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【読書マップ】始まりも終わりも無き世を生きる人の区切りのために一年はある

2021年(令和3年)も、残すところわずかです。

たくさんの本を読んでいてつくづく思うことは、どの本も、けっきょく書かれていることは人のいとなみ、その結晶としての言の葉なのだということ。

わたしが産まれる、はるか前からこの世界は存在していて、そしてきっと、死んだあともずっと世界は続いていく。
そんな営々とした人のいとなみ(なんと、「営」という漢字自体に「いとなみ」という読みがある!)を、正しく伝えていくために人は本を書き、そして読むのだと思います。

ほんとうは、世界は一冊の本では伝えきれないくらい複雑で、それでも一冊の本として区切らないと、いつまでたっても何も伝えられない。
同じように、はじまりも終わりもあるのかどうかわからない世の中だけれど、どこかで区切りをつけたくて、昔の人は一年という区切りを編み出したのかもしれません。

そんな区切りとしての2021年12月の読書マップ、はじまります。
ひとつ前の読書マップは以下の記事をどうぞ。

祈りと歴史

スタートは清涼院流水「どろどろの聖書」(朝日新書)。
キリスト教の旧約聖書・新約聖書のエピソードを紹介した本書から、中村圭志「宗教図像学入門 」(中公新書)につなげてみます。
〈十字架、神殿から仏像、怪獣まで〉と副題があるとおり、キリスト教や仏教をはじめ、さまざまな世界の宗教のモチーフ・イメージを解説した本。
「どろどろの聖書」で紹介されたエピソードの記憶も新しく、本来は偶像崇拝が禁止されていたユダヤ教から派生した初期キリスト教が、「魚」から「十字架」をモチーフにするようになった経緯など、わかりやすく学べます。

転じて古代日本。天皇を中心にした祭祀国家から、仏教を受け入れ、律令制へと移行した時代を概説する〈古代史講義〉シリーズの第3弾、佐藤信編「古代史講義 【宮都篇】」(筑摩新書)。
学校では平安京遷都は奈良の仏教勢力を抑えるためと習ったものですが、最新の研究では違う…など、漠然とした常識を更新させてくれます。

そんな古代から現代にいたるまで続く、和歌(短歌)と天皇の伝統を読みとくのが鈴木健一「天皇と和歌 国見と儀礼の一五〇〇年」(講談社選書メチエ)。
序章には生前、宮中歌会始の選者に選ばれた岡井隆さんのエピソードも紹介されています。
善し悪しは別として、古今和歌集に代表される勅撰和歌集の編纂、そして宮中の歌会という儀礼的な側面があったからこそ、万葉集にはじまる五七五七七の伝統が、千年を超えてこの国に残ってきたというのは事実。
そうしてつづられた歌は、時を超えて人の心を打ちます。

いにしへも今もかはらぬ世の中に心の種を残す言の葉

細川幽斎, 衆妙集・599番 - 鈴木謙一「天皇と和歌」(講談社選書メチエ)より引用

観察の人

さて、スタートに戻って、清涼院流水解説、森博嗣「追懐のコヨーテ」(講談社文庫):に行きましょう。
森博嗣さんのデビューに際して創設された講談社メフィスト賞。
その第2回受賞者が清涼院さんであり、その縁からか交流が続いた結果、清涼院さん自身の英訳で〈スカイ・クロラ〉シリーズなどが英語圏に向けて発信されています。

学生時代に森博嗣作品に出会って以来、小説、エッセイ、ブログを追い続けてきた身としては、世の中を観察する独自の視点は変わらないものの、タイトル通り妙に懐かしい印象を受けます。
よく5作とか10作でシリーズ小説を完結させる方なので、これまたエッセイ(クリームシリーズ)10作目ということで、区切りとしてシリーズが終了してしまわないかヒヤヒヤしていました。
いつも紙版の初回についていた著者書き下ろし栞がなかったのも嫌な予感がしたのですが、これは製本上のミスだったそう。講談社のサイトで申し込めば無料で郵送してくれます。早合点せずに良かった。

同じように(といって全然違うのですが)独自の観察眼を持つのが浅生鴨さんの「あざらしのひと」(ネコノス文庫)。
浅生さんが生活の中で出会ったさまざまな〈○○の人〉の生態が、本当なのか嘘なのかよくわからないテンションで描かれます。
自分と違う価値観・考えを持った人にはつい警戒や不審を抱きがちですが、このくらいゆるい心で接したいものだと心を新たにしました。

その土地で生きる

森博嗣・清涼院流水と同じくメフィスト賞受賞者の古野まほろ「陰陽少女 妖刀村正殺人事件」(講談社文庫)。シリーズ第二作です(ノベルス刊行時は「探偵小説のためのヴァリエイション 『土剋水』」)。
親本を読んだとき、舞台のモデルとなった松山道後温泉に興味がわいて実際に訪れたのも懐かしい思い出。現在は改装により、主人公たちとまったく同じ体験をすることは叶いません(まったく同じといったら殺人事件に遭遇することになってしまいますが、そこはそれ)。
デビュー作である「天帝のはしたなき果実」は講談社ではなく幻冬舎で文庫化されていますが、同じ世界線にある本シリーズは紆余曲折あり、十年以上経った2019年にようやく講談社から文庫化。
全5作ちゃんと文庫化されてほしいので熱烈応援です(できれば新作も)。
設定の突飛さを語れば切りがないですが、読み始めれば坊ちゃんだんごより癖になる。
和製コロンボ・古畑任三郎を思わせる愛媛県警、外田警部の鬱陶しい活躍も見どころです。

松山の対岸・広島県尾道にある深夜営業の古本屋、弐拾㏈の店主によるエッセイが藤井基二「頁をめくる音で息をする」(本の雑誌社)。
こちらも、感染症が猛威を振るう直前に訪れていたので感慨深いです。

 古本屋 弐拾㏈

廃病院を利用した店内は、けっして気取ったセレクトばかりでなく、どこか懐かしい普通の古本屋を思わせます。本書でも、尾道という土地に根付いた日常が、過度にドラマチックでも無く、それでもさりげなく詩的につづられます。
きっとまたいつか、あの場所へ。

北原康行「日本酒テイスティング」(日経プレミアシリーズ)は、多種多様な日本酒の銘柄を、その産地と大吟醸・純米酒といったタイプだけでざっくり味を見極めるというもの。続編〈カップ酒の逆襲編〉が面白かったので前作を購入しました。
土地を知ることは、味を知ることにつながる。
まだまだ勉強不足ですが、サケアイというアプリで飲んだ日本酒を記録しているので、お好きな方はどうぞ。

夢の中へ

最後の章は春日武彦「奇想版 精神医学事典」(河出文庫)。
9月に春日さんの本を読んで気になって、当時の文庫新刊で購入しました。
そのあまりの分厚さに奇想天外な構成、延々と読み終わらないかと思いました。
精神医学的な見出し語を連想ゲームのようにつなげつつ、古今東西さまざまな事物を引用していく。中にはどうやって見つけたんだ、と思うくらいマニアックな雑誌や新聞記事まで。
どうつなげればよくわからない、どの本ともつなげようとすればつなげられてしまう、まことに読書マップ泣かせな本です。

精神医学といえばフロイトなどでも〈夢〉という概念は重視されていますが、その時代にはまだ明らかになっていなかった脳科学の面から夢に挑むのが松田英子「はじめての明晰夢 夢をデザインする心理学」(朝日出版社)。
明晰夢とは、夢の中で「これは夢だ」と自覚するもので、そこから自分の思う通りに夢を展開することで、現実ではありえない体験を楽しむことができるといいます。

酔生夢死」は筒井康隆「敵」(新潮文庫)に出てくる言葉で、本来の意味は一生を無駄に過ごすこと、だそうですが、儚い一生、酔いから醒める前の夢だと思ってしまえば、明晰夢のように、あんがい楽しく過ごせるかもしれません。

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