遺し遺され黄昏カデンツァ2
これはビーストバインドトリニティのリプレイ小説です。GM夏風が、あらかじめ提出されたキャラクターシートを元に作ったシナリオのため、再演は無いのでネタバレを気にせずに読んでいただけます。
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けだるい昼下り。
稲荷は借りているアパートで、だらだらとスマートフォンを弄っていた。
信者獲得のためという名目でSNSにて今日もバズりを狙っているのだ。
稲荷
「カッカッカ!」
つい先日手に入れたスマートフォンの画面を稲荷はスワイプしていく。
稲荷
「わらわの時代がついに……!! 来た!!」
そして、やや!と大袈裟に驚く。
稲荷
「まさに! 鰻登りよ!! 鯉も龍になろう………! それすなわち!! わらわも! 豊穣の神に返り咲ける! ということ!!」
ベランダに足を掛け、手を天に突き出している。
傍らには子猫。
SNSの文面には「子猫、保護したのじゃ! 里親、求む!」
反応は「保護、ありがとうございます」「いい里親さんが見つかりますように…!」「虐待とかするヤツもいるから、気を付けてくださいね!」「少しでもお手伝いさせていただきます、拡散しかできませんが!」等々。
稲荷
「寄越せ……寄越せ……。このわらわに……信仰心(いいね)をよこせ………」
瞳は淀んでいた。
ヴヴヴッとスマートフォンが振動する。
それと共にピロリンという電子音。
ダイレクトメッセージだ。
「もしかして、五木村の稲荷様ではありませんか?」
そう送ってきたのは見知らぬアカウント。
名前はsae7682。
アイコンは初期設定だ。
現世慣れしていない稲荷は信者を獲得できたに違いないと喜び、肯定の返事を送る。
稲荷
「カッカッカ、うぬは初心者じゃな?」
「いかぁにも!! わらわは五木村の稲荷じゃが!?」
と、まんざらでもない顔で送信した。
返信はすぐにきた。
見覚えのある場所の写真が貼付されている。
稲荷が眠りにつき目覚めた場所、彼女を祀るための立派な神社。
ただし、記憶とは異なっている。
荒れ放題だった神社は最後に見た時と違い綺麗に掃除されている。
sae7682の返事は「私、お社の管理を務める巫女の紗絵です。お帰りをお待ちしておりました。稲荷様の神気が感じられませんが、今はどこか遠くにお住まいでしょうか? お世話をさせていただきたいので伺ってもよろしいでしょうか?」
稲荷はピコンと閃く。
この巫女が来てくれれば些事を任せて自分は信仰集めに専念できるのではないだろうかと。
耳と尻尾が揺れる。
稲荷
「お世話をさせて頂きたい、じゃと……? なんじゃと!?」
有頂天の気分のまま「良かろう! 沙絵とやら!! ありったけの、いなり寿司と共に! やってくるのじゃ!! 住所はココじゃ! 一刻も早く来るのじゃ!」と送信し、器用に背景に電柱の住所表示が映り込むよう自撮りした写真を貼付した。
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数日後、池袋のアパートに、ひとりの女性が訪ねてきた。
神格である稲荷には一目でわかる。
彼女は幽霊だ。
紗絵
「お初にお目にかかります稲荷様。あなたの巫女、紗絵です」
丁寧に挨拶を済ませると、いなり寿司が入っているであろう重箱を差し出した。
稲荷
「お主………良い奴じゃの!!! ささ、上がるのじゃ、紗絵よ」
鼻をスンスンさせ、いなり寿司の匂いを確認する。
稲荷
「そちの腕前、はからせてもらおう……!!」
そう言って、相手が幽霊であることなど意に介さず食べ始めた。
紗絵は上がり込み座ると、堰を切ったように話し出す。
紗絵
「聞いてくださいよー! 稲荷様!」
バクバク食べながら、なんひゃ?と返す。
「私! 稲荷様のお社の宮司の家系の最後のひとりだったんです! 私が若い身空で死んでしまってからはお社の管理は杜撰になっていって……目が覚めたら、こーんなに汚れてたんですよ!!」
そう言って、スマートフォンの画面を見せてくる。
そこには稲荷が目覚めた時に見た、掃除される前のお社の写真が映し出されていた。
稲荷は最後のひとりという言葉を聞いて、しゅんとする。
稲荷
「社はそうじゃったな……それを、掃除してくれたのじゃな?」
稲荷はおもむろに、いなり寿司が詰まったお重を、すいっと前に押し出した。
紗絵はありがたそうにひとつつまむ。
紗絵
「……肝心の稲荷様の神気は感じられないし、途方に暮れちゃいました。幸い、幽霊になってもこうして自由に活動できたので、稲荷様を探して幾星霜……って、たったの数か月ですね、とりあえずお会いできて嬉しいです!!」
そうして、自分で作ったであろう、いなり寿司を頬張った。
稲荷
「巫女の身にして、わらわと同じ食卓を囲める事、生涯の誉とせよ。……ってもう、生涯が終わっておったか」
優しい表情で言ったかと思うと、がははと笑う。
紗絵
「ところで稲荷様、五木村に帰りませんか? 私、池袋に来てからずっと何かに見られてる感じがするんです。最初は稲荷様がその身に取り込んだという妖怪の気配かと思ったんですが……。いますもんね、そこに」
稲荷の影から声がする。
あやしび
「失礼な幽霊だこと。あとから押し掛けておいて、先達のわたくしに敬意のひとつもない。ああ、稲荷殿はわたくしがいなければこの世に現界することもままならないというのに。つまりわたくしたちは一心同体。ふたつの魂を持つ大妖怪 不知火なのですから」
稲荷さま
「一心同体じゃと? カッカッカ」
尻尾でぺしぺしと影を叩く。
稲荷さま
「お主は、成り行きじゃろうが。居候の身じゃろうて、アヤよ」
あやしび
「それはそうですが、今はわたくしがいなければ稲荷殿が現世に姿を持てないのは事実ですゆえ! わたくしが影として存在するから稲荷殿の光がここにあるのです!」
稲荷
「闇が深いからこそ、灯る明りがありがたい。闇を闇として許容せねば、神として顕現できぬとは、世知辛いのぅ」@
紗絵
「大妖怪、不知火……。こうしてお側に来ても神気が薄くしか感じられないのはそういうことだったんですね……。あ、神気……?」
紗絵は、むむむと顔をしかめ、目を閉じると、何かを探るように集中している。
紗絵
「あまりにも嫌な雰囲気なので気付かなかったんですが、このじっと見られてる感じ……相手は神様ですね」
稲荷には感じられないが、紗絵は神に注視されていると訴える。
あやしび
「稲荷殿、これはもしかすると、もしかするかもしれませぬよ? この幽霊めは稲荷殿の神気の残滓で実体化していると思われます。その幽霊めを監視する者といえば……我らが討ち取った、あの邪神めもまた復活を遂げているのやもしれませぬ」
稲荷
「なるほどのぅ……奴もまた、復活か。カカ! しからば再び滅ぼせば良いのじゃ!」
スマートフォンを掲げる。
先程から通知音がひっきりなしだ。
稲荷
「このように! わらわの元に信仰心が集まりつつある……。向かう所! 敵なし! カァッカッカッカ!!!!」
紗絵
「稲荷様が倒した邪神が私を監視……?」
あやしび
「稲荷殿……これはまずい事態。邪神復活という悪い予測が正しいのなら、十中八九、わたくしらの居場所が嗅ぎ出されたに違いありませぬ」
稲荷
「紗絵や、わらわが討ち滅ぼした邪神、それは人々の願いによって生まれた神。お主の存在を使って何かしようと、なんら不思議ではない。だがな、お主ら、どんと構えよ。神とはそうゆうモノじゃ」
稲荷が遠い目で空を見たその時、玄関の扉が勢いよく開かれる。
乱入した男
「ここか! 不知火とかいう妖怪の住み家は!」
気配を探ってみれば、玄関先には、かなりの人数が控えていそうだ。
おそらく、いずれも吸血鬼。
どう見ても友好的とは思えない剣呑な空気をまとっている。
紗絵
「や、な、なんですかこの人たち〜!」
稲荷
「稲荷ずしでも食べるかの?」
剣呑な雰囲気など、どこ吹く風で吸血鬼にいなり寿司を勧めるが、彼らはそれを無視。
吸血鬼
「我ら日影館家の同胞を殺したのは妖怪 不知火だというタレコミがあった! 申し開きがあればお館様の前でしてもらおう!」
牙を剥き出しにした吸血鬼たちは言葉とは裏腹に強い殺気を抑えきれていない。
もちろん稲荷に吸血鬼を殺した記憶など無い。
あやしび
「濡衣ではありませぬか!?」
ベランダ側に敵はいない。
戦うこともできなくはないが……アパートの敷金が心配だ。
稲荷
「紗絵ぇ!! 稲荷ずしを持てぇい!!」
紗絵
「ひゃい!」
稲荷
「飛べ、紗絵」
紗絵
「ひゃい! おおせのままに!」
重箱を抱え、ふわりと飛び降りる。
幽霊ならではのゆっくりとした降下。
稲荷は袖をまくり、右手を床につける。
稲荷
「人の子のしきたりに従い、建物は大切に扱う事とするのじゃ」
息を吹きかけると、触った手の位置から畳が線状に凍りついた。
稲荷
「んじゃ! さらばじゃ! 夜の鬼ども!」
足止めをしてからベランダから飛び降りる。
こうして宿敵たる邪神復活の可能性と、吸血鬼殺害の濡衣という、ふたつの難題に直面した稲荷は逃亡していった。
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帳は先程まで日本の吸血鬼の名家、日影館家の屋敷へ行っていた。
控えめに言って間が悪かった。
屋敷は物々しい雰囲気で話を聞くどころではなく、門前払いされてしまったのだ。
ペルソナネットワークの本部へでも行ってみようか、などと思いながら人通りのまばらな道を歩いている。
帳
「吸血鬼は本当よくわかんねぇなー」
頭をかきながら、歩みを進める。
足で稼ぐしかない。
紗絵
「たーすーけーてー!!」
突然響き渡る少女の悲鳴。
帳は反射的に構え、声の方へ走り出す。
吸血鬼
「追え!」
二人の少女が男たちに追われているのが見えた。
紗絵
「やっぱり東京は怖い所ですー!」
稲荷
「カッカッカ! 住めば都よ! 慣れよ! これが現世じゃ!」
帳
「な、なんかテンションが二人とも違う!? でも……可愛い女の子を追いかけるような男の風上にも置けない奴は見逃せねぇな!」
一方で稲荷は走りながら、ふと考える。
稲荷
「天下の往来で戦をするのは、ちと刺激が……」
裏路地を見つけると、吸血鬼とは異なる雰囲気で駆け寄る青年に向けて、こっちじゃと親指でサインを送る。
帳
「……なるほど、慣れた子か。ソッチ側かな? いいぜ! 任せろ!!」
迷わず裏路地に続く。
吸血鬼
「よし、追い込んだぞ!」
吸血鬼がアレナを展開する。
その感覚に、近くを歩いていた刹那が吸血鬼たちに気付いた。
刹那
「おいおい、団体さんで何をやっているんだよ」
礼二を追っている最中、吸血鬼の団体が誰かを追って裏路地に飛び込み、アレナまで展開している状況に遭遇したのだ。
刹那
「……ったく、仕方ねえなぁ!」
あの吸血鬼たちから情報が得られるかもしれない。
それに、襲われる少女を見て見ぬ振りをできる性格でもない。
影の中に身を隠し、後を追った。
吸血鬼
「これでも食らえ!」
紗絵に向け、呪弾が放たれる。
足手まといを的確に作るつもりだ。
稲荷は冷静だ。
紗絵は視界に入っている。
もちろん、彼女を狙う攻撃も。
稲荷
「氷壁……んや、必要なかろう、頼めるな?」
足元の影に言葉を投げかけた。
その影からひと振りの鎌が現れ、迫る呪弾から少女を守る。
死神の鎌が鈍く輝いた。
帳は少女への攻撃への対応が遅れたことに内心焦ったが、不気味な刃を見て思わず、誰だと声をあげる。
ずるりと影から男の姿が現れた。
刹那
「誰だ、と言われてもどう返せば解らんが……まあ、敢えて名乗ろうか。メメント・モリ、通りすがりの死神さ」
帳
「俺は雷音帳、20歳!! 好きなものはパン!! アレナの中で動けてるってことは半魔だな!? 協力を頼めないか!! お前もあの悪漢たちが許せないから首を突っ込んでくれたんだろ!!」
刹那
「……協力はともあれ、俺も吸血鬼の連中には用事がある。この場を切り抜ける手伝いぐらいはしてやろう」
稲荷さま
「わらわは、突如として濡れ衣を着せられただけじゃ! ……ハッ!? 悪漢を成敗すればフォロワーが増えるのでは……? 協力してやらんこともない!!」
帳
「オーライ、それだけで十分さ! それでは事態を切り抜けるとしようか!! 生き残るぞ!!」
軋む帳の体と、宙を浮くギア。
人間の形は意地しつつ、人ではないモノがそこにはいた。
吸血鬼A
「仲間がいたか! だが、言ったはずだ、追い込んだと!」
吸血鬼B
「見たところ幽霊は戦力にならなさそうだな」
吸血鬼C
「しかし、機械の奴は厄介だ」
路地の反対側から吸血鬼の増援が姿を現す。