
静岡大学吹奏楽団という「挑戦者」
2024年、ついに静岡大学吹奏楽団が全日本吹奏楽コンクール全国大会大学の部で金賞受賞した。
1980年、高倉正巳(ヤマハ吹奏楽団東京でも指揮を執っていた)が率いて全国大会に初出場してから44年。その後三田村健に指揮者が替わり、今年で21回目の挑戦。長い旅路だった。
初めての金賞受賞を(勝手に)祝うために、静岡大学吹奏楽団が残してきた功績を、私の極めて個人的な思い出を交えながら綴っていきたいと思う。
衝撃の2007年全国大会
70年代から2000年代初頭までは東海支部の大学部門は沖公智率いる三重大学の牙城だった。ドビュッシー、ラヴェルなどフランス印象派のオーケストラ作品を扱い、全国大会でも6回の金賞受賞を成し遂げている古豪だ。その中で静岡大学もしのぎを削りながら幾度か全国大会に出場していた。
転機は2005年。沖公智が三重大学吹奏楽団から離れたのと同時に、三田村健が静岡大学吹奏楽団の音楽監督に就任した(コンクールの指揮は2003年から)。そこから静岡大学は快進撃を見せ、2回の3出休みとコロナ禍による中止を挟んで17回連続で全国大会に出場した。
三田村健の情熱的なタクトからは、エネルギッシュな音楽が紡がれ、毎年ハイレベルな演奏を繰り広げている。しかし、今まで一度も全国大会では金賞受賞に届いたことはなかった。ただ、私はそんな(といったら失礼だけど)静岡大学の音楽が好きだった。駒澤も、神大も、龍谷ももちろん好きだけど、やっぱり応援したいのは静岡大学だった。
私と静岡大学吹奏楽団の出会いは2007年まで遡る。
その年、静岡大学が自由曲に選んだのはC.T.スミス「華麗なる舞曲」。
それは当時高校2年生のはな垂れ小僧だった私でも衝撃を受けるほどの選曲だった。
吹奏楽ファンなら説明は不要だろうが、難曲中の難曲である「華麗なる舞曲」。それをまさか自由曲に設定するとは…。1992年、洛南高校が演奏した伝説の名演も当時から知っていた。2005年に精華女子が同作家の「ルイ・ブルジョワの賛美歌による変奏曲」で金賞を受賞していたが(あれもすごい演奏だった)、「華麗なる舞曲」は洛南高校が金賞を受賞して以来全国大会では演奏されていなかった。だってむずいもん。しかし、静岡大学はその難曲に挑んだ。
結果は銀賞ではあったが、エネルギッシュかつスリリングな演奏は今でも記憶に残っている。当時私はCDが発売されるのを今か今かと待ち望み、発売されるやいなやすぐにCDショップに買いに行き(地元の小さいCDショップにはもちろん入荷されないため、大きいCDショップまで遠征していた。懐かしい思い出)、初めて聴いたときの興奮は大きかった。
この演奏の意義はとても大きく、2009年には精華女子が「華麗なる舞曲」を引っ提げて全国大会に出場し、金賞を受賞した。それからは全国大会のスタンダード・ナンバーとしても定着し、毎年のように演奏された。それまでのコンクールでは考えられなかったことだ。それも、パイオニアとして静岡大学がコンクールの選曲の幅を広げたといっても過言ではない。
その前年、2006年もシュワントナーの「リコイル」を自由曲として演奏している。吹奏楽コンクールにおいてシュワントナーといえば「…そしてどこにも山の姿はない」だが(いや、都立永山の「暗黒の一千年代」か…?)、静岡大学はあえて「リコイル」を選曲した。その演奏もCDで聴いて、大きな感動を覚えた。無機質な現代音楽を、非常にドライブのかかった演奏に仕上げた。こちらも銀賞ではあったが、私の中では名演として残っている(最後にスティックを落とした音が入っているのもご愛敬!)
この2005年「ハリソンの夢」、2006年「リコイル」、2007年「華麗なる舞曲」という三年間の選曲は、2024年になった今でも鮮烈に記憶に残っている。2005年には文教の「紺碧の波濤」の初演、2006年には駒澤の「幻想交響曲」、2007年には神奈川の「交響三章」など、それぞれの名演が残っているが、その中でも引けを取らない演奏だった。
ちなみに、2007年には創価が「ハリソン」を演奏して金賞を取っている。やはり静岡大学の後に道ができる。パイオニアの静岡大学、ここにあり。
レパートリの幅の広さ
その後も、挑戦的な選曲は続いていく。
特筆すべきは2014年のP.グラハム「巨人の肩に乗って」だろう。2018年に「ブリュッセル・レクイエム」が全国で初演されたこともあり、近年の吹奏楽コンクールは「超絶技巧型」に寄っている傾向にある。2024年もブラスバンドが原曲の、ドゥルルイエル「フラタニティ」が3団体によって全国初演されるなど、ブラスバンド曲の吹奏楽輸入も進んでいる(静岡大学も「いにしえの時から」を2021年に取り上げている)。
「巨人の肩に乗って」も、2019年の岡山学芸館の演奏が記憶に新しいが、全国の初演はそこから遡ること5年、静岡大学によるものだった。まだ近年のような超絶技巧型の選曲が大手を振る前に、この選曲。よく演奏しようと思ったなぁ…。
2014年の大学部門を見ても、金賞だった東海大は樽屋楽曲、神大は「役人」と、吹奏楽コンクールの王道を突き進んでいた。この年は評価も辛く、文教や龍谷は銀賞を受賞。静岡大学も、評価こそ銅賞ではあったものの、静岡大学の選曲は、異彩を放つものであったことは間違いない。
他にもヴィエルヌの交響曲、レスピーギ「メタモルフォーゼ」など、多くの楽曲で全国初演を果たしている。「華麗なる舞曲」だけではなく、継続して他の団体では聴くことのできないレパートリを開拓し続けている。
挑戦的な選曲だけではなく、スタンダードのレパートリも演奏できてしまうのが静岡大学のすごさでもある。「ディオニソス」、「ダフニスとクロエ」、「くじゃく」など、吹奏楽コンクールのレパートリとしては定番の楽曲も度々演奏している。委嘱作品ばかり演奏するのでもなく、先進的な選曲だけでもなく、定番を取り扱うだけでもなく、多くの引き出しを持っているのが静岡大学吹奏楽団の大きな魅力だろう。
三田村健という人
三田村先生(もう先生呼びしちゃいます)には、もちろんお会いしたことはないけれど、その指揮姿からは大きなエネルギーをいつも感じていて、聴くだけではなく「見せる」こともできる指揮者である。
険しい表情、にこやかな表情、毅然とした表情、曲調によって表情も様々に変化させ、雄大なタクト捌きでバンドを引っ張っている。表現者たるもの、こうでなくちゃ、といつも思わせられる。
60歳を過ぎてもまだまだエネルギッシュな指揮は健在。これからも三田村健から目が離せない。
金賞受賞おめでとう!
そんな静岡大学がついについに金賞を受賞した。こんなに嬉しいことはない。自分のことのように嬉しかった。三田村先生の喜ぶ顔が目に浮かぶ…。はやくBlu-rayが観たい。
今回の選曲は「ルイ・ブルジョワ」。常光誠治率いる神奈川の横浜創英が悲願の初金賞を達成したのも「ルイ・ブルジョワ」。先述したが、精華女子の2005年「ルイ・ブルジョワ」も久しぶりの金賞だった。全国大会ではかなり縁起の良い曲だなぁ。
これからも、コンクールでどんな選曲をしてくるのかがとても楽しみ。これからの静岡大学吹奏楽団の活躍を大いに期待して、筆を置きたいと思う。