空の果て、世界の真ん中 1-6
空の果て、世界の真ん中
第1話、始まりの船6
ジーノはじらすように言葉を切り、
エールを飲んで喉を休める。
客のひとりがガタッと立ち上がり、
無事だったのかとたまらず尋ねる。
落ち着けよ、帰ってきた連中の話だ、
無事に決まってるだろうに。
他の客に指摘され、
照れ臭そうに座り直す。
良い反応だ。
熱中して聞いている証拠だ。
ジーノは嬉しそうに兄を見る。
兄もニッと笑ってウインクで応えた。
船の墜落から
どれほどの時間が流れただろうか。
意識を失っていたルージュが
瓦礫の中で目を覚ます。
「生きてるかー?」
掠れた声で仲間を呼んだ。
「うーん? ロバート、
もう少し寝かせてくれ……」
ローラはすぐ近くに倒れていた。
寝ぼけた声を出している。
無事なようだ。
「っと、どこだい、ここは。
あ……そうか、記憶がすっとんでいた」
目を覚まし周囲を確認する。
「うむ、生きているよ、船長」
元操舵室は半壊している。
状況から見てここの下の階は
完全に潰れていそうだ。
ラニのいた火炎放射器の制御室は
まさに潰れた区画。
最悪の想定に胃がキュッとする。
だが、ルージュ以外の口から
痛みを訴える声が漏らされた。
「いたたた………」
背後の瓦礫が崩れ、
隙間から青い髪の少年が
這い出してくる。
無事に退避できていたようだ。
心の中で胸を撫で下ろす船長。
あとはカロンだ。
3人とはだいぶ離れた区画にいたはずだ。
「生きてるかー?」
もう一度、声を大きく上げる。
「死んだかも〜」
冗談めかした返事。
無事な証拠に安堵の空気が広がる。
カロンは元は通路だった空間を
器用に進んできた。
「おっ。思ったより元気そうだな」
気負いもなくそう言ってニカッと笑う。
ラニも嬉しそうだ。
「僕たち、本当に生き残ったんですね」
「言ったろ?」
得意顔で応えるルージュに
ローラが思案顔で言う。
「しかし、見事に壊れたね。
無事な部分がどれだけあるか」
「天命を全うしちまったのさ、
こいつは。
あたしたちの命が、一番大事……さ」
その間に身軽に地面に降り立つカロン。
「ま、命があるだけ儲けものってね」
他の3人も遅れて船の残骸から離れる。
「元気そうだな! 全員!
ハッハッハ! 流石よな!!」
ルージュもカロンも上機嫌だ。
そりゃそうだ、
あの状況から生き延びたんだからな。
「でかい怪我も無いみたいだし
全員大した悪運だな!」
思い出して震え上がるラニ。
「さ、流石に本気で死んだと……
思いました。
本当、悪運強いですね僕たち」
「いい方の運を付けたいぜ……
ったくよー」
「ふむ、フローレスは幸運の象徴だ。
インペリアルフローレス号の名前に
あやかれたのかもしれないね」
みんないつもの調子のようだ。
「そっか……インペリアルフローレスが
守ってくれたんですね、きっと」
「そうだな。
……いい船だったよ、こいつは」
カロンが同意すると、
ラニは空を見渡した。
「そういえば……。
あの船……僕たちを襲った船は
近くにはいないみたい……ですね」
「……死んだと思ってんじゃね?
実際オレも死んだかと思ったし」
あっけらかんと言い放つカロンに
難しい顔をするローラ。
「そもそも目的がわからないからね、
あの謎の船の。
最初から沈める気だったようだし、
空賊ではないのは間違いないとして」
ラニがこくこくと頷く。
「あの船、雲海から出てきましたし、
普通じゃないですよね」
「それよりオレは、今いない敵さんより
こっちに興味があるんだけど?」
カロンが親指で指し示す塔の奥には
ヴィクトリア・シティのものとは
大きく異なった遺構が見える。
朽ち果てているものの
元々がかなり整っていたのだろう、
やけに小綺麗な造りだ。
「いいねぇ、お宝の気配だ」
ローラがインペリアルフローレスの
上部構造へ霊視を向ける。
「倉庫は上の方にあった。
水と食料を回収しよう」
同意するラニに、
活き活きとしだしたカロン。
「とりあえず取り出せるものは
取り出して、あとは現地調達だな。
それと拠点の作成……火もいるな」
ラニがくすっと笑う。
「カロンさん、遭難したのに
なんだか楽しそうで
頼りになりますね」
「そりゃな。
こういうのはオレの本業だぜ。
なあ、魔法で火とか起こせねえ?」
トレジャーハンターのカロンは
ルージュとローラに
期待の目を向ける。
「火か? いけるが……」
言いかけたルージュが痛む手を見て
ローラに視線をパスする。
「ああ……船長は無茶をしたようだ。
種火程度で良ければつけられるよ。
人によっては
敵船を焼き払えるらしいけれど、
私はその手の魔法は得意ではなくてね」
ルージュの手を見て驚くラニとカロン。
「うわ、船長、手! 手のひら!
待ってください、救急箱
探してきますから!」
ラニはそう言って残骸に入っていった。
「……船長は休んでな」
瓦礫から簡易的な
かまどを作り始めるカロンに
ルージュは手をぷらぷらさせて言う。
「実験に失敗した時は
もっとひどいんだよな」
ひとまずルージュは座らされ、
水と食料と燃料の木材が回収される。
「……レイラズは
……ここ知ってる、んだよな。
きっと」
独り言のように呟くルージュに
ローラが応える。
「だろうね。明らかに知っていて
我々をここに来させた。
なんなら、あの敵のこともね」
救急箱を見つけてきたラニが
ルージュの手を消毒し、
包帯を巻き始める。
「帰ったら……
あの船の事聞いてみたいですね」
カロンの簡易かまどが完成した。
その中に木材を燃えやすい形に組む。
ローラがそこに手をかざすと
火が燃え始めた。
「しかし見慣れない様式の建築だね。
どんな本にも書かれていなかった」
「ローラさんでも知らない建築様式、
もしかして、すごい古い場所
なんでしょうかね」
「多分だけど……崩落前じゃねーかな」
寒いわけではないが
自然と火の近くに集まる面々。
「しっかしどうすっかな~……。
やっぱ、ここにはレイラズが
掴ませたい何か
あるって事でいいな?」
ルージュは船長として今後
どうすべきかが頭から離れないようだ。
「ま、調べてみればなんかわかるだろ」
探索がしたくてうずうずしているカロン。
ラニがみんなが口にしなかった懸念を
ぽつりとこぼす。
「何かあっても……
帰る手段があるかどうか」
ルージュは包帯の手でラニの頭を
ぽんぽんと優しく叩いた。
「動かねーと、餓死するだけ、
だかんな。って……早いな!?」
カロンはすでに
廃材でテントまで作っている。
「簡易だよ。必要に応じて
ちょこちょこ手は加えるけど
こんなもんだろ?」
「生き残る術は敵わねーな」
ハッハッハと豪快に笑うルージュ。
「近くに水場があれば
言うことはないんだけれどね」
ローラは周囲を霊視し始めた。
「なんか見えたか?」
「おお、やはり我々は
強運に守られているようだよ。
飲めるかはわからないが、
水があるね。
水道管……かな?
随分と整備されていたようだよ」
建築物群の中に今でも
水が通っているというわけだ。
「お、やったぜ。
ひどい毒素でも入ってなけりゃ
濾過と煮沸でいけるだろ」
ラニが周囲を見回す。
「シティと全然違うなぁ……
あ、手伝いますよ水汲み」
ルージュも興味深そうに奥を見据える。
「遺跡の様な面してる割に……
水道施設があると……。
荒天に守られ……
超技術の戦艦に守られ……。
……そう考えるのは早計が過ぎるか」
思案している間にカロンとラニは
手早く準備を整える。
「んじゃ船長は火の番よろしく~。
その手じゃ水汲みなんて
できねえだろ」
自分も具合の悪そうな顔でローラが言う。
「だいぶ血を使ったからね、
しっかりと食べて飲んで
休まないと倒れてしまうよ」
念を押すラニ。
「じっとしててくださいね、船長。
……じっとしてるの苦手そうですけど」
ルージュは少し考え込んでから
ぽつりと言った。
「……慣れないな」
カロンとラニが奥へと進み、ルージュは
インペリアルフローレスに近付く。
「……致し方の無い事だ」
ぽんぽんと労うように船体を叩き、
そう呟いた。
「長く乗っていた船なのかい?」
背後からローラが尋ねる。
「長く、か。
あたしは、長くは乗ってない。
あたしはな」
振り返らずに答えた。
「……まぁ、縁者から譲り受けたものさ。
巡り巡って… …こいつは、
あたしのもとにやってきたのさ」
想いの込められた言葉。
「人を運ぶ事。
それが船の使命なのだとしたら、
コイツはばっちり
果たし切ってくれたさ」
そう言って振り返る。
「ははは、そうだね、こんな
見たことも聞いたこともない場所へ
我々を連れてきたんだ、偉業だよ。
まぁ、欲を言えば
帰路にも付き合って
もらいたかったけれどね」
ハッハッハと船長は笑う。
「歯に衣を着せぬその物言い、
好きだぞ? ローラ」
そう言って、もう一度疲れた笑い声。
しばしの沈黙。
「……故あって、
今はまだ話すべきじゃない、
詳しくはな。
面倒事は避けたいのさ」
神妙な面持ちでそう言うと、
不意にニカッと笑った。
「ところでローラ。空の旅は
何度か経験があるといっても、
ここまでの荒天は初めてだろう?」
もちろんだともと笑い返すローラ。
「あんな竜巻の中を航行して
無事だった探空士なんて
数えるほどしかいないのではないかな。
そういう意味でも
偉業を果たしたんじゃないかな
インペリアルフローレスと我々は」
「……そうか。
の、わりには?
無茶苦茶肝っ玉が据わってたよなぁ。
なんだ? 血筋ってやつか?」
敢えて家族の話を持ち出してみる。
「ふむ、おじい様は豪胆な方だったよ。
親父殿は奔放なだけだったけれどね。
そう言う船長こそ
随分と修羅場に慣れていそうだ」
さらりとかわされ、逆に探られる。
濃い時間を共に過ごした仲だが、
お互いの事はあまり知らない。
「ちと、治安の悪ぃ
日陰での暮らしが長かったからな。
慣れは多少ある」
傷だらけの腕を見せる。
「驚かせたか?」
意に介さず返答するローラ。
「私は魑魅魍魎の巣食う
上流階級暮らしだったからね。
違う意味で色々な状況に
出くわすのには慣れてるんだ」
ルージュは面白そうに笑った。
「この先、面倒な交渉もあると思うが……
矢面に出さざるを得ないな、コレは」
ローラは涼しい顔をしている。
「交渉か、得意な方ではあると思うよ。
ただ、そうだね……
生きる世界が違えばルールが違う。
相手によってはカロン君や
ラニ君の方が適任だろう。
まぁ、商人やら貴族やら役人やらが
相手なら任せてくれ」
気負いもなく自信を覗かせる。
「ハハハ!
……頼りにしてるぜ、ローラ」
この後ふたりは墜落した
インペリアルフローレスを
今一度検めた。
竜骨が折れている。
何をどう足掻いても
この船はもう飛ばない。
機関はボイラーが消滅している。
クランクやらは残っているが
燃素の焚きようがない。
ただし、他は意外と
無事なパーツが多かった。
もっとも、帰還手段が無いことは
動かしがたい事実だ。
「………そうだ、ローラ。
ちと、付き合ってくれるか?
これはワガママってやつなんだ」
包帯の巻かれた手で
元操舵室の方を指し示す。
「いいとも、何をするんだい?」
「……手に馴染んだものは、
そう簡単に捨てたくないだろ?
操舵輪の廃品回収さ」
革張りの操舵輪。
汗と血の染み付いたそれを
どうしても持って帰りたかった。
「ああ、なるほど、
それは素敵な考えだ。いいね」
意図は伝わった。
壊れたインペリアルフローレスに
再び入っていき、
ふたりで舵輪を取り外す。
不思議と手に馴染むそれは
陽光に照らされ、鈍く輝いて見えた。
「すまねぇな。やっぱしっくりくるのさ」
この言葉はローラに向けたのだろうか。
前の持ち主にだろうか。
インペリアルフローレス号にだろうか。
残骸を出て、火の前に座り、
包帯の手で操舵輪を撫でる。
ひとりになりたそうだ。
ローラはカロンとラニを追った。