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第16回「空き家バンクは最後の砦か?」
下田市内の「町なか」と呼ばれる中心地は、昭和風情の建物が取り壊されて、年々駐車場が増えている。
それは、家を所有する人たちが、絶望的な状況と向き合っているからである。
NPOの事務所に飛び込んできたS木さんもそんな一人であった。
「実家が老朽化しているんです。私の名義になったのですが、使いようもなく、どうしようかと十年も前から悩み続けてきたのです」
彼女はこう口火を切った。
貸したくても、痛みが激しく、不動産屋さんには、貸す前に修繕が必要ですよと言われる。修繕にン百万円はかかりそうである。年金ぐらしで、そんな大金を使っても、この町の凋落ぶりから、借りる人などいないと思われる。事実、建物が壊されて駐車場ばかりが増えているではないか。
どうしよう、どうしようと悩んでいるうちに、容赦なく時は経ち、家の老朽化はさらにひどくなるばかりだ。
いっそのこと、先例にならって駐車場にしよう!
業者に相談してみると、敷地面積が狭すぎて、駐車場では用を足さないことがわかった。
それでも毎年固定資産税の請求は送られてくる。年に数万円の支出だが、使わない家には無駄な出費だ。口惜しいったら、ありゃしない。下田市に寄付したらどうだろう?
そう思って、相談してみたが、市では家の寄付は受け付けていないという。個人の資産は、個人で処分してほしいとのこと。
だったら、とりあえず壊すだけ壊して、更地にしておくか。
業者に解体費用を見積もってもらうと、300万円もかかるとわかった。もちろんそんな出費は控えたい。
では、いったい、どうすればいいのか?
「岡崎さん、どうにかなりませんか」
事情はわかったが、現物を見てみないと何とも言えない
「とりあえず、お宅を拝見しましょう」
僕はS木さんと連れ立ち内覧に行った。
「修理が必要な家でも、空き家バンクでなら登録できます。利用希望者の方が、自分で直せばいいわけで。最近は、DIYが流行っていますし」
「そうなの? それはよかった。ぜひ登録させていただきたいわ」
S木さんのお宅は20坪足らず。2階建てで隣家と隙間を確認するのが難しいほど隣接していた。取り壊すのに費用がかかるはずである。重機での作業が難しく、人の手が頼りになるために、時間がかかり、その分人件費がかさんでしまうのだ。
家の間取りは5DKである。
店舗兼用にできなくもない。下田の店舗兼用住宅の需要は高い。
ただ、床の傷みが激しく、歩くのが困難な廊下や部屋もある。
NPOでは、内部資料としてA、B、Cとランクを付けている。
Aは美邸の不動産屋さんでも取り扱えそうなお宅、Bは補修は必要だが、ある程度DIYの範囲でできそうなお宅。Cは業者の修繕が必要な家。B、Cは、不動産業者が扱わず、これまで流通しなかった物件で、下田市の空き家バンクではこれらを中心に扱っている。
S木さんのお宅は、C判定だった。Cでも古民家なら扱うのだが、残念ながら古民家というほど古くなかった。
「スタッフと相談したのですが、残念ですが、空き家バンクでも登録不可となりました」
数日後、僕はS木さんのご自宅を訪ねて説明した。
「エエッ、そうなの? 空き家バンクに見捨てられたら、私はどうすればいいの? タダだっていいのよ。なんとかならない。お願いします!お金じゃないの。とにかく処分したいの」
S木さんは僕の手を握って、必死に訴えてきた。
「後生だから見捨てないで!」
まるで時代劇風の別れ話のようである。目はいささか潤んでもいる。
S木さんのお宅は、明らかに不良債権化していた。土地の値段以上に、解体費用がかかってしまうのだ。それでも更地が売れればいいが、土地が売れる見込みは、空き家よりさらに低くなる。
「空き家バンクが最後の砦なの!」
「そうおっしゃられても……」
「たとえば、空き家バンクが無理ならば、どなたか興味を持っていただけそうな方をご紹介いただけないですか?」
これはもう、業務外の仕事であった。
空き家バンクでは、斡旋はしていないのだ。あくまで持ち主と希望者とのマッチメイクが仕事だ。
S木さんは、僕の手を離さない。
どれだけ悩んできたか、手から気持ちが伝わってくる。
ふと、NPO事務所に出入りしている大工さんの顔が浮かんだ。
「工事の仕事がありましたらお願いします。リフォームもやってます。それと、うちの若いのが家を探していまして。自分で直して、そいつが住めるような家があるといいのですが」
たしかそんな事を言っていた。
S木さんのお宅は、空き家バンクでの扱いが難しい業者物件である。そんな家を、業者が直して自分で住むなら渡りに船だ。
僕はその大工さんをS木さんに紹介することにした。
二ヶ月後、大工さんの話を聞きつけた人が、どういう経緯か、購入することになった。どうやらゲストハウスに改築するらしいが、ひそかに空き家ビジネスが拡がっているようである。
事務所にあいさつに来たS木さんは、長年の心の重荷から開放されて、心からホッとしたような顔をしていた。