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傀儡人形相克エレジー2

これはビーストバインドトリニティのリプレイ小説です。
GM夏風が、あらかじめ提出されたキャラクターシートを元に作ったシナリオのため、再演は無いのでネタバレを気にせずに読んでいただけます。

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リン・フレットはハンターズブラッドから科学者護衛の依頼を受けた。
護衛対象の名前は“ペトルーシュカ” 経ヶ辻蘭。
ここ2年の間に夜の世界でもよく知られるようになった弱冠14歳の天才少女科学者だ。

依頼人はその叔父である経ヶ辻貴文。
なんでもメルキセデク社に狙われているらしい。

サイボーグ技術をはじめとした様々な最新テクノロジーを保有し、夜の世界への影響力も大きい大企業。
リンとの因縁浅からぬ、あのメルキセデクだ。

リンは手元の端末の中に突っ込んだ今回の依頼データを見る。

リン
「まったく……ボクにこんな依頼が来たのもある意味運命、か」

慎重なリンは依頼に裏や誤謬が無いか事前調査を行う。
その最中、通りがかった公園で、ぶらんこを揺らしながら泣いている少年を見かけ、一瞥して気付いた。
その少年は今日まさに顔写真を確認した経ヶ辻翔、護衛対象の弟だ。

リンは泣いている子供があまり好きではない。
何故か? それは無力な過去の自身を思い出させ、そんな子供を放って置けない自分をも自覚させるからだ。

それでも彼女は少年に近付いていく。
そして、目線を合わせて声をかけた。

リン
「……ねえ、何かあったの?」

少年は慌てて半袖の肩で涙を拭き、ぶっきらぼうに応えた。


「誰だよあんた」

リン
「ん、お節介な通りすがりのおねーさんだよ。これでも使う?」

そう言ってハンカチを差し出した。

強がってみせた少年だが、まだ涙がこぼれ落ちる。


「モルスが……姉ちゃんを守るって約束したやつが、死んじゃいそうで……姉ちゃん、僕には構ってくれないけど、モルスには違うから……」

涙が頬を伝い、嗚咽が混じり、言葉は不明瞭になっていく。


「独りぼっちに……なっちゃうから……」

リン
「……そう」

リンは数年前に事故で亡くなった両親の姿と、人間として死んだ自分のことを思う。

失ったことを受け入れられず、独り夜をさまよい……荒れていた時期もあった。
だが、そうしていても、失ったものは帰ってこない。
過去は帰ってこないと気付かされた。

リン
「……独りぼっちになるのは、とっても寂しいよ。でも……お姉ちゃんは、きっとキミの事を見てなかったとしても、心の中ではキミをずっと思ってる、はずさ。キミもお姉ちゃんの事を思っているからこそ……ここで泣いてたんでしょ?」

その言葉を聞くと、翔は何かに思い至ったように表情を変える。
そして、泣き顔を見られるのが恥ずかしくなったのか、そっぽを向いてぶらんこを下り、公園の外へ駆けていった。

リンはその背中を何も言わずに見送った。

リン
(帰る場所があるということは、とても幸せなことだから。

メフィストフェレス
「けなげなものですな」

公園に住む、燕尾服を着た奇妙なホームレスが話しかけてきた。
彼はホームレスを装っているが正体は地獄の大公。
名前はメフィストフェレス。

池袋で最も力を持つ半魔のひとりであり、“池袋の夜”と呼ばれる闘技場の主だ。
池袋で起こっていることはほとんど知っている。

地獄の道化師であるという重大な欠点を除けば、これ以上ない情報源だろう。

メフィストフェレス
「ご機嫌ようガーネット嬢。ペトルーシュカ嬢の護衛依頼を請け負ったそうですな」

リン
「……いつも通り神出鬼没だね、メフィスト公。住処のダンボール城にいるんじゃないの? まあ来てくれた事には話が早くて助かるけど」

メフィストフェレス
「グレモリーという、吾輩の同業者をご存じですな?」

地獄の公爵グレモリー・ガエネロン。
こちらも地獄の道化師だ。
中でも相当に性質の悪い部類の。

リン
「ああ、知っているよ。契約にうるさい、昔気質の大悪魔だとね。……目の前にいる悪魔とは、別の意味で面倒だと思うよ」

その目の前の悪魔は、はははと笑う。

メフィストフェレス
「池袋で勝手をするなと、何度も釘を刺しているのですがね、性懲りもなく自前のゲームを進めているようで。先日もサイボーグ同士の争いに何やら介入させましてなぁ……。あぁ、貴女が受けた依頼の件ですとも」

リン
「……まったく。ただの護衛依頼で終わらないとは思ってたけど……これはなかなかに面倒な事になりそうだね。そうなるように運命を捻じ曲げでもしたのかな? 地獄の大公殿?」

メフィストフェレス
「まさか!」

悪魔は大仰に驚いて見せた。

メフィストフェレス
「吾輩はグレモリーの干渉を快く思わぬ身ですゆえ、貴女にひとつご忠告をと思った次第なのです。この情報は特別にタダで構いませんぞ」

地獄の大公はニコニコと微笑んでいる。

リン「……悪魔の言葉でタダとは、とんでもないババの間違いじゃないのかな? ……いいさ、せっかくのサービスだ、聞かせて貰うよ、その忠告を」

メフィストフェレス
「えぇえぇ、是非ともご注意を。それと……もし、もっと何か知りたいことがあれば、情報料を支払っていただければ、ナンでもお答えいたしますよ? 情報料は……リングに上がっていただくことになりますが、貴女にではありません。飢えた野獣のような闘士を見つけましたら、是非ともご紹介いただきたく。……その闘士が契約を結んでくださるのであれば、知りたいことをお教えいたしましょう」

リン
「やっぱりババじゃないか。結局のところ、新たにひとりの半魔が戦う理由を作れ、それが代価だとは、相当な厄ネタじゃないか、メフィスト公が持っている情報は」

悪魔はにこりと笑うと、それではご機嫌ようと言って公園の片隅のダンボールハウスに向かってゆっくり歩きはじめる。

メフィストフェレス
「ああ、そうそう。貴女ではなく別の闘士を紹介していただきたい理由なのですがね」

メフィストフェレスは立ち止まって何の感慨もなく振り返らずに言う。

メフィストフェレス
「ガーネット嬢。貴女、いよいよ死期が近いですぞ」

リン
「……そう、かの公爵殿にそう言われるとは、ありがたい話だよ」

リンもメフィストフェレスに背を向け歩き出す。

リン
「……だけど、それは今じゃない。まだ、ボクは死ねない……。死ぬ理由を、今は望まないよ」

―――――――――――――――――――

女の声
「お願い、どうか私の――」

タイムリープ。
時間跳躍。
過去への旅。

タイムマシンの中の狭い空間。
それこそ猫一匹ようやく押し込められるとても狭い場所から亜空間への放出。
胃袋が裏返って口から出るのではないか、そんな風に思うほどの不快な浮遊感。

そして唐突に感じる重力。
猫の三半規管をもってしても、上も下も前も後もわからない状況から不意に投げ出されたのだからたまらない。

麦は石畳の地面にどてっと叩きつけられてしまう。

体がアツい。
ニンゲンの姿になって汗をかいた方が少しでも早くラクになれそうだ。


「うにゃにゃ……」

ムム、と力を入れると尻尾がぼわりと膨らみ、猫が少年の姿に変わる。


「ひどい目に遭った! あんなんだって聞いてない! ひどい!」

仰向けに倒れ、ムムと眉間にしわを寄せているところに青白い顔が覗き込む。

祐子ちゃん
「うわー、すっごい汗、大丈夫? 具合悪い?」

雑司ヶ谷霊園の古株の幽霊、祐子ちゃん。
猫又である麦は彼女を知っている。


「にゃにゃ! にゃに……にゃ~んだ。ユウレイか」

祐子ちゃんは自分を知っている様子の猫又に首を傾げる。

祐子ちゃん
「あれ? 私、キミと会ったことあったっけ? うーん、100年近く幽霊やってるけど、記憶力はいい方なのが自慢なんだけどなぁ。ごめんね、名前教えて! きっと思い出すから!」


「ム。まったく、これだからニンゲンはしょうがないにゃねえ。吾輩は猫又の可愛い! ちゃ~んと思い出すにゃ!」

祐子ちゃん
「河合さん? 私は祐子……って知ってるんだよね」

祐子ちゃんは首を傾げる。

今が20年前なら、麦はまだ猫又ではないただの猫だった。
ならば彼女が知らなくても当然だろう。
過去へのタイムリープは成功したようだ。

しかし、はたして狙った日付に来られたのだろうか?


「可愛いにゃ! 耳も悪いにゃか……」

麦は憐みの眼を佑子に向けた。


「まあいいにゃ。吾輩、ご用事済ませにきたにゃ。今日はいつだにゃ?」

祐子ちゃん
「かわいい……?? あ、今日? ✕✕年8月10日だけど……えっ、なになに? もしかして未来から来たストレンジャーだったりするの?」

ちょうど20年分の時間遡行に見事成功したようだ。


「すとれんじゃー? よくわかんにゃいけど吾輩、20年後から来たにゃ! 流石吾輩、すごいにゃ! お願い、叶えに来たにゃ!」

ふんす、と胸を張ってドヤ顔で応える。

祐子ちゃん
「20年かぁ……私、まだ幽霊ってことだよね。成仏できてないってことだよねぇ、うわぁ、幽霊歴100年超えちゃうかぁ」

祐子ちゃんはがっかりした表情をしたあと、気分転換とでも言いたげに別の話題を投げかける。

祐子ちゃん
「それで? あなたは何しに過去まで来たの?」

麦は気付く。
記憶が混濁していて思い出せない。
あのニンゲンは自分に何を頼み、過去へと送り出したのだったか。


「にゃ? そんなの当然……」

こてん、と首をかしげる。
反対側に首をかしげる。
ムムム、と唸る。


「わかんにゃい!」

かっと、目を見開き堂々と宣言した。

祐子ちゃん
「ええー? せっかく過去に来たのに何するかわかんないの? それは大変だねぇ。そういうことなら協力してあげようか。私、けっこう噂話に強くてね、何か知りたいことがあったら、噂を集めてあげる。何か思い出したら頼っちゃっていいよ! 半魔は持ちつ持たれつ、困った時はお互い様だからねー」


「にゃ? 本当にゃ!? ありがとにゃ!」

喜びに目を輝かせて笑う。


「まあ吾輩にかかればお願いなんてちょちょいのちょいのはずにゃけど、吾輩は子分のコーイを無下にしない猫又にゃ!」

祐子ちゃん
「子分ね、はいはい。とりあえず、知り合いが今の時代にいるなら会いに行ってみたら?」


「にゃるほど! ………わ、吾輩も今そうしようと思ってたところにゃ! 本当にゃ。……ま、まあとにかく、そうと決まればすぐ行くにゃ! きっと吾輩が会いに行けばニンゲンも喜ぶしにゃ!」

祐子ちゃん
「じゃあ、またねー」

祐子ちゃんに見送られ、麦は霊園をあとにする。目指すは自分を送り出したあのニンゲンの家。

ニンゲンの姿のまま歩いていくと、確かに記憶通りの家があった。
経ヶ辻という表札の掛かった大きな一軒家。

入ろうとすると、ちょうど玄関から男が出てきた。

貴文
「おお、来たか。ハンターズブラッドに依頼した護衛だな?」


「にゃ? 何言ってるにゃ? 吾輩ははんたあず?とかよくわからないやつじゃにゃくて、可愛いにゃ!」

ふんすと胸を張るが男は険しい顔をする。

貴文
「ふざけているのか? 今は大変な状況なんだ、帰れ!」

門前払いされてしまった。

しかし、門を閉じられようとも麦には関係ない。
猫の姿に戻れば塀もひとっ飛びだ。


「にゃ! シツレーなニンゲンにゃ! まったく、余計な手間がかかったにゃ」

ぷんすこ怒りながらムム、と今は見えない尻尾に力を入れた。


「……うにゃ!」

慣れた四つ足の獣の姿を取る。
やはりこちらのほうが身軽に動ける。


「よ~し、行くにゃ! 待ってるにゃニンゲン!」

言うが早いか地面を蹴り、あっさりと塀の向こうに侵入する。
庭に降り立つと、目に入るのは見慣れた縁側。
ニンゲン……ランとよく日向ぼっこするお気に入りの場所だ。

そこには今、小学生ぐらいの男の子が座っている。
子猫の頃に見た覚えがある気がする。


「……にゃ?」

とてて、と近づいていく。
さっきの幽霊はニンゲンだけど幽霊だから猫がしゃべっても驚かない。
しかし、今目の前にいるこの小さいニンゲンは多分、ただのニンゲンだから猫がしゃべると驚くだろう。
ニンゲンは肝が小さい生き物だ。
仕方がないので合わせてやることにする。
麦は寛大な猫又なのだから。


「にゃ~!」

小さいニンゲンの足元にちょこんと座り、声を上げる。


「あ、猫だ、可愛い。最近来る子猫に似てるけど、あいつのパパかママ?」


(にゃんだ、吾輩のことを知ってるニンゲンか。仕方にゃいから撫でさせてやってもいいにゃ)

ずい、と頭を突き出し、にゃ!と鳴いた。

少年、翔は嬉しそうにその頭を撫でながら、独り言のように語り掛ける。


「なぁ、猫。うちにサイボーグがいるんだけどさ、死んじゃいそうになったのを姉ちゃんがあっという間に治してさ、今日にはもう元気になるんだって」


「にゃ?」
(さいぼーぐ? よくわからにゃいけどあんまり美味しそうじゃないにゃ。元気になったならいいんじゃにゃいか?)


「普通の人間もあんな風に簡単に治ればいいのにね。でも僕、安心したんだ。これで姉ちゃん、独りぼっちにならなくて――」

玄関先から話し声が聞こえてくる。


「あっ、今度こそ来たんだ姉ちゃん守ってくれる人!」

少年は縁側から室内へと入り、玄関へと駆けていった。


「にゃ!?」

撫でられていた手が止まり、立ち去られたことに麦は憤慨する。


(吾輩を撫でる以上に大切なことはにゃいというのに! まったく、なってないニンゲンにゃ。……仕方にゃい)

麦は開け放たれた扉をちらと見やると、軽い足取りでくぐり奥へと進む。
勝手知ったる“ペトルーシュカ” 経ヶ辻蘭の研究室へと向かっていった。

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