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【読書マップ】人の作りしモノ - 語りと騙り

2021年9月の読書マップです。
ひとつ前の読書マップは以下の記事をどうぞ。

短歌とパイロン

スタートは穂村弘・春日武彦「ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと」(イースト・プレス)〈以下、ネコ本〉から、お二人の単著をそれぞれ一冊ずつ選びます。

春日さんの著作は読んだことがなかったので、ネコ本で言及されていた「鬱屈精神科医、お祓いを試みる」(太田出版)を手にとりました。
仕事や人生に悩む著者が、その呪縛から逃れるために自宅マンションを「ブルックリンの古い印刷工場を改装して住んでいる辛辣なコラムニストの住処」風にリフォームする過程をつづる、これはエッセイかノンフィクションか。独特な屈託のある文章は癖になりそうです。

いっぽうの穂村弘さんは書評集「これから泳ぎにいきませんか」(河出文庫)。
穂村さんの読書傾向は僭越ながら自分と相当近いので、どの本にもつなげられるだろうと思ったら、ネコ本でも言及されていた二階堂奥歯さん(故人)が生前、打ち合わせ中に唐突に漏らした言葉がタイトルの元ネタになっていました。
脈絡のないコトバが、別の本とつながり脈絡をもって聞こえるのが読書マップの醍醐味です。

穂村弘さんつながりの短歌は寺井奈緒美「アーのようなカー」(書肆侃侃房)一冊なのでここで紹介しましょう。〈パイロンからのいい眺め〉という章があるように、あとで紹介する路上観察に通じる視点が楽しい歌集です。
パイロンとは、いわゆる三角コーンのこと。工事現場や街中、どこにでもあって、意識するまで目にとまらない不思議な存在です。

酔っ払いに蹴っ飛ばされて倒された三角コーンの見上げる夜空
寺井奈緒美「アーのようなカー」p.83

わたしの個人ブログ「凪の渡し場」にもパイロンの特集ページがあるので、気になる方はどうぞ。

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コトバと心

春日さんのほうに戻って、精神科医つながりで豊永武盛「あいうえおの起源」(講談社学術文庫)へ。
「は(歯・葉)」や「め(眼・芽)」、「はな(鼻・花)」など、日本語には身体や植物とアナロジーを持つ単語が多くあります。
そこからコトバと心身の発達段階を掘り下げ、あいうえおなどの日本語の単音節にかくされた意味を探っていく。どこまで信じていいのか? と思いつつも圧倒されます。

言語学と言えば、AI(人工知能)による自然言語処理の発達にはめざましいものがあります。
そんなAIによって俳句をつくろうというプロジェクトが川村秀憲・山下倫央・横山想一郎「人工知能が俳句を詠む: AI一茶くんの挑戦」(オーム社)。
近現代の俳句を手本に学習を重ねることで、

宙吊りの東京の空春の暮
初恋の焚火の跡を通りけり

のような、人の詠んだ俳句と見分けがつかないレベルの作品を生み出せてしまうのに感動。
いっぽうでAI一茶くん初期の作、

かおじまい つきとにげるね ばなななな

なども、現代短歌の上の句と言われたら納得しそうでけっこう好きです(笑)。
いろいろなテレビ番組で紹介されているようで、所ジョージさんが言われたという「AI俳句より、それを読む人のほうが天才」というのは慧眼。
単語の組み合わせによって生まれた俳句によって、どこにも存在しない情景を浮かべる人の心の奥深さよ。

AI関係の著作もある言語学者・川添愛さんの「言語学バーリ・トゥード: Round 1 AIは『絶対に押すなよ』を理解できるか」(東京大学出版会)は東大出版会のPR誌に連載されたものということで、内輪ネタと格闘技ネタが入り混じった破格のエッセイ。
絶対に押すなよ!」と言ったとき、言葉通りの意味とは違う〈意図〉がこめられるのが、AIに理解しがたいヒトの特質です。
といった言語学的テーマが語られると思いきや、川添さんの趣味として暗渠だったりAbemaトーナメントの話が出てきたり、1ページ先の展開も読めないという点では9月読んだ本の中で最高の面白さ。

路上観察と建築

言語学の本から暗渠につなげるのは反則かもしれませんが、ただの道と思ったら地下で思わぬ水脈が流れているというというのは、あんがい暗渠的かもしれません。
吉村生・高山英男「まち歩きが楽しくなる 水路上観察入門」(KADOKAWA)は、暗渠=かつて水面だった路上を楽しむ、あたらしい路上観察のすすめ。
暗渠関連の本を何冊も出されているお二人ですが、歴史的な観点から景観を紐解くアプローチと、ビジネスフレームワーク的に水路上を分類するというアプローチがそれぞれ違っていて面白い。

藤森照信・山口晃「日本建築集中講義」(中公文庫)は建築史家の藤森さんが古今東西の名建築を見て回り、その道中を日本画家の山口さんが漫画とイラストでルポタージュ。快刀乱麻を断つ藤森さんの解説が楽しめます。

宮沢洋「隈研吾建築図鑑」(日経BP社)は国立競技場などの設計で知られる隈研吾さんの建築を、〈びっくり系〉〈しっとり系〉〈ふんわり系〉〈ひっそり系〉の四つに分類して紹介。
磯達雄さんとの共著「建築巡礼」シリーズも好きですが、イラストによる建築の紹介は、ときに写真以上に見どころや質感が伝わります。

異世界のような建築を楽しめる雑誌が「ワンダーJAPON」Vol.3(スタンダード)。
「ワンダーJAPAN」から一文字変えての新創刊から早や3号。「大阪DEEPスポットwith京都&奈良」は、この令和にまだまだこんなワンダーが残っているのかと、かの地の奥深さを思い知らされます。
「佐渡ワンダー紀行」もいつか行きたいと本気で思っています。

歴史と偽史(語りと騙り)

そんなディープな大阪の、さらに深層に迫るのが中沢新一「大阪アースダイバー」(講談社)。
「アースダイバー」で、土地の古地層から、都市の成り立ちや人々の暮らしへ潜り込んで夢想する手法を開拓した中沢さん。この本では大阪をアースダイブします。「ブラタモリ」のようなテレビ番組ではなかなか難しい微妙な話も展開できるのは書物ならでは。
(と思ったらカンテレ制作で、ケンドーコバヤシさんらと実際に大阪の街をアースダイブする番組があって驚き)
https://www.mondotv.jp/entertainment/earth_diver

梅原猛「百人一語」(新潮文庫)は歴史上の人物が残したとされる言葉をもとに、哲学者の梅原さんならではの観点で、その人や時代を読み説いていきます。
百人一首のように和歌だけでなく、時代もバラバラですが、百人一首が藤原定家の意図によって組み上げられた歌物語であるように、これも梅原猛という人の編んだ物語とよべるのかもしれません。

梅原さんや中沢さんの著作は学問的には異論もあるようですが(どちらかの立場に立てるほど当該分野に詳しくないので、ここでは議論しません)、歴史というものがヒトのものがたりである以上、そこに〈意図〉が生じうるのは避けがたいことだと思います。
ただ、語りがかたりとなったとき、それが多くの人、ひいては歴史そのものまで揺るがしかねないことを教えてくれるのが馬部隆弘「椿井文書―日本最大級の偽文書」(中公新書)。
中世の由緒や地理を示したとされる文書が、実は後世に、あるひとりの人間によってつくられた偽物であり、しかもその研究が忘れられた現代では、多くの郷土史で本物として扱われてしまっている…
そんな危険なものであってもなお、偽書というものに惹かれてしまう、それも人間の性かもしれません。

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