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【連載小説】コモンテンポ 第一話「普通」

春、桜が顔を出し、心地よい陽気に包まれ大変穏やかな季節と言えるだろう。
新生活や新学年など新しい環境への移り変わりと被ることから、出会いの春なんて呼ばれ方もする。
そんな中、僕はと言うと……

「私たち、別れましょう」
「え……?」

別れの春真っ只中だった。

「ど、どうしたの急に」
「いや、言葉の通り。あなたと別れたい」

有無を言わさぬ程、声の圧が強い。
現在進行形で冷や汗を堪能させられてる僕には、彼女が居る。
ちなみにもう別れそうだ。
彼女とは一年ほどの付き合いで、付き合い始めた当初は仲がかなり良かった……と思う。
だけど、最近は彼女の方が素っ気なくなり、会う事も月一回あるかだった。
ちなみに、僕はまだ彼女のことが好きだけど彼女がこの様子なので酷く落ち込んでいる。

「どうして別れたいって思ったの……?」
「”普通”すぎるから」
「へ?」
「聞こえなかった? ”普通”すぎるから」

いやいや、聞こえてますとも。
聞こえてるからこそ、すぐに返しの言葉が出てこない。
僕は文字通り唖然としていた。

「じゃあそういう事だから。今後連絡よこさないで」
「えっ、ちょっ」

そう言うと、彼女は荷物を持ち足早に店を立ち去った。
僕は今起きた一連の流れが衝撃的すぎて、五分は頭が回らなかった。



何とか家に帰って来た時には、胴体は怠けを身に纏い、足は自然とベッドに進行方向を向けていた。
未だに信じられない現実に、体が拒否反応でも示しているのだろうか。
目的地のベッドに着くと、無意識に体を預け全身の力が抜けていった。
寝転んで数分、頭の中に数時間前の記憶が鮮明に蘇る。
そして、ある言葉を思い出す。

『”普通”すぎる』

「なんだよ普通すぎるって……」

今まで言われたこともなかった。
子供の頃も、学生の時も、社会人になってからも、一度も。
今までの人生、過不足なくそれなりに過ごしてきた。
子供の頃は友達と沢山遊び、学生時代は勉強もスポーツも困らない程度にこなしてきた。
社会人になっても、会社ではそれなりの立ち位置に居る。
私生活だって、困るようなことは特にない。
だけど、思い返してみると普通と言われれば普通だ。
人々が語る人生の典型的なルートを辿っている。
だからこそ思うことが一つ。

「”普通じゃない”ってなんだよ……」

今までの人生、苦労したり悲しんだり楽しんだりはあったけど、特段辛い思い出や、飛び抜けた成功体験はなかった。
それがダメだったのか。
事故で親でも亡くせばよかったのか、若くして天才と謳われる才能の持ち主になればよかったのか。
そう言われると違う気がしてくる。

「どうすりゃよかったんだよぉ……」

どうしようもない感情に支配され、考えるのに疲れて寝てしまおうと思ったが、夕食を口にしておらず胃袋が苦言を呈してきた。
人間の空腹感は時に謎で、こんな状況でも重い腰を上げさせ、コンビニぐらいは行こうと決意させた。



コンビニの自動ドアを抜け、家に向かい始める。
ある程度は食べれるような気がしたので、軽く弁当と飲み物とホットスナックとして並んでいた唐揚げを買った。
少し重い足取りで帰路を進んでいると、公園の方からなにやら歌声がした。
家からコンビニまでのルートには少し大きな公園がある。
地域の子供たちも愛用しているし、朝方はおじいさまおばあさま方の姿も目にする。
僕は何をしているのか気になり、声の方向に歩みを進めていった。
声の元を探したどり着いた先には、ベンチに座ってギターを持ち、弾き語りをする若い女性が居た。
周りに人は誰もおらず、最近よくある配信器具などを設置してライブ配信……などでもなく、ただ一人で歌っている。
歌声は響く程ではなく、すっと耳に流れてくる程度のもの。
一人なのを堪能するかのように、楽しそうに自分の世界に浸っている。
Aメロでは落ち着いた様子でも、サビに入れば全身で歌い、歌詞に感情をこれでもかと込める。
その姿は、まさに”普通”じゃなく見えた。
演奏に聞き入り、女性が演奏を終えるとこれでもかと拍手をした。
気づいていなかったのか、こちらに驚く様子を一瞬見せたがすぐに姿勢を正し「ありがとうございます!」と返してくれた。
僕はいつの間にか女性に近づき、無意識で感想を述べ始めた。

「凄かったです! これでもかってぐらい歌詞が刺さってくる歌い方で、聞いてて鳥肌が立ちました!」
「ど、どうも……」
「あっ、すいません急に……」

さすがに僕の行動が暴走特急すぎたのか、女性が少し構えてるように見える。
今のは自分でも無意識とはいえ良くないことをしてしまった。
今すぐ謝罪してこの場を去るべきだろうか……なんてことを考えていると、女性がベンチの隣を指差し「どうぞ」と伝えてきた。
恐る恐るベンチに座ると、女性はこちらを見て口を開いた。

「あの……私の演奏の感想、もっと聞かせて貰えますか?」
「え、あ、はい?」

思わず変な声を上げてしまった。

「い、いえ、ないなら大丈夫です!」
「あ、えっと、言える言える!」
「え……」
「まず声が凄いよかった! 耳にさらーっと流れてくるような綺麗な声で、凄く聞きやすかった! それなのに、サビに入れば心に響くような強い歌い方でかっこいいし、ラスサビの盛りあがりなんかもうほんとに目頭が熱くなりそうだったっていうか……」

勢いで色々喋ってしまい、さすがに気持ち悪かったかと女性の方を見ると、女性は少し涙を浮かべていた。

「えっ、何か悪いこと言っちゃった!?」
「あっ、いえっ、全然大丈夫ですっ」
「そ、そう?」
「はい。あまりにいっぱい言ってくれるので、嬉しくてつい……」

涙を浮かべる女性は、それと同時に笑みも浮かべていた。
それがどんな意図を含んでいるかは完璧には汲み取れない。
ここまで自分を動かされる物を持っていて、そして女性自身も真摯に向き合っている。
僕にはその姿が、とても鮮烈に記憶に刻み込まれた。

「君のファンです……」

この言葉が口から溢れ出るのに、時間は一秒とかからなかった。

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後書き(今回だけだと思います)
ここまでお読みいただきありがとうございます。
あらすじもろくに書かずに申し訳ありません。
この小説は筋書きが基本出来ているので、完結までそう長くないと思います。
呆れず物語に付き合っていただけると非常に嬉しいです。
自分自身、物語を綴る力をもっと高めたい為今回の小説を書いています。
一日一投稿を目標として掲げていますので、基本は本小説の連載か、短編を出すと思います。
良ければ完結までご愛読してもらえると嬉しいです。


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↓二話です。

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