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遺し遺され黄昏カデンツァ5

これはビーストバインドトリニティのリプレイ小説です。GM夏風が、あらかじめ提出されたキャラクターシートを元に作ったシナリオのため、再演は無いのでネタバレを気にせずに読んでいただけます。

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半魔たちは雑司ヶ谷霊園に足を踏み入れる。
紗絵は知らなかったようだが、彼女が道を尋ねた幽霊は有名人だ。

稲荷
「久しいのう、祐子や!」

祐子ちゃん
「あ! 稲荷ちゃん、どうしたのー?」

稲荷
「人探しをしていてのぅ」

祐子ちゃん
「あ、昨日の子だ、無事会えたんだね」

紗絵
「ありがとうございました!」


「夢蝕みの女性を探していて……」

帳は葵の特徴を伝えた。

祐子ちゃん
「うーん……あの人かなー、弟さんのお墓参りによく来る綺麗な人がいるんだけど」


「多分その人です! 今場所わかりますか!?」

祐子ちゃん
「ちょっと待ってね、みんなに聞いてみる」

バケツリレーのように地縛霊や幽霊たちの口コミが行き交い、しばらくして目撃情報が届けられた。

祐子ちゃん
「あー、近くの公園に向かうの見たって!」


「本当ですか! ありがとうございます!! ふたりとも、わかったって!」

刹那
「そうか、思ったよりも早かったな」

稲荷
「流石祐子! 有能!!」

祐子ちゃん
「私は教えてもらってるだけだよ~。きっと大変なことが起きそうなんでしょ? 頑張ってね!」


「ありがとう!」

祐子
「うん、また何かあったら頼ってね、持ちつ持たれつだから」


(……いなりんとせっちゃんにとっても大切な戦いになる。だったら俺が下手打つ訳にはいかないよな)
「葵さんを依り代になんかさせないぜ!!」

―――――――――――――――――――

夕暮れの公園。
逢魔ヶ刻に佇む影はふたつ。

人間の父と魔物の母を持つ女性。
人間として生まれ魔物に育てられ、ついには力に覚醒してしまった少年。

礼二
「葵さん、どうして俺を止めるんだ。俺なら奴らを皆殺しにできる」


「私も彼らが憎いです。ただ、何かがおかしい……憎しみを何者かに煽られているような、そんな感覚がある気がしてなりません」

礼二
「それは俺もわかってる。だけど、そのお陰で戦えてる。葵さんに会う度に、力が増していく気がするんだ。葵さんがいてくれるから、俺は戦えるし、強くなれるんだ。それに俺は、葵さんのことが――」


「ダメ。それ以上、言わないで。私はあなたに弟の影を重ねている。あなたが弟の仇を取ってくれていることに喜びを覚えてしまっている。あなたの気持ちを利用しているだけの悪い女なのよ」

礼二 : 「構わない。俺はそれでも構わない」

その言葉を聞いてすぐに、葵の体から炎のようなモヤが立ち昇る。

半魔たちは、葵を探し、まさにその瞬間に公園に辿り着いた。


「あら? 礼二さん、お兄さんが迎えに来たみたいよ?」

葵の声色は、昨晩、帳が聞いたものと異なっている。

刹那
「礼二、見つけたぞ。家に帰るんだ。これ以上お前にその手を汚させる訳には……」

礼二
「兄貴、俺の復讐の邪魔をするなら、アンタだって容赦しない」


「葵さん、こんなことしていたってだめだ! 憎しみを糧に生きるような真似は、してはいけない!!」


「あら、ライメイギフト様、連れて来てくれたんですね、彼女を」

稲荷
「懐かしいのぅ。アヤ、あれはどの程度まで侵食されておるか解るか?」

あやしび
「まずい、まずい、まずいですよ」

稲荷
「……そうか」

刹那
「礼二……俺はそんな事をさせるために、お前をこれまで育てたんじゃない! こんな血生臭い世界をお前に知ってほしくなかった! だから、俺は全てを闇に隠し……お前を夜の世界から遠ざけていた……! 何故、それを解ってくれないんだ! 礼二!」

礼二
「兄貴が俺に黙ってなければ! 俺に戦い方を教えてくれていれば! もっと早く奴らを殺す力が手に入ってたんだ!」


「あらあら、間違えてるわよ、礼二さん」


「葵さんっ!?」


「私、わかっちゃったの。神様がたった今、教えてくれたわ。あなたのお父さんを殺した本当の犯人は――」

刹那
「それ以上、聞くな礼二ぃ!!」

喉の奥から声を絞り出し叫んだ。


「いつまで騙してるつもりなの? 死神さん? 礼二さんは知りたがっているのよ? 真実を」

刹那
「伝える必要の無い真実もある、ただそれだけの事だ! 俺たち家族の間に入ってくるんじゃねえ!」

礼二
「何を言ってるんだ葵さん……真実ってどういう……」


「私が言ってもいいのだけれど……聞いてみたら? 今なら教えてくれるかもしれないわよ?」

礼二
「……兄貴、俺にまだ、何かを隠してるのか?」

刹那は言葉に詰まる。

刹那
(これだけは……これだけは言葉にする必要は無い。この秘密は、俺が消え去るその時まで背負い続けると決めているのだから)

礼二
「なんで、なんで黙ってるんだよ。俺に言えない秘密がまだあるってことなのかよ!!!」


「秘密があったっていいじゃねぇかよ!! 育ててもらったんだろ!! なあ刹那! そう言ってやれ!!」

刹那
「……ああ、そうだな。誰もが、仮面を被って生きている。その仮面は誰にでも見せる顔、誰かに見られたくない顔……そして、嘘を隠している顔」

刹那
「……誰もが、何かを抱えて生きている。俺だって……そんな、弱い存在なんだよ」

稲荷の体が神炎で彩られる。

稲荷
「人の子の願いを悪用し、この世に顕現した邪な神よ、昔と変わらんのぅ。その悪どいやり方。人の子を煽り戦わせる。余程自身で戦うのが怖いとみえる。のぅ火戦姫」


「今いいところだというのに、相変わらず空気が読めないのね。いいわ、そんなに事を急ぐなら、私から言ってあげる」


「礼二さん、そこの死神さんなの。あなたのお父さんを殺したのは」

礼二
「な、何言ってるんだ葵さん、いくら葵さんでもそんな冗談! だったらどうして兄貴は俺を育てたりなんかしたんだよ!」


「それ、だけは、言っちゃ、いけなかった、葵さん!!」

刹那は黙って下を向いてしまう。
その言葉が真実であると肯定するには十分だろう。

刹那
「……己の振るう刃の重みを知ったから、だ。死神の一人として、ただ機械のように罪ある存在の生命を奪い、何も考える事なく、この手を赤く染めてきた」

刹那
「だが、あの時! この手で奪った生命が連れていた存在から! おとうさんをかえしてと言われ、俺は己の罪を自覚した!」

刹那
「そして、俺は……俺は……誰も、殺せなくなった」

礼二
「嘘だ! 俺が兄貴を殺せないと思って、俺の復讐を止めようと思って言ってるんだろ! 葵さん!」


「礼二くん! 刹那がどんな人間かは君が一番知ってるんじゃないのか! エゴに呑まれるな! 帰ってこい!!」

刹那は帳の眼前に手をかざし、その先の言葉を遮った。
そして、ゆっくりと礼二に歩み寄っていく。

刹那
「礼二、俺は……お前が望むのであれば」

手を伸ばし、礼二のクロスボウを自分の左胸……心臓がある場所に押し当てた。

刹那「……お前に殺される覚悟は出来ている。だから……これ以上、罪を重ねるな。己のエゴに、流されるな」

葵が、いや、火戦姫がくすくす笑う。

火戦姫
「礼二さん、あなたのエゴは何? なんのためにこれまで努力してきたの? 戦いなさい、自分の信じるもののために」

紗絵
「い、稲荷様! 私にもわかります! 邪神の、火戦姫の力がどんどん強くなってるのを感じます!」

あやしび
「このままでは完全に顕現してしまいます……!」

稲荷は紗絵を制止するように手を伸ばす。

稲荷
「……信じるのじゃ。人の子の強さを」

一瞬、火戦姫の炎のような神気がふっと掻き消える。


「ライメイギフト様……。神殺しを……」

すぐに神気は元に戻った。

火戦姫
「あら、まだ話せたなんて、思ったより芯の強い人だったのね」


「ク、ソがぁ……。それって体は死ぬじゃないか!! 言ったじゃないか、殺さないならそうしたいって!」


「……ああ、わかったよ。わかった。刹那がこんだけ覚悟決めてんのに、俺だけ半端打てるかよ……」

帳「お前ら、するぞ!! 神堕としを!!」

刹那
「言われるまでもねえ……帳、お前はお前の成すべき事を成せ! 俺は、俺の成すべき事を成して礼二を連れて帰る!」

礼二
「あっ……お前、葵さんじゃないな!?」

火戦姫
「くすくす、もう遅いわ。とはいえ、こうも抵抗されると、まだ万全とはいかないわね……」

刹那
「礼二!」

刹那は咄嗟に手を伸ばし、礼二の肩を掴む。

稲荷
「妖し火よ!! 我が神力を糧にその力を存分に振るえ!! 好きにはさせぬ!! 火戦姫!!」 

妖しの炎が葵の体を焼き尽くさんと包み込む。

火戦姫
「言ったわよ、もう遅いって」

邪神は炎に包まれながら無邪気に笑うと、礼二の心に火を着ける。
青年の表情は獰猛なものに一変した。

礼二
「そうか、そうだよな、敵は殺さないといけないよな!!」

刹那に突きつけられているクロスボウの引き金を、ためらいなく引いた。

帳が刹那の名を呼び走り出す。

刹那
「っぐ……!」

矢の直撃を受け、たたらを踏んだ刹那だが、腐っても死神の身体だ。
この程度で倒れはしない。

刹那
「……わかったよ、礼二」

胸に刺さった矢をそのままに、息子に声を掛ける。

刹那
「思えばこれが、最初の親子喧嘩だ……全力で来い! お前のすべてを受け止めてやるからよ!」

虚空に穴を開き、その中に手を差し込んで死神の鎌が握った。
帳も走りながら着装機巧を起動する。

稲荷
「遅いじゃと? カッカッカ。最後になってみないとわからんじゃろうが。今一度相手をしてやろう、卑怯者」

火戦姫
「ふふ、表裏比興は戦国の習い。当然でしょう? さあ、始めましょう、血湧き肉躍る戦いを! 再び戦国の世を顕現させるから!!」

公園がドミニオンに侵蝕されていく。
ここは夕陽に染められた戦場。
無数の人骨の転がる荒野だ。

周囲の人骨が次々に起き上がる。
甲冑に身を包んだそれらは戦いの開始に喜び打ち震えている。

―――――――――――――――――――

稲荷
「妖し火よ、わらわは今一度、我が身を地獄に落とす」

昏き獄炎がゆらりと稲荷の周囲に漂う。

稲荷
「人の子の、美しき生を邪魔する輩に、我ら不知火が引導を渡してくれようではないか」

あやしび
「地獄の底までお供いたしますとも」

火戦姫
「美しき生? その身を燃やして戦い抜いて、花と散ってこその生ではなくって?」

稲荷
「笑止! 戦いしか見えていない……それが貴様の限界じゃ」

稲荷
「気合十分! 良かろう!! 来い! 我がもとに! 招来! 炎刀、天羽々斬!」

稲荷が右手を天に翳すと、古びた薙刀に火が灯る。
それを目掛けて火戦姫の戦鬼群が突撃してくる。

刹那
「させるか」

刹那が手にした生命ヲ奪ウ刃が振るわれ、火戦姫から戦鬼たちに供給される奈落の力が断ち切られた。

火戦姫
「……虚無の尖兵がなぜ?」

刹那
「ハッ、何を言っているんだか。お前が俺の家族を巻き込んだ……俺は虚無の尖兵でもなんでもねえ。大事な家族のために、かつて捨てると誓った死を今一度、振るうと決めた者」

刹那
「来い、かつて滅びた神よ。今一度、貴様に死を与えよう」

刹那は迫る死兵の群れの連撃を全てその身で受け、葵の体が持つ夢蝕みの力が背後にいる仲間に届かぬよう、前に踏み出て食い止めた。


「刹那っ!!」

刹那
「問題、無い……だが、しばらく俺は使い物にならん……頼むぞ……!」


「応、男の約束だ」

稲荷
「で! あろうな! 息子の前で倒れる親がいるものか」

火戦姫
「夢蝕みの体というのも案外悪くないものね」

微笑む火戦姫に帳がギアを上げて肉薄していく。


「行くぜぇ!!」

稲荷
「その歯車、更に回すのじゃ!!」

フル回転するギアに神炎の熱量を稲荷が加える。


「ありがとうよ、いなりん!! どこまでも熱く行くぜっ!!」

熱と共に武器を取り出す帳。


(赦せないとは言わない。でも、これは心を救うための闘いだっ!!)
「爆ぜろぉぉ!!」

主を守る戦鬼群が蹴散らされていく。

火戦姫
「素晴らしい兵器の進歩ね。その力で世界中が争う様が楽しみだわ」

帳「させるかよ。反救世主……そのために俺はいるんだからよ!」

ふと、火戦姫は傍らの礼二へと視線を移した。

火戦姫
「礼二さん? その念願、果たす時ですよ?」

礼二
「うるさい、葵さんの顔で余計なことを言うのをやめてもらおうか。俺はただ、敵を殺すだけだ!!」

神の恩寵を受けたクロスボウの射撃が、まともに動けない刹那に迫る。

刹那は手にした刃で矢を受けたが、その死は眩い光をもって刃を砕き、胸を貫いた。
その瞬間、刹那という存在は、この世界から消える。


「刹那っ!!」

稲荷
「カッカッカ……そんなものか? 人の子よ」

刹那
「んだよ、わかってんじゃねえか」

虚空に穴が開かれ、再び刹那が姿を現す。

刹那
「そう簡単に、死んでたまるかってんだ」

その間に帳は戦鬼群を壊滅させ、稲荷に向かって叫ぶ。


「ぶちかませ!!」

礼二
「ちっ、これはまずい」

礼二は力の源である火戦姫を庇おうと稲荷との間に向かって動いた。
対して稲荷は自らの足下に爆炎を生じさせ、推進力を得て一直線に飛んでいく。

稲荷
「帳ぃ!!」


「応、させるかよ!!」

瞬間的に奈落の力を呼び出し、帳は礼二の足止めをする。


「礼二! お前あとで説教だかんな!!」

稲荷は悠然と構える火戦姫の目の前に到達し、薙刀を振り上げた。

稲荷
「神であるわらわが貴様を滅する。神罰とやらか! カッカッカ!」

火戦姫
「神? 混ざりものの妖怪が神を名乗るというの?」

稲荷
「言葉のアヤじゃよ、邪神」

そうして、刀を振り下ろした。

稲荷
「神罰! ぶった切り~!!!!」

火戦姫は、うっすらと微笑みを浮かべたまま両断される。
だが、すぐさま焔が燃え立ち、奈落の力を得て再び姿を現す。

火戦姫
「ふふ、本当の神罰を見せてあげましょうかしらね」

稲荷
(わらわが独りじゃったらそうじゃったろうな)

刹那
「いや、そんな隙はもう与えねえよ」

死神は誰よりも速く、誰にも止められることなく漆黒の死の刃を振るう。
刃は火戦姫の生を刈り取り、死を与える。
そう、これこそが、あらゆる存在……たとえ、神であろうとも死を与える死神の在り方だ。

刹那
「許しは、請わん。恨んでくれ、そして……永遠に、眠れ」

火戦姫
「……! おのれ、おのれぇぇぇ! 私はまた、あの頃のように……!」

最後まで言い切らずに火戦姫は倒れ、その身を包んでいた炎のようなモヤが薄れていく。
ドミニオンも消えていく。
死に瀕した葵がかすれた声で呟いた。


「ライメイギフト様、ありがとうございます」

礼二
「葵さん! 死んじゃ嫌だよ!」


「礼二さん、ごめんなさいね……」

葵はその言葉を最後に息を引き取った。

礼二
「葵さーーーーーーーん!!!」

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