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空の果て、世界の真ん中 2-4

空の果て、世界の真ん中
第2話、約束は遥か遠く4


ジーノとマリオがエールをぐびぐび。
飲み干せば何も言わずとも
おかわりが渡される。

語り手の小休憩の間、
聴衆は先の展開を予想する。

インペリアルフローレスグラフトを
盗んで飛び去ったのは何者か。

無人塔前で襲ってきた船の仲間か?
シティに潜入してるってのか?

でもグラフト動かせるんだぜ?
転移石以外の鍵があるってことか?

誰も自信を持ってこう、と言えない。

この物語の展開は、
まだまだ読めないようだ。


「ラニ君、いるかい?」

給湯室に顔を出すローラ。

ラニはそこで野菜を切っていた。

「あ、ローラさん!
 お疲れ様です! 休憩時間ですか?」

ニコニコの笑顔で作業を中断して
入り口へと駆け寄る。
まるで人懐っこい犬のようだ。

「ああ、休憩だよ。
 食事の準備中か……邪魔だったかな?」

「いえいえ、皆さんの食事の仕込みは
 終わってるのでこれはまぁ……
 暇つぶしみたいなもので……」

おそらくシチューを餌付けしたくて
用意をしているのだろう。

「何か御用ですか?」

手を拭いて改めて向き直る。

「うん……言い忘れていたことが
 あってね。月を見た時のことで」

「きれいな月でしたね」

泣いてしまったことを思い出し、
照れくさそうに頬をかく。

「あの時、紅茶を淹れて
 持ってきてくれただろう?

 私は、美味いなと思って、
 湯沸かし器があると違うなと、
 言ってしまったんだけれどね。

 あれではラニ君の
 紅茶を淹れる技術を
 無視した物言いだった。

 失礼を働いたから、ちょっと
 謝っておこうと思ったんだ」

ラニは目をぱちくりさせていたが、
手で口元を押さえ、顔を紅潮させる。

「それを言うために……
 わざわざ休憩時間中に
 来てくれたんですか?」

「うん、すまなかったね。
 いつも美味しい紅茶をありがとう」

ローラは照れも無く、
当たり前のことという顔で礼を言った。

言われたラニは、えへへと笑う。

「嬉しいなぁ……本当に嬉しい。
 正直言って僕、
 ローラさんの第一印象って……

 いつも冷静で、僕みたいな庶民のこと、
 あまり関心がない人なのかなって
 思ってたんです。

 でも……全然そんなことなかったです!
 ローラさんはとってもいい人です!」

ローラが自然体だったのもあり、
ラニも照れることなく笑顔を見せる。

「ははは、ありがとう。
 ラニ君のそういう素直なところは
 本当に美徳だと思うよ」

そう言って、少し首をかしげ、
あごに手を当てるローラ。

「関心か……確かに、あの時は
 無かったと言った方が正直だね。

 あの日は空の果てへの旅に
 出る事しか考えていなかったから」

「ローラさんの空の果てに
 行きたいって夢……とっても、
 とっても素敵ですよね」

そうだ、と言ってラニはぱたぱた走り、
ローラのための椅子を持ってきた。

「よかったら椅子に座って
 少しここで休憩していってください!

 僕、ローラさんともっと
 おしゃべりしたいです!

 空の果てに何があるのかとか、
 どんなものがあるのかとか……」

ニコニコと紅茶を淹れ、
戸棚からクッキーを出した。
おもてなしの構えだ。

ローラの用は済んだが、
別段、ほかにすることもない。

「ではお言葉に甘えて、
 ここでくつろがせてもらおうか」

椅子に座ってクッキーをつまむ。

「空の果てに何があるのか……か。
 ラニ君はそこに本当の両親が
 いると聞いたんだよね」

こくこく頷くラニ。

「ラニ君の想像では、何があると思う?
 人が生活しているのなら、
 塔でもあるのだろうか?」

「えっ!? そうですね……」

手近に置いてあったスケッチブックを
持ち上げると、サラサラと描き始める。

「きっと空の果ては……
 とっても素敵な場所なんです」

手を動かす。よどみない動き。
幾度も想像を描き出したのだろうか。

「塔があるとは思うんですけど……
 きっとそれだけじゃなくって」

出来た絵を見せる。

天使が舞い、動物も人間も、
誰もが楽しそうに暮らしている絵だった。
まるでお伽噺で語られる天国。

「きっと天国みたいな塔が
 あると思うんですよ。

 そこできっと……
 お父さんとお母さんがきっと……」

ローラは虚を突かれた表情を浮かべる。

「もしかしたら神様だって
 いるかもしれないし、

 死んだ人もそこで平和に
 暮らしてるかもしれないなって
 思うんです。

 だからとっても楽しみで……」

「天国……そうか。ふむ……なるほど……」

考え込み、何か言おうとしてやめる。
ローラの思い描く空の果てとは
あまりにも隔たりがある。

むしろ、これでは……。

「しかしラニ君、キミは絵が上手いね。
 他にどんな絵を描いているんだい?」

ローラは話題を変える。

「……えっ、絵ですか?
 上手いって言われるの
 照れちゃいますね……。

 ふふっ。いいですよ!
 色々描いてあるので!」

スケッチブックのページを
後ろにめくっていく。

グラフトに初代の
インペリアルフローレス号。

そして、吸血鬼ルージュ。
怖くないよ~という吹き出し付き。

ローラは思わず、ぶっと吹き出した。
スケッチブックは慌てて閉じられる。

「ははは、船長には
 黙っておいてあげよう」

ツボに入ったのか、
くくくと笑い続けている。

偶然ページが飛ばされなければ
見られていたのは
ローラの似顔絵だっただろう。

「あは、あはははは!
 お、お願いしますね!
 絶対、絶対言わないでくださいね!」

「どうやらアンティークに関する俗信を
 色々と真に受けているようだね。

 なんだったら、我々や魔法について
 聞きたいことがあれば
 教えてあげようか」

わざと恐ろしく見えるよう
振る舞うアンティークも少なくない。

魔法を忌み嫌う者たちから
身を守る術は様々だ。

「い、いいんですか? じゃあ……
 本当に血は吸わないんですよね!?」

「私は吸わないよ?」

こんな調子で取り留めも無い話に
花を咲かせていると――

ふと、ラニの視線が窓の外に
釘付けになる。

何かに驚いているようだが、
ローラには何も見えない。

訝しく思い霊視も試みたが
異常は感じられない。

ラニにだけ、何かが見えている。

それからすぐだ、見張り台のカロンが
伝声管を通して叫ぶ。

『いたぞ!
 1時方向。グラフトだ!

 速度上げてくれ!
 これならすぐ追いつける!』

「追いついたか、思ったより速かったね。
 ……いや、思ったより向こうが遅いのか」

ローラが独り言ち、カロンが続ける。

『随分とふらついてやがる……
 ろくにメンテも終わってないはずだし
 当然か』

グラフトはフラフラと、
頼りなさげに飛んでいる。
墜落しそうで不安になるほどだ。

何やら放心していたラニが
意識を取り戻す。

「……外から見ると、
 本当に遅いですねグラフト」

グラフトの機関は戦闘速度を出して
ようやく普通の船の巡航速度だ。

もっとも、最高速度を出し続けられる
異次元の燃費の良さを誇るのだが。

ルージュのゴキゲンな声が響き渡る。

『よし。落ちるなよ! カロン!!』

『誰に言ってんだよ!
 余裕だっての!』

操舵室にて、
ルージュが変速レバーを操作する。

「親方に返せるぐらいで
 止められるといいんだが」

舌打ちをしてから笑う。

「そうも言ってらんねぇよなぁ……
 さぁ! 返してもらおうか!!」

速度を上げ、距離を詰めようとすると
グラフトの旋回砲塔が動き出す。

『砲撃来るぞ!』

カロンの警告。

『そりゃそうだな!!
 総員! 掴まれ!!』

ルージュの号令。

「うわわわわ……!」

ラニは慌ててスケッチブックを
カバンにしまった。

「……視ていない時に
 追いついてしまったか」

ローラは弾道を見極めようと
霊視を始めるが、初弾は間に合わない。

着弾、破壊音。
衝撃でよろめき
テーブルにぶつかるラニ。

「あいたたた……
 どこか被弾したみたいですけど
 皆さん大丈夫ですかね…?」

『真下……砲がやられたか』

カロンの冷静な声。

操舵室のルージュは舌打ち。

「雑に撃つにしては当てて来やがる。
 流石は関係者……
 といったところか?」

ローラはラニを支えて
改めて霊視に集中する。

「さて、一方的な砲撃に
 晒されながらの接近か……」

ルージュからの檄が飛ぶ。

『総員! まずは接近する!
 多少傷つけても! 直しゃぁいい!!
 まずは……』

大きく息を吸う音。

『奪還だ!!』

ルージュは冷静に計器を確認し、
速度を更に上げる。

「ちと遅ぇが……。
 逃げる航路、それがわかりゃ、
 先回りも可能だな?」

ニタリと笑う。

速力差と的確な先読み。
グラフトに急接近を果たす。

あと少し。
あと少しで肉薄できる。
そんな時――

突然、グラフトが
あり得ない加速を始めた。

「……何?!」

『カロン!!
 どうなってやがる!!』

『……加速しやがった!
 ありゃオレらの倍は出てるぞ!』

『倍だと?!

 ……ただの泥棒じゃぁねぇ事が
 確定したな……!!』

盛大な舌打ち。

『船首! 何か見えたか!?』

ラニが再び呆然としている。
さすがのローラも問い質すことにした。

「ラニ君? 何か見えたのかい?」

「うえっ!?
 ええっ、あの、はい」

しどろもどろ。
明らかに何か知っていながら
言うべきか悩んでいる顔。

短い逡巡。決意の表情。

「ええっと、見えたというか、
 感じたといいますか、

 グラフトが加速するとき、その、
 すごく強い風を感じまして……

 それが何なのか僕にも
 分からないんですが、でも、
 なんていうか……

 この船が加速してるような
 原理とは違う、と思います。
 えーっと、以上です!」

要領を得ない説明。

『船長!
 ラニ君が何か感じたようだが、
 原理がわからない!』

『わーった!!
 なら! 親方にはわりーが!!』

安全装置を外しての加速。

『フルスロットルだ!』

もう計器は見ない。
機関は深刻なダメージを受けるだろう。

それでもグラフトとの距離は開いていく。

「……何か……何か……
 分からねぇか……!!」

双眼鏡でグラフトを見つめ、
加速の謎を解き明かそうと
ルージュは焦る。

一方、船首区画。

「ローラさん!
 僕、修理に行ってきます!」

「ああ、私は操舵室へ向かおう」

カバンを引っ掴み梯子に駆けるラニと
風とやらの正体を考えながら
足早に進むローラ。

そして見張り台のカロンは
機関が少しでも長くもつように
面倒を見ようと梯子を滑り降りる。

ほとんど落下するような速度。
降り立ったカロンから
ラニが砲室の修理をしているのが見えた。

そんな中、ルージュは双眼鏡を
クッションに放り投げる。

『状況は、ふたつにひとつ。

 手をこまねいて逃げ切られ奪われるか、
 ぶっ壊さねー程度に墜とすかだ。

 無論! 墜とす!
 なに、バルーンがある。
 どうとでもなる! 総員、いいな?』

即座にカロンの応答。

『オイタするバカは
 殴って聞かせるのが一番ってね。

 なあに親方にきっちり
 修理してもらえばいいさ!
 タダでやってもらえるぜ!』

操舵室へ急いでいたローラは
きゅっと靴を鳴らして立ち止まる。

『ふむ、自分たちで修理した船を
 砲撃か、なかなか皮肉の利いた
 運命じゃないか』

船長の選択に戸惑うのは
ラニだけのようだ。

『グラフトを……グラフトを
 撃たなきゃいけないんですかー!?

 あんなに一生懸命に直したグラフトを
 ……そんなぁ、せ、せめてこう……
 手加減して何とか……』

当然のように喝が飛ぶ。

『選んだのさ、あたし達は、
 アイツと、一緒に行くってな。

 逃すな。最高の船だ。
 弱音は!! 捨ておけ!!』

砲室に向かいながら敵船を視ていた
ローラから声が掛かる。

『船長! 船底すれすれ被弾コースだ!
 少し上がれば避けられそうだよ』

甘い弾道。
ラニもほぼ同時に鋭い声を上げる。

『船長! 下方に着弾します!
 高度を上げてください!』

声が混ざってしまったが、
言わんとしたことは伝わった。

『ハッハッハ! 助かる!』

ふたりの言うとおり、
少し船体を上げてやったら
弾丸は当たらなかった。

『操舵に集中できるってのは、
 最高だな?』

ケラケラと笑う船長の声を聞きながら、
3人はカノン砲に弾を込めた。

自分たちの大切な船、
インペリアルフローレスグラフトを
穴だらけにするために。

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