ミリオンセラーを3つも生み出しているスーパー編集者だ。そんなヒットメーカー柿内さんが考える、作り手に必要な “ベーシックスキル”とは何なのか。
今回は、ライター宮本恵理子さん講師のインタビュー講座「THE INTERVIEW」の受講生向けに、受講生の一人でもあった柿内さんの考える、「ものづくりの極意」について語ってもらった。
(インタビュー/宮本恵理子 構成・文/あさのみ ゆき)
*このインタビューは、インタビュー特化型ライティング講座「THE INTERVIEW」の受講生向けに開催された公開インタビューを、講座受講生が構成・記事化したものです。
<「THE INTERVIEW」の受講生向けにオンラインで実施された今回のインタビュー。30分の予定時間を大幅に超えて、編集の極意を熱弁してくださった。左下が柿内さん。>
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前編 【出版に寄せて】道が見えない若者へバラ撒く希望
著者亡きあと、新刊『2020年6月30日にまたここで会おう〜瀧本哲史伝説の東大講義〜』を出版した真意とは
今回はここ→後編 【インタビュー講座を終えて】365日、僕は「これ」しかやっていない ベストセラー連発の編集者が語る“作り手”のベーシックスキルとは
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<お話を伺った方>
柿内芳文さん/編集者
光文社を経て2011年星海社にて、当時無名だった瀧本哲史さんを顧問として迎え、「武器としての教養」をコンセプトにした星海社新書レーベルを立ち上げる。同レーベルの1作目として出版した瀧本哲史さんのデビュー作『武器としての決断思考』、続けて『武器としての交渉思考』を担当。現在は独立して、株式会社STOKE代表を務めている。
これまでの担当書籍は『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』『99.9%は仮説』『嫌われる勇気』『投資家が「お金」よりも大切にしていること』『ゼロ』『漫画 君たちはどう生きるか』等、ロングセラーを数多く世に送り出している。
■ただの「情報」で終わるか、さらにその先で読者の「感情」まで動かせるか
―柿内さんは、これまで『嫌われる勇気』『漫画 君たちはどう生きるか』など数々の大ヒット作を世に送り出してきました。ヒットを生み出せる編集者、ライターに必要なスキルは何だとお考えですか?
それは、読者の「体験価値」を作る力だと思います。
―「体験価値」とは具体的にどのようなものでしょうか?
うーん……しっかり説明するのは時間がないので難しいですが、シンプルに言えば、読んだ人の「心を動かす」ってことですね。
本でもウェブ記事でも、知識や情報が得たいだけなら箇条書きや要約でいいじゃないですか。そうではなく、文字の連なりや展開を通じて知識や情報の裏にある「真意」や「感情」や「熱意」まで伝えることができれば、読み手の心を動かすことができる。頭だけじゃなくてね。
僕はいつも、映画を見終わった後のような読後感を味わってほしいと考えています。読者の心を動かせて、はじめてその読み物が「コンテンツ」になり得るんですよ。ただの情報は、どんなにうまくまとめていても、コンテンツではありません。
■編集者が“企てる”のではなく、著者が伝えたい核心部分を“拾う”
―「体験価値を作る」。それは、簡単にはできないことですよね。やはり重要なのは「企画」なのでしょうか。
実は僕は、企画はどうでもいいと思っていて。企画って言葉はむしろ嫌いなんですよ(笑)。編集の仕事は“企(くわだ)てる”ことでも“画(えが)く”ことでもないじゃないですか。
本当に人の心を揺り動かすコンテンツは、編集者の中で練り上げるようなものではない。ただ、相手から“拾う”んです。
―“拾う“?
そう、編集の最初のステップは「拾う」ことです。著者の才能や思想のいちばん根っこのところを拾う。
それさえ拾えれば、あとは強く磨いていくだけですよ。そして最後は、それを理解の文脈に置く。今日は30分しかないので結論だけを言いますが、「拾い、磨き、置く」というのが、編集者がやるべきシンプルな仕事なんですね。
―拾い、磨き、置く…ですか?
そう。その中でもまず圧倒的に大事なのは最初の「拾う」ステップなので、たとえば僕は本を作る前に、著者候補の方とは1回2時間くらい2、3度会ってじっくり話をしたりしますね。自分でもうんざりするほど話は長いです(笑)
―企画になる前の段階で、そんなに長く! 何を話すのですか?
ただ雑談です。基本的には、その著者の方が今いま何を考えていているのか、という話を聞くところから始めますね。それを受けて、僕も自分が何を思ったか、思ってるかをガンガンぶつけていって、その方のキャラクターや思想、主張や行動の「核心」を見つけていくんです。
―雑談の中に“拾う”ためのヒントがあるんですね。
著者が本当に伝えたい核心に、本人が気づいているとはかぎりませんからね。核心は深いところに落ちています。だから、いきなり「では、●●(テーマ)について一番大事なことを教えてください」なんて取材っぽくしても、けっして出てこない。いろいろな角度のボールを投げながらすり寄せていき、「これがこの人の核心なのだな」というものを僕自身がつかんでいく感じです。
だから、話していく過程で当初の想定とぜんぜん違う企画になっていくことも多々ありますよ。“経済の歴史の本を出しませんか?”と企画を持っていったのに、いきなり著者に却下されたりして、「そうですよねー」とか言いながら何度も話をするうちに、最終的にはぜんぜん違う本ができあがっている、みたいなこともありましたね。
ちなみにこれは、藤野英人さんと『投資家が「お金」よりも大切にしていること』を作ったときのエピソードです(笑)。企画ありきではまったくなく、藤野さんと何度も雑談する中で、藤野さんの思想のいちばん大事な部分をただ「拾って」いき、まとめた一冊なんですよ。
企画というのは、あくまで著者にアプローチするための「きっかけ」にしかなり得ません。
<これまで柿内さんが手掛けてこられた書籍の一部。名著ばかり。>
―「核心」を拾うまでにそんなに時間をかけるのですね。そこまでしてやっぱり本にならなかった、ということはないのでしょうか。
めちゃくちゃありますよ。でもそれは、最初に先方に伝えておけばけっして悪いことではないです。
こんなに時間をかけたんだから本にしなきゃ! と、出版前提で話を進めると、「本を出すこと」自体が目的になってしまい、核心を拾わないまま作る表面的な本が世の中に出てしまう。そしてそれは結果としては売れず、著者も読者も出版社も関係者も、誰も幸せにはなりません。
単に編集者が出版点数のノルマを達成する以上の意味は持たないですね。
■自分の心の動きに敏感であることで、伝えるべきコアがつかめてくる
―とはいえ、ただ雑談をすれば深いところが見えるわけではないですよね。「核心」を拾えるのは、柿内さんの特殊能力なのでしょうか。
いえ、そんなことはないです。僕がやっていることはすごくシンプルで、“自分の心の動き”にものすごく繊細になって、それを観察すること。365日、やっていることはこれだけですね。
「編集者にはいろいろな経験やスキルが必要なのか?」と聞かれることもありますが、特殊な経験や幅広いスキルを積む必要はないと思っています。日常生活の中で常に自分の心に敏感でいること。ただそれだけです。
―それは、自分の心の中に生まれる小さな動きをスルーせず、「これってどういうことだ?」と考えることでしょうか?
まさにそうですね。自分の編集者のスタンスとして大事にしているのは、「プロの素人」であり続けることです。
専門家である著者に対して、わかったふりはしない。そうすれば普通はスルーするようなことでも逃さずキャッチして、「そもそもこれってどういうことなんだろう」と深く掘り下げて考えていくことができます。
だから僕が絶対的に信頼しているのは、「プロの素人」である自分の心の動きだけなんですよね。たまたま編集者という仕事をしているだけで、僕はゼロイチを生み出すクリエーターなわけでも特殊な能力を持っているわけでもなく、感覚としては、1億3000万人の日本人のちょうど真ん中にいる「ただの生活人」。
いわば1億3000万人の「代表」として著者という才能と対等に対峙し、彼らの本質を引き出す役割を担っているというだけなんですね。
―なるほど。“1億3000万人の代表”として聞いたときに、拾えるものがあるのですね。
そう。たとえば取材では、そんな素人であり普通の人である自分の心が動いたところを、ただ「宝物」のように扱ってあげればいいわけです。
プチ専門家になって変に理解しようとするのではなく、「へえー」とか「ほお」とか「なるほど!」というのがすべてです。
―そこまで自分の感覚を信じる、というのは怖くはないのですか。
結局、自分以外の人間が何を思っているかなんて、わかりようがないじゃないですか。読者がどう思うかなんて、僕にはようわからんのですよ。だから、「このテーマがウケそうだな」とか、人の目を気にするよりも、「自分がウケたかどうか」だけを大事にしているんですよね。
ここだけの話、読者のことなんて何も考えてない。時代性や市場なんてことも、どうでもいい。もうぶっちゃけ、自分が面白く読めれば、誰にも読まれず本にならなくてもいいくらいです(笑)
―本にならなくてもいい!?
僕は、はっきり言って、本という形になるかどうかはどうでもいいんです。べつに読書が好きなわけでもないし、本マニアでもありません。コンテンツとは、最初は一人だけのものですよ。ただ自分の心が“面白い!”と動くかどうか。それが結果的に本になることもあって、自分の背後にいた何万人とかに届くこともある、というだけのこと。
ただですね、不思議なくらい、本の売れ行きや評判は自分の心の動きに忠実に作った度合いと正比例しますね。これは面白いくらい如実に出る。自分だけが面白いと信じて作ったものが売れるんです。売れようと思って打算や目論見が入るとダメです。
―自分の心がキャッチした核心を大事にすると、結果的にヒットするんですね。誰かに意見をもらいながら作ることはないのですか?
あまりないです。特に本にとって重要な「タイトル」は、自分ひとりで考えます。タイトルを会議にかけて決めるなんて、愚の骨頂ですよ。人の感覚はみんな違うので、正解なんてないじゃないですか。その本のことをいちばん考えているのは確実に担当編集である自分ですから、自分の言葉にいちばん重みがあるはずです。
僕が担当した『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』も『嫌われる勇気』も、タイトルは最初不評だったんですよ。不評というか、「良いのか悪いのか、よくわからない……」という感じで。リスクをぜんぶ背負う覚悟で、なんとか通しましたけど(笑)
結局人からの事前の評判というのは、ただの「過去」なんですね。僕も含めて、人は見たことがあるものを「良い」と言うんですよ。見たことがないものは適正に評価できない。だから、過去を超えるものを作りたいと思うのなら、絶対に人に聞いちゃダメなんです。
<前編で詳しく制作に込めた思いを語っていただいた『2020年6月30日にまたここで会おう』はこれまでで最も早く決まったタイトルとのこと。作品中の瀧本さんの言葉を「拾って」タイトルにした>
■どんな世界でも通用するコンテンツメーカーになるには「土台」が必要
―何冊も大ヒット冊を世に出している柿内さんだけあって、確固たる編集論があるという印象です。
いえ、危機意識は常にありますよ。30代の初めまで僕はずっと新書をやってきたので、それしかできない人間になっちゃうんじゃないかって。
だからこそ、編集者になってからはずっと「土台となる編集者のベーシックスキルとは何か」ということについて考え続けてきました。
たとえば僕の古巣の光文社でいうと、急に雑誌『VERY』の部署に異動になって、まったく使い物にならなかったらダメじゃないですか。
―柿内さんの作るファッション誌も見てみたいです(笑) 「土台」があれば、応用がきくということですね。
自己流で始めて、それがたまたまハマっているうちはいいのですが、歳を重ねるうちに他のジャンルがまったくできないと気づいても、もう後戻りはできません。そうしたらもうそのジャンルとともに、浮き沈みも含めて生きていくしかないですよ。
でも土台さえあれば、書籍であろうがウェブ記事であろうが、ファッション雑誌であろうが企業の広報であろうが、スキルの転用ができる。要は、対象が変わろうが「拾って、磨いて、置く」能力を使い、「体験価値」を作るだけです。
宮本さんの「THE INTERVIEW」も、若手が土台を作るうえですごく参考になるなと思いました。僕も、自分の取材スキルを向上させたいと思い、参加してますからね。今は出版業界全体に余裕がなく、先輩に教えてもらいながら鍛えられる機会が減っています。超意味があると思いますよ。
―「体験価値を作る力」を鍛えるために、自分の心の動きに敏感でいることが大事だということですが、それはこの講座に参加している若手のライターでも同じでしょうか。
そうですね。ライターであれば、取材に同席した編集者と感動したポイントが違っていてもそれはよくて。自分がつかんだ心の動きに忠実に原稿が出ていれば、ぜんぜん問題ないですよ。
ウェブ記事などの短いものは、もう本当にそれだけ出ていれば十分。僕は、そこが弱いと指摘します。情報をまとめることの方に意識がいきすぎるとどうしてもロジックに偏って、読者の心を動かすまでにはいかないですね。
―ライターにしろ編集者にしろ、「核心」を自分の心で拾うことが最初の一歩。信じるのは自分の心ですね。
はい。本作り・記事作りは1回1回すべて違うものを作る仕事です。カリキュラムもないし、誰も正解を教えてはくれない世界で、「これだ!」という確信を得ていかないといけない。
だから、たとえば自分以外の全員が同じポイントで面白いと盛り上がっていたとしても、そっちに引きずられることなく、自分の感動ポイントを基準にすること。それがけっしておごりにはならないよう、常に「プロの素人」として自分の心の動きを見つめる繊細さと、その心に確信を持つ強さを持つこと。
それが、コンテンツを作る人の土台になるのだと思いますね。
ー柿内流編集の極意「拾い、磨き、置く」のうち、「拾う」だけでもこんなに深いお話をいただくことができました。あっという間に1時間。続くステップ「磨く」「置く」についても聞きたいところですが…。
「磨く」は、別の言葉で言い換えると、「拾う」でつかんだ核心をより強くしていくことですね。そして、それが他の人に“伝わる“よう、理解の文脈の中にしっかり位置付けるのが「置く」になります。
この二つについてちゃんと説明するには、あと数時間かかりますね(苦笑)
ーそのようですね(笑)。では、この続きはまたの機会にということで。柿内さん、今日は貴重なお話をありがとうございました!(参加者一同拍手)
【まとめ】編集者柿内芳文さん流、心を動かすコンテンツを作るために必要なこと
1.知識の提供を超えて、「体験価値」を作れるかどうか
2.編集の仕事は、著者の心の奥底にある「核心」を拾うことである
3.“プロの素人”として、自分の心の動きに敏感でいよう
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