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空の果て、世界の真ん中 2-6

空の果て、世界の真ん中
第2話、約束は遥か遠く6


今度は幽霊船か。
感心したように客が言う。

前回が超技術の船で、今回はオカルト、
斬新な展開じゃないか、やるなジーノ。

ジーノはエールを飲み笑顔を見せる。
幽霊絡みは噂が錯綜しているため
情報の取捨選択が大変だった。

どの噂を採用するかで話の筋が
大きく変わっていただろう。

今回脚本としてまとめた話は
本当にちらりと聞いただけの
メジャーとは言い難いものだ。

どこで誰に聞いたのかは忘れたのに、
奇妙なほど印象に残っている。

マリオがジョッキを置いた。
休憩はもういいようだ。

では、再開していきましょう。


グラフトを奪還するに当たって、
機関室にかなり砲撃を
命中させてしまった。

しかし、幸いなことに
パッチワークスエンジンは
問題なく快調に動いている。

定期巡回航路にも乗り、
フロンティアへの道程は快適だ。

とはいえ、
決して楽のできる状況ではない。
グラフトは穴だらけなのだから。

他ならぬ自分たちがつけた傷痕。
連中は修理に奔走する。

「……っと、こんなもんか」

格納庫の穴を塞ぎ、
カロンは工具をしまい始めた。

「機関の穴はな~、
 ありゃどうしよもねえけど
 こっちはどうにかなったな。

 折角もらった飛行機、
 きっちり飛ばしてやんねえとな!」

そんな調子で全員が働き、夜を迎える。
月明かりが心許無い夜だった。

働き者のラニは明かりを頼りに
もうひと仕事しようと
損壊した梯子に向き合う。

「うわ、これひどいな。
 誰がこんな……いや、僕たちだった」

思わず呟く。
直すの大変だぞ、これ、と。

ふと、軽い悪寒が走る。
空の上は気温が低い。
夜であれば尚更だ。

どこか心細い気持ちを抱いたラニは
上着を羽織り直して気合を入れる。

少し寒いが、梯子を直さなければ
船内の行き来で遠回りが必要になる。

本格的に直すのは難しそうなので
縄梯子を編み始めた。

先程感じた悪寒も忘れて集中。
やがて、作業は完了し、
仕事を達成した満足感を味わう。

いい夢が見られそうだ。
上機嫌で自室へ向かった。

扉を開こうとノブに手を掛ける直前、
中からガタンと物音がする。
何か硬いものが落ちたような音だ。

「ぴゃっ!」

急なことに驚いてしまう。普段なら、
びっくりしたなあ、なんだろうと
扉を開いて確認するところだが、

幽霊船という単語が脳裏をよぎる。
一度意識してしまうともうダメだ。

「え~……嘘嘘、嫌だな……。
 なんで一人の時に、うわー……」

とりあえず誰かの顔を見ようかと
操舵室に足を向け、数歩。

それはあまりにも情けないのではと
思い直し、踵を返して扉前まで戻るが
やっぱり怖くて通り過ぎる。

カロンを頼ろう、
そう思い、来た廊下を戻って
再び扉前を通り過ぎる。

だが、カロンに話せば
死ぬほど馬鹿にされるに違いないと
考え直して方向転換。

ローラなら笑わず話を聞いてくれそう。
下の階へ行こうと、直したばかりの
梯子へ向かい、三度扉前を過ぎる。

いや、忙しいローラの
邪魔をしてはいけない。

操舵中のルージュを
呼んでくるのは論外だ。

ならば――
僕が行かねば……!
決意を固めた。

なお、ラニの部屋は本来船室ではない。
奥にもうひとつ扉があり、
そこはカロンの部屋だ。

カロンは自室に行く時に
必ずラニの部屋を通る。

つまり、たまたまカロンが自室に戻り
音をたててしまっただけかもしれない。

きっとそうだとドアノブに
手を掛けようとして止まる。

カロンが部屋にいることはない。
そう気付いたためだ。

廊下で縄梯子を作っていたラニが
カロンの通過に気付かないわけがない。

カロンなら忍び足でそれも可能な
気がするが、そんなことをする
理由は無いはずだ。

と、まあ、こんな具合で長らく
逡巡していたラニは遂に動く。

自分の部屋の扉をコンコンとノック。

「あの~……。
 どなたかいらっしゃいますか~?」

返事も物音も無い。

「いたら返事してほしいな~なんて。
 ……いないならいないですよ~って
 返して欲しいな~、あは、あははは」

静寂。

「……いないみたいなんで、
 一応中に入って点検しますよ~」

そっと船室を開けた。

手に持ったランプが室内を照らす。
誰もいない。

そして気付く。
壁に空いた穴を塞いでいた板材が
床に転がっていることに。

「い、いや~~……
 そうじゃないかと思ってたんだぁ、
 うん!」

釘の刺さりが甘かっただけ。
外から風圧が掛かり外れた。
それだけのこと。

ホッとひと息ついて、すぐに、
ギクリと体を硬直させる。

補修の板材が外れたなら
風が吹き込むはずだ。
なのに室内は無音無風。

そもそも穴が空いていない。
打ち付けた釘の跡も無い。

「い、いや、これは科学的に
 説明できるはず……。
 考えろ~考えろ~……」

うろうろと部屋の中を歩き回る。

ここは修理箇所ではなかったのに
勘違いして覚えていたのだろうか。

いや、それなら
板材が転がってるのがおかしい。

答えは出ない。

『――け』

不意に、混乱するラニの耳に
何かが聞こえた。

「お、おおおお……
 そ、そそそそそうか!
 これは、あれだ!

 ぐ、グラフトも人間と同じで
 か、勝手に治るんだ!
 いいいいい子だなな……」

部屋の中をぐるぐると歩いてしまう。
大混乱だ。

『――てけ』

声。怨念を感じる声。

『出てけ……』

「で………出たー!?」

走り出そうとして転ぶラニ。
頭から床に激突。
痛みのあまりゴロゴロ転がる。

そして、顔を上げた時に
気付いてしまう。

扉の隙間から、何かが、
覗いている事に。

何者かと目が合ったラニは
思わず奇声を上げる。

「ほぎゃろっぱー!?」

立ち上がる暇も惜しいと、
半ば四足歩行になりつつ
反対側へ突撃。

カロンの部屋の扉にぶつかった。

口をぱくぱくさせて、
恐る恐る振り返る。

見つめる通路側の扉に異常は無い。
そう思った直後に大きな音と共に
扉は乱暴に開いた。

「ぎゃー!?」

「お、どうした狂ったか?」

入ってきたのはカロン。

「なんだい、さっきの奇声は。
 新種の浮遊生物でも侵入したのかい?」

あとからゆっくりと入ってくるローラ。

ドタドタと走る音が近づいてきて
ルージュが駆け込む。

「どうした!!!」

口元が血塗れだ。

「ぎゃー!? 吸血鬼ー!?」

奇声に驚き集まってきた仲間たち。
ラニは狼狽えながらも、
説明しようと言葉にならない声を上げる。

「おば、おば、おばばばば……!」

困惑したルージュが一言。

「通訳」

呆れ顔のカロン。

「わっかんね」

興味深そうに
ラニの顔を見ていたローラが
その意を汲む。

「ふむふむ、つまり、
 物音がしたので船室に入ったら、

 壁に空いていたはずの穴が
 塞がっていて、扉から誰かの目が
 覗いていた、と」

ラニは首がもげそうなほど
何度も頷いた。

「すげえな、今の通じるなんて」

「テレパシーの応用だよ」

「あたしはそんなに使えねぇからな。
 助かる」

言いたいことが伝わった喜びで
ラニは落ち着きを取り戻した。

カロンに駆け寄り背中を軽く押す。

「い、いました!
 いましたよお化け!
 出番です、カロンさん!!」

だが、あくまでカロンは冷静だ。

「ふさがった穴に扉の向こうの目、
 ねえ……。

 ちなみに扉って
 オレらが入ってきたのと
 反対でいいワケ?」

自室の扉を指差すカロン。

「み、皆さんが入ってきた方の
 扉ですけど……」

怯えた様子でカロンの背を押すラニ。

「オレはここに来るまで誰も
 見なかったけど?」

馬鹿にしている風ではなく
ごく真面目にカロンは確認する。

「……あたしは最後に来たが、
 誰も見てねぇな」

ルージュがローラを見る。

「シチューが砲室にいたぐらいだね」

ローラは穴が空いていたはずの
壁に興味津々のようで
振り向かずに答える。

「そ、そんなぁ……
 本当にいたんですよぉ~」

「ビビッて幻覚でも見たんじゃねえの?」

念の為自室の扉を開いた後、
もう一度通路を確認するカロン。

「で、でもほら! あそこの壁!
 穴空いてたはずですよね!?

 みんなで点検した時、
 見たと思うんですけど!!」

「……ふむ。確かに点検したはずだね。
 これはおかしいよ、うん」

「ほら~!」

ルージュもローラの隣へ移動して
壁をしげしげと見つめる。

「……修理の痕跡すらない。
 ということはだ、ローラ。

 ……これも、魔法の類
 だったりするのか?

 ……自動修復、とか」

「船内で魔法が使われた痕跡は
 私と船長のものしか無かった。

 何より、船長だってわかるはずだ。
 どんな魔法も、ここまで完璧に
 元通りにはできない。

 どこかに必ず歪みは生じる。
 そうだろう?」

魔法の関与について否定するローラ。

カロンも壁をペタペタと触る。

「お、マジだ。

 なんだよこんな勝手に
 直る機能あるなら
 機関のほうも直ってくんねえかな~」

「何、順応してんですか!?」

「別に破損箇所が直って
 困ることはねえしな!」

「困らないけど気持ち悪いですよ~!」

哀れ、ラニの恐怖には
誰も共感してくれない。

「……ヒトが傷口を塞いだみたいだな。
 あるか? いや……」

ルージュは思考の海に沈んでいる。
ローラは好奇心の塊だ。

「少なくとも、破損個所に関しては
 ラニ君の幻覚の可能性は無い」

「ローラさぁん……」

幻覚という言葉に涙ぐむ。

「他の破損個所も確認しよう。
 誰かがいたかどうかより、
 そちらが先だ」

ローラに促され、
全員で船内の破損箇所を見て回る。

そして、驚くべきことが判明した。

船を奪還した直後に修復した箇所は、
ラニが発見した場所と同じく
ほぼ、穴が塞がっている。

木材だろうとミスリルだろうと
関係なく元通りだ。

それだけではない。
修復が及んでいない箇所の
損傷が明らかに小さくなっている。

ドックに入れなければ直らないと
判断していた機関室の大穴も、
今なら補修できそうだ。

「この現象は明らかにおかしい。
 元に戻っているとしたら……

 完全にぶっ壊して、
 繋ぎ合わせた機関。

 こいつはどうなる?」

ルージュはパッチワークスを
丹念に見て回る。

異常は一切見つからない。

ラニが不意に呟いた。

「これ……。
 この形で安定してる。

 なぜかは分からないけど……
 こういう形だって
 決められてしまったような」

迷うような素振りを見せてから
ローラが尋ねる。

「ラニ君は……
 キミは何が視えてるんだい?

 時々不思議に思うことがある。
 あまり詮索したくはないけれど」

はっと我に返ったラニは慌てた様子だ。

「いや、すみません……
 なんか変な事言って!

 僕、小さい頃から目が良くて。

 よくわかんないけど、
 なんか変な事口走るかも
 しれないですけど、

 流してください」

そう言ってから、目を泳がせ、
迷った末にといった雰囲気で
付け加える。

「……あ、でも。

 自分の目や感覚が
 キャッチしたことは……その、
 あながち間違ったことは

 言わない……と思います」

これだけは、妙に自信を持って
発言したように見える。

「なるほど。

 信じられないことばかり起きる以上、
 疑うより信じて動きたいと思うよ、
 私は」

「同意だ」

ローラの言葉に頷いて、
ルージュはラニの頭を乱暴に撫でた。
カロンも異存は無いらしい。

「どんくさいけど勘は鋭い方だよな!」

「ど、どんくさいは余計ですよ!」

で、だ。ルージュが口を開く。

「元々の機関が修復を始めて、
 現状の機関に支障をきたす事は無い、
 というわけだ。

 それならいきなり壊れることは
 無い、か。……ひとまず安心だ」

起きている現象は把握した。
理解は及ばないが受け入れざるを得ない。

「さて、ではあとは目、だね。

 誰かがグラフトを動かしていたはず
 だからね、幽霊だろうとなんだろうと、
 何かはいるはずだよ」

好奇心の矛先を変えるローラ。

「幽霊とやらが破損個所を
 直してくれてるんなら
 逆にありがたいだろ。

 実害もないしこの調子で
 頑張ってもらおうぜ!」

カロンは前向きだ。

「きっと誰かいると思います。
 自分の目で見たので、
 間違いないです!」

やはり、ラニはその目に
絶対の自信を持っているようだ。

さて、グラフトに潜む謎はまだまだ
全貌を明らかにしていない。

だが、船が自動修復をする
というのであれば、
これは間違いなく慶事だ。

いずれ目指す未踏空域では
修理ドックなど望むべくもない。

きっと、役に立つ日が来るだろう。

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