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傀儡人形相克エレジー3

これはビーストバインドトリニティのリプレイ小説です。GM夏風が、あらかじめ提出されたキャラクターシートを元に作ったシナリオのため、再演は無いのでネタバレを気にせずに読んでいただけます。

―――――――――――――――――――

モルスは目を覚ます。
ここ2ヶ月の間に何度も見た天井。
メンテナンスを受ける時、人間らしい機能を加える改造の時、そして初めてここに来た修理の時。

修理――
モルスは姉たちの襲撃を受けて機能停止したはずだ。
蘭を守れなかったはずだ。
なのにどうして、ここで目を覚ますのだろう?


「目が覚めたみたいね。どう? 体におかしなところはない?」

モルス目を開く。
本来見えるはずのない目を。
思い出すことを思考が阻む、どうしてこうなったのか?

モルス
「蘭……?」

名前を呼んで手を伸ばし、その伸ばせた手に疑問を持つ。

モルス
「あ……あああああっ!! いやだ!! 嫌だ!! なんで! なんで生きてるっ俺は!」

モルスは突如悲鳴を上げて頭を抑えるた。
どうして自分は死んでいないのか。
暗く、黒く、冷たいところまで落ちていったというのに。

不意に最後に聞いた音を思い出す。

「お……ねぇ……ちゃん?」

たまらず蘭の肩をつかんで引き寄せた。

モルス
「お姉ちゃんたちはっ!? あの後どうなった!? あの俺たちを愚弄しやがったクソ野郎はどこだっ!!」


「混乱しているようね、安心して、モルスさんは私が死なせないわ、怖がらなくていいの」

なすがままにされながら、蘭は冷静に言った。

モルス
「お…れは…し……なない。はは……そうだ。クソがっ!!!」

現状への嫌悪感が心の中が騒ぎ立てる。

モルス
「お前らは大丈夫なんだな? ……お姉ちゃんたちは?」


「お姉ちゃん? ごめんなさい、話が見えないわ。侵入者と相討ちではなかったの? 戦闘の音が聞こえたあと、静かになってから見に行ったら、モルスさんだけが倒れていたのだけど……」

蘭は不可解といった表情で考え込む。

モルス
「ちげぇよ。侵入者が俺のお姉ちゃんたちで……殴りたくなくって」

ギッときしむ心に体が反応して近くにあった機材を乱暴に殴る。

モルス
「なのにっ!! あのクソ野郎はどこだ!! あんな俺たちをまるで人間じゃねぇみたいにっ!! 俺のお姉ちゃんたちはっ!!」

そこまで一気に言って言葉に詰まった。

モルス
「俺が、ちゃんと戦って止められてたら、こんな事にはならなかった……?」

蘭を掴んでいた腕がパタリと落ちる。

モルス
「おれに……力があったら……?」

ブルカ社から譲り受けた最新の機材が完全にダメになってしまったのか確認しながら蘭が聞き返す。


「モルスさんの姉妹機と戦ったの?」

モルス
「……あぁ。お姉ちゃんたちが来て。ペトルーシュカを連れてくって……。そんで……俺はろくに戦えもしなくてやられて、その後に誰か知らん野郎がきて……意識がなくなった」

ほんの少しだけ落ち着いた気持ちが、悔しさに染まり、ポツポツと言葉を漏らす。


「メルキセデク以外の第三者……」

そんな時に、にゃーという鳴き声が響く。


「あら、可愛い。いつもの子と違う子ね」

蘭はしゃがみこんで突然の闖入者、麦に手を伸ばし体を撫でる。


「にゃ!」

うむ、苦しゅうない、もっともっとと言うようにぐいぐいと掌に体と頭を押し付けた。


「あら……? あなた、ただの猫じゃないのね。お話はできるのかしら」


「トーゼンにゃ! 吾輩は賢い猫又にゃ!」


「昼の世界の付き合いだけでは個人でサイボーグを扱うことはできないわ」

蘭は立ち上がり、モルスの体に優しく触れる。


「この体は本来ならオーパーツ。ブルカやメルキセデクが夜の世界に通じているからこそ生まれた技術なのよ」

モルス
「……わかってる。本当ならありがたがれってんだろ。お姉ちゃんたちも……そう言うんだっ!! 生きてるだけでって!! クソ食らえっ!!」

悲鳴のように怒鳴り散らす。

モルス
「んで猫!! てめぇはなんの用でこんなとこまで来たんだよ、ここは私有地だ!!」


「にゃ? 騒がしいにゃ……。ニンゲンの家にゃら吾輩入っていいに決まってるにゃ。吾輩、ニンゲンのお願い叶えてやりに来たにゃ! えへん!」

蘭は麦の言葉に首を傾げてから先程の話を続ける。


「私はこの技術を一般的なものにするつもり。ブラックボックスをすべて科学で解明して、誰もが簡単には死なない世界にしてみせるわ」

決意を述べる“ペトルーシュカ”の研究室にリンが入ってくる。

リン「――なるほど、今回の護衛対象は結構な夢を持っているようだね。だからこそ、ボクのような奴にお声が掛かった……か」


「初めまして――」

蘭はリンを見ると一瞬複雑な表情を見せた。


「護衛の依頼を受けてくれてありがとう。でも、依頼は叔父が勝手に出したもの。モルスさんがいるから、あまり気負わなくても大丈夫よ」

リン
「……いや、その依頼をキャンセルされたとしてもボクはここに来たさ。ずいぶんと姉思いの弟さんが居いるようだしね」

モルス
「……依頼? なんの?」


「襲撃があったから叔父さんが私の護衛依頼を出したのよ。それにしても……」


「リンさん、私、きっとあなたに一度会ったことがあるわ。忘れたくても忘れられない出来事の直前のことだもの。2年前、デパートで家族と買い物をしてた時に、私が落としてしまった帽子を拾ってくれたでしょう?」


「って、そうね、私は成長期だもの、小学生の時と今では違って見えても仕方がないわね」

リン
「……そっか。まだ、ボクがニンゲンだった頃を知ってくれる人がいるとはね……」

リン
「……改めて、自己紹介をしようか。ボクはリン・フレット、ハンターズギルド所属の半魔さ」

リン
「で、そちらと、猫ちゃんは……?」


「自己紹介! 吾輩知ってるにゃ! 吾輩は可愛いだにゃ!」


「可愛い……?」


「にゃ! ニンゲンはみんな吾輩のこと可愛いって呼ぶにゃ! 吾輩人気者にゃ!」

リン
「なるほど、可愛いちゃんね……」


「確かに可愛らしいけれど、それが名前……?」


「む、可愛いが嫌なら麦でもいいにゃ。ニンゲンは麦とも呼ぶにゃ」

モルスはというと、 猫のカワイイとやらが自己紹介している間、リンから目を離せないでいた。
ニンゲンだった頃という言葉がまた心を抉る。

モルス
「……いらない!! 依頼を聞く良い子ちゃんの人形なんて俺たちには必要ないっ! 俺はお前なんかとは違う! 人間だ!! 人形の助けなんかなくても……俺が強くなれば他に何もいらないっ帰れっ!! 兵器も道具も俺たちには必要ないっ!!」

リン
「……ああ、そうか。……必要ない、そうキミは言ったね」

リンは胸部装甲を展開、魔銃、希望の星光“エスペル”。自身の心臓でもあり相棒でもある拳銃を手に取る。

リン
「ならば、証明してみせなよ。キミが必要ないと言うのなら……それだけの力がある事を。表に出なよ、ここじゃ狭いでしょ?」

あまりに悠長なその物言いに、モルスはキレた。

モルス
「表に出ろだぁ? てめぇが俺をボコれるって自信があんならここでかまわねぇだろうがっ!! かかってこいよ、クソ人形!! その悠長なツラ二度と見せらんねぇ顔にしてやる!!」

リン
「……はあ、これはもう言葉は必要ないね」

リンはため息と共に手にした相棒の照準をモルスに向けた。
狙いは動きを止めるためのヒザ。


「奥のサーバーだけは壊さないでね」

モルス
「痛っ!!」

避けようと確かに動いたものの、弾が膝をかすめて痛む。
人間らしい体のために、蘭がわざわざ取り付けた痛覚センサー。
だが、お構いなしに距離を詰める。

モルス
「ニンゲンじゃねぇものなんかっ! 俺たちに必要ねぇんだよ!!」

至近距離で振り抜いた拳は、わずかに電撃をまとっていた。
リンは瞬時に回避が難しいことを悟り、ダメージを最小限にするために体をひねる。
しかし、電撃が体中を駆け巡り、動きを阻害されてしまう。

リン
「ぐぅ……! なかなか、やるね!」

リンが拳銃を構えなおそうとしたその時、翔が研究室に駆け込んできた。


「やめてよモルスもリンさんも! ふたりで姉ちゃんを守ってくれるんじゃないの!?」

モルス
「……クソっ!!」

モルスは行き場を失った拳を引っ込め、先程まで寝ていた作業台に音をたてて座る。

リン
「……ふう、落ち着いてくれたか。驚かせてゴメンね翔くん」


「翔、この部屋には入らないでと言ったでしょう。危険なものもあるのだから」

意外なほど冷たい声。


「ご、ごめん……」

翔は泣きそうな顔で謝ると、部屋を出ていこうとする。
モルスはそれを制して立ち上がる。

モルス
「いいんだよ、俺がいるんだから」

翔を抱き上げて座り直した。

モルス
「納得したわけでも認めたわけでもねぇ。ただ翔が喧嘩すんなって言うからそうするだけだ」


(にゃんかいきなり暴れだしていきにゃり終わったにゃ……)

リン
「……ん、そうしてもらえるならそれでいいさ。それに……ボクたち半魔は、自らのエゴを絆という鎖で縛りつけて日常を生きている。翔くんがキミにとっての鎖になるなら……それでいい。誰かのために戦う、それがキミがキミであり、魔物ではなく人間として生きるという証明にもなるしね」

かつて絶望の海を漂っていた自身の過去をリンは思い出していた。

モルス「俺は人間だ! 魔物だとか半魔だとかっ、てめえらの都合の言葉を押し付けんじゃねぇ!」


「モルスさん、翔に聞かせられない話もあるわ」

モルスは強く舌打ちをした。

モルス
「蘭も!! いつまでコイツを、翔だけがいつまでひとりぼっちで蚊帳の外にいなきゃなんねぇ! 俺たちは家族なんじゃねぇのかよ!!!」


「いいよモルス……。僕はまだ子供だから……。わかんないことばっかりだから……」

翔は立ち上がると一度振り返り、姉の顔色を窺うように視線を向ける。
無表情から何かを読み取ったのか、それとも読み取れなかったからこそか、悲しそうな顔で部屋を出ていった。


「夜の世界のことを知らせるのはまだ早いわ」

モルス
「そうかよっ!!」

翔が抜けてった温もりをモルスの指先は追いかけたが、そのまま座りなおした。

リン
「……で、ボクに依頼が来るほどだから相当な状況になってるとは思うんだけど。その状況を作る原因とかはあるのかな?」


「そうね、モルスさんに襲撃の状況を確認している途中だったわ。メルキセデクのサイボーグ、モルスさんの姉妹機が、私を狙ってきた、ということで合っているかしら」

モルス
「そうだよ。それ以外は俺は何もしんねー。蘭の腕なら貢献できるからって言ってたけどそれが本当かは実際わかんねぇからな」


「メルキセデクからは何度もうちで働かないかと誘いを受けているけれど、断っているわ」

リン
「そうだね、それで良いと思うよ。……2年前のあの後、奴らが何をやったか知らない訳じゃないよね?」


「ええ、私は2年前の事故で両親を失ったわ。メルキセデクが起こした事件だということも知っている。人間は簡単に死んでしまうわ、父が庇ってくれなければ、私も死んでいたでしょうね。生かされた私には生きていく責任があるの」


「科学はいつか死をも乗り越える日が来るわ。そのために、私は研究を続ける」

リン
「……そう。なら、ボクはその研究が上手くいくことを願っているよ。ボクみたいな存在が、いなくなるかもしれないから……ね」

そう言ってリンは視線を麦に向け、膝をついて顔を近付ける。

リン
「……で、キミはどこから来たのかな? ここは危ないから、出来れば退避してほしいんだけど……」


「にゃ? 吾輩は、にじゅうねんごから来たにゃ! ニンゲンに頼まれたからにゃ!」

えへんと胸を張る。


「20年後? 未来からということ? 頼み?」

リン
「……20年後? と、いうことは……キミはストレンジャー、時空を超えてここに来たのかな?」

モルス
「20年後ね……。ニンゲン、そこら辺にいるのの大概はニンゲンじゃねぇの? もう少し名前とかねぇの? かわい……あー、麦でも通じるんだったか?」


「すと……?」

麦はきょとんと首をかしげてから、まあいいやと話を続ける。


「お願いされたにゃ! だから吾輩、ニンゲンのこと助けてやるにゃ! ニンゲンはニンゲンのわりに賢いからにゃ! たいむましーん? とかいうのに吾輩乗せられたにゃ!」

そこまで言ったところで乗り心地が最悪だったことを思い出し、蘭に抗議する。


「……ムム、そうにゃ! 吾輩、あんなにひどい目に遭うにゃんて聞いてないにゃ! ひどいにゃ!」


「私? 未来の私がタイムマシンを……?」

いつも無表情の蘭が珍しく表情を曇らせた。


「それは悪い報せね。過去を変えなければならないほどに、未来の私は難局に直面するということだもの。それに……」

モルス
「それに? それに、なんだよ」


「にゃ?」


「2年前、事故の前日、携帯にショートメールが届いたの。半角のカタカナで『アシタデパートデパパトママガジコデシヌカラトメテ』って。あとになって事故についての警告だったとわかったけれど、当時は性質の悪いイタズラとしか思えなかったわ」


「タイムマシンの話を聞いた今なら推測できる。おそらく、未来の私が過去にデータを送る技術を編み出すのでしょうね、たった16バイトだけれど。でも、運命は変わらなかった。だから、あなたが送り出されたのでしょう?」

蘭は麦をまっすぐに見つめる。


「よくわかんにゃいけど、吾輩、ニンゲンが悲しそうだったからお願い聞いてやったにゃ! まあ安心するにゃ! 吾輩、ちゃ~んと助けてやるにゃ! そしたらまた日向ぼっこできるにゃ!」


「つまり……今、この時に来たことに意味があるというわけね。モルスさんの姉妹機による再襲撃はあるものと考えて行動した方が良さそうだし、対策を練るために情報収集をお願いしてもいいかしら。私は研究を止めるわけにはいかないから、すべてお任せしてしまうことになるけれど……」

リン
「ん、それは構わないよ。それに、今のことが事実なら……いや、なんでもない、すぐに行動に移るよ」

リンはメフィストフェレスの言葉を思い出した。
死期が近いという悪魔の予言を。

かくして、半魔たちは交代でペトルーシュカの護衛をしながら情報を集めることになるのだった。

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