空の果て、世界の真ん中 幕間1
空の果て、世界の真ん中
幕間1
立ち込めるのはふたつの煙。
肉を焼く煙にいぶされながら安酒をあおり、
議論しながら紫煙をくゆらせる人々。
ここはシティ中層のありふれたパブ。
喧騒が煙と共に充満している。
今この空間ではとある探空士たちについて
酔客連中が喧々諤々言い争いをしている。
「だぁから!
カロンはもっとこう、細やかなんだよ!」
怒気を含めて吠える男。
「いーや、“殺しても死なない”ずぶとい奴だね」
譲らない口調で断言する男。
「わかってねぇな、
“殺しても死なない”ってのは
ローラみたいな奴のことを言うのさ」
訳知り顔で諭すように言う男。
「「今はカロンの話だろ!」」
言い合っていたふたりが
息ぴったりに一喝する。
店にはそこそこの人数の客がいる。
彼らが何をしているかというと、
それは二つ名談義だ。
ここにいるのは全員、ブーン兄弟の語る
『始まりの船』を聞いたことのある者たち。
その中でも特にこの話を気に入り、
登場する探空士たちに
強い思い入れを抱いた者たちだ。
有名な探空士というのは大抵の場合
“二つ名”を持っている。
自称が定着した者もいるが、
基本的にはいつの間にか他者から
つけられた渾名のようなものだ。
ルージュたちインペリアルフローレス号の
面々はブーン兄弟の影響で
知名度がじわじわと増している。
二つ名で呼ばれるようになるのは
時間の問題だろう。
推しの探空士が妙な二つ名で呼ばれるのは
あまり気分のいいものではない、
そう考えた者たちが
自分たちで二つ名を決め、
広めてしまおうと話し合っている。
ここはそんな場だ。
まず俎上に載せられたのはカロンだ。
「カロンの良さは後腐れない
サッパリとした強さだ!」
「いいや、そう見えて、
さり気ない気遣いから
見え隠れする優しさだ!」
本人が聞いたら、うぇっと言いそうな
濃い議論が繰り広げられている。
「秋津刀でどんな問題もスパッと解決。
そうだな、“たたいてなおす”でどうだ!」
膠着した議論に第三の視点で切り込む者。
強さ派と優しさ派が数秒沈黙する。
「ありかもしれない……が、いや、
そんなシーンは無かった」
「だな……イメージは悪くないが」
白熱していた舌戦が止まり、
少しだけ冷静になる男たち。
「やっぱり、何を成し遂げたか、
これが重要なんじゃないか?」
確かに、という声が口々に上がる。
「カロンはトレジャーハンターだ。
“サバイバル”の達人じゃないか?」
おお、と数人が声を漏らす。
「無人塔で野営の準備を
いち早くしてたしなぁ」
優しさ派が渋い顔をしつつも頷く。
そこに若い男が口を挟んだ。
「思うんだが、俺のカロンは
優しいって言われたら、照れて
斬り掛かってくるんじゃないだろうか」
俺のって何だコラ、と殺気立つ過激派を
まぁまぁと宥める紳士。
「本人が呼ばれて嫌な顔をするような
そんな二つ名は付けたくないものですな」
同意の声が次々に上がる。
「そんじゃあ、
“サバイバー”ってのはどうだ?
今後も生き延びて欲しいって願いも込めて」
いいな、いいね、悪くない。
妥協点として受け入れられていく。
「それじゃあ、カロンは
“サバイバー”カロンだな。
異議のある者!」
互いに顔色を窺い合う。
優しさ派は何か言いたげだが
渋々口を閉ざしている。
「きっと、こう言うぜ。
へぇ、かっちょいいじゃん」
誰かの一言でほとんどの者が
しっくりきたという表情を浮かべる。
「決まったな、次はどうする?
“殺しても死なない”ローラにするか?」
「いや、それは無い。
“機械工学”のローラだろ」
間髪入れず否定の言葉。
「だよなあ、機関を接合する場面、
あそこで、ローラいいって俺なったもん」
うんうんと頷く者多数。
「だけどよ、飛んでくる砲弾の中で
ルージュに進路を示したとこも
俺は好きだなぁ」
あぁ確かにと賛同の声多数。
「“航法士”って感じだよな。
道を示す女神だよ」
航法士という単語に頷いていた者たちが
女神という単語に微妙な顔をする。
「いや、女神はねぇだろ。
ろくでもねぇ神だぞきっと」
笑い声が上がる。
「俺は頼れる“掌帆長”って印象を受けたな」
「あー、船長の右腕って感じな、わかる」
これまた納得顔多数。
「何しでかすかわかんないけどな」
「そりゃルージュもだろ。
出たとこ勝負だからな、船長」
ルージュは後だ、と制止の声。
「いや、ルージュとローラは
セットで考えた方がいいかもしれない」
ふむ、と考え込む一同。
「ちなみにルージュの二つ名は?」
「“あらっぽい”じゃないか?」
「“あらっぽい”だな」
「“あらっぽい”だろう」
異口同音の連続に、一呼吸の間を置いて
店中の者たちが笑い始める。
「はっはっは、決まりだな、
でも、もうちょい捻らないか?」
「そうだな……“破天荒”のルージュ
なんてどうだ?」
いいねぇ、とまたもや声が重なる。
「決まったな。ローラに戻ろうか」
満場一致かよ、と再び笑いが漏れる。
「そんなルージュの足りない所を
埋めてるのがローラって感じなんだよな」
わかる、と何人かが激しく頷く。
「“機械工学”か“航法士”か“掌帆長”な。
どれもいいなぁ、悩む」
思うんじゃが、と初老の男がポツリと言う。
「ルージュの隣にいるのがローラ。
そんなイメージが強いんじゃよ」
そうなんだよなあ。
誰も否定はしないようだ。
「じゃあ、やっぱ“掌帆長”か」
「そこをもうちょいローラらしく
“参謀”ローラってどうよ。」
あー、と納得の声があちこちから上がる。
「なんか企んでそうでいいな!
異議のある者!」
悪かねぇ、今のところ一番しっくりくるな、
落とし所じゃないか?
そんな声が次々と上がる。
「よっし、じゃあ最後ラニ!」
「“潤滑油”!」
間髪を入れず口を開いた男は続ける。
「正直、あの濃いメンバーが
喧嘩せずに仲良くしてられるのは
ラニくんの細やかな気遣いのお陰では?」
なるほどな、と頷く一同。
いいかもしれない、そんな空気が漂う中、
思わぬところから口が挟まれた。
店員の女性だ。
「ラニきゅんが癒やしなのは
すっごいわかるんだけどさ、
なんていうか、姫って感じしない?
周りの女たちが強すぎるのよ。
“フネの姫君”じゃんもう」
どよめく男たち。
「その発想は無かったが……確かに」
そうだな、姫、姫か、姫だな。
悪くないな、と広まっていく姫派。
「あ、いや、待ってくれ。
すっごいわかるんだけど、
マイルドにしてあげないか?」
「ああ、そうだな。
僕は男子ですからとか、
ちょいちょい言うもんなラニくん」
「姫は可哀相だわ、確かに」
店員もそこは否定できない。
「マイルドにするなら……
“弟分”ラニってどうかな」
おっ、と声を上げる者多数。
「弟っぽい!」
「私もラニきゅんみたいな弟欲しい!」
「3人ともアネゴ感あるもんな、
いいんじゃないか?」
どうやら納得感のある単語だったようだ。
「“弟分”ラニに異議のある者は?」
互いに顔を見合わせ、悪くないよなと
目で会話をしていく男たち。
「良さそうだな、決定!」
鳴らされる拍手。
「“破天荒”のルージュに“参謀”ローラ。
“サバイバー”カロンと“弟分”ラニ。
こうだな?」
異議なーしの声。頷く人々。
「じゃあ、インペリアルフローレス号の
あ、いや、
インペリアルフローレス・グラフトの
連中の二つ名は決まったな」
広めよう。
誰かが言うと、応と返す者たち、
任せろと笑う者たち様々だ。
いずれにせよ、
本人たちの預かり知らぬところで
その二つ名が決まったのだった。
「それじゃあ、二つ名も決まったところで」
エールのジョッキを持つ客たち。
「インペリアルフローレス・グラフトに
乾杯だ!」
「「「「空の果てへ!!」」」」
いずれ、彼女たちの名前はシティ中に
轟くことになるだろう。
だが、今はまだ一部の層に
ウケているだけだ。
とはいえ、未だ名もなき、
空の果てを目指す探空士、
彼女たちの旅は始まったばかりだ。
次回、第二話『約束は遥か遠く』
おまけ1
・第1話終了時点での互いの感想
【ルージュ】
ローラ
「いいね、実にいい。
少々野蛮だけれども、その欠点を
補って余りあるほどに気高い。
初めはおじい様に似て豪胆だと
思ったのだけどね、
意外と繊細なところもあるようだよ。
しかし、だからこそ、
いざという時にあれだけ
虚勢を張れるのがエクセレントだ」
カロン
「なんで気付いたら怪我してんの?
なんつーか妙なところ
抜けてるっていうか……。
結構思い詰めるところあるし
そうかと思ったら人に向かって
倒れこんでくるし危なっかしい」
ラニ
「どんな時にもあきらめない!
僕らの船長!
もうだめだ!って時でも絶対に
弱音を吐かないのがすごい。
僕もいつかああなりたいな。
この人がいなかったら、
あの時どうなっていたかって時がいくつも。
僕みたいな素人を仲間に入れて
色々教えてくれたし、
面倒見がよくてとってもいい人」
【ローラ】
ルージュ
「変人。
底が見えねぇタイプだ。
何考えてるか分からねぇから
何するか分からん」
(遺跡で目を焼かれた事を
少しだけ根に持っている)
「信用は無いが、信頼は出来る。
何故だ?
……まさか魅了の魔法!?
……必要性が無いな」
カロン
「変なボタン押すのはいいけど
そういう面白いことは先に言えよな~。
酒の選定眼が確かな変わり者のお貴族サマ。
魔法の使い過ぎなのかなんなのか
しょっちゅう青い顔してるし危なっかしい」
ラニ
「いつだって冷静沈着!
頼れる参謀役!
とても家柄がいいのに
それをひけらかさない良い人なんだよなぁ。
ふと思い返すと……
泣いている姿をいつも見られていて
ちょっと恥ずかしい。
僕みたいな庶民の子供を
一人の人間としてちゃんと
対等に接してくれるのがすごく嬉しい」
【カロン】
ルージュ
「強がり。
力があるという事は守るべき何かが
ある、 もしくはあったっつー事だ。
一人にしたら、
真っ先に死ぬタイプに見える。
……ある意味で一番手間のかかる奴
なのかもしんねぇな?
ただの思い過ごしだといいんだが」
ローラ
「いいね、実にいい。
粗野に振る舞ってはいるけれどね、
細やかな気遣いのできる
優しい人物だよ彼女は。
人一倍何かを求めているようだけど、
その欲に焼かれることなく
欲することを成す。
自分が何者なのかを
理解しているのがマーベラスだ」
ラニ
「白兵戦のエキスパート!
機関の整備から未知の場所の
探索まで縦横無尽!
一見適当に見えて、さり気なく
みんなを気遣う優しさも持ってる。
刀の整備の仕方も教えてくれたし、
担当する部署も近いから
色々お世話になってるいい人。
……でも僕が世間知らずだからって
すぐからかう困った一面も」
【ラニ】
ルージュ
「庇護。
想いだけじゃぁ……
生き残れはしないよなァ?
……それにしても
弟ってこんな感じなのか?
……いや、あたしの血筋にはないか。
……誰が図太すぎるって?」
ローラ
「いいね、実にいい。
頼りないところもあるけれど、
いずれ気骨ある人物に成長するよ、
必ずだ。
何故って他者の意見を吸収する素直さと、
相手の心を理解しようとする
ふたつの美徳を無理なく持っているからね。
勘の良さもブリリアントだ」
カロン
「ところでここにかの高名な画家
『マッカーナウ・ソー』が絵付けした
幸運のツボがあるんだけど……。
からかうと反応よくて面白いよな!
何もない所で転ぶし
すぐ泣くし危なっかしい」
おまけ2
・GMによるNPC等の紹介
【レイラズ】
右目に、空に似た青い色の花を持った、
神秘的な雰囲気を纏うフローレスの女性。
彼女は何者なのか、
彼女は何を期待しているのか、
その答えは、この空の果てにある。
【インペリアルフローレス・グラフト】
魔の三角空域中心で放置され
朽ち果てていた太古の飛空艇を、
半壊したインペリアルフローレス号の
パーツを使い改修した機体。
ミスリルとも異なる
未知の金属で出来た黒色の外壁、
現行の飛空艇とは発想自体が異なる
解析不能な機関部、
起動に必要となる転移石の存在、
船体に浮かび上がる謎の青い幾何学模様など、
元となった太古の飛空艇には
不明点が数多く存在する。
無茶な改修を行った影響で、
現時点では本来の性能の殆どが失われており、
超低速でしか航行が行えない。
一方、速度の遅さを差し引いて考えても
消費される燃素の量は異様な程少ない。
”接ぎ木”の名を冠されたこの船は、
どこへ伸びて行くのだろう。
おまけ3
・裏話
(1)セルフ秘匿ハンドアウト
裏設定抱えたキャラ作ってきて。
裏設定はGM以外に非公開で。
GMは4人のPLにそう言った。
その結果、過去の因縁その他諸々
お互いに知らずにセッション開始。
自分の設定を小出しにしつつ、
他のPCの設定にワクテカ。
(2)10話以上?
想定最低10話。
設定生えたら追加の回が発生する。
という長丁場のキャンペーン。
GM曰くリスクしかない。
果たして我々は完走できるのか?
するんだよ!
(3)船の名前
我らがインペリアルフローレス号は
名前をダイスで決められた。
名前表で事故が発生するのは
よくあること。
セイント+船長の名前。
聖闘士ルージュだと……?
(4)おっそうだな^^
フライトマップのデータを
GMは間違って上書き消去したらしい。
こうなったら9割困難マスで埋めてやる。
そんなことを言っていたが、
PLたちは冗談だと思っていた。
思っていたんだ。
そう、フライトマップが開示されると
そこにはびっしりと複雑な構造。
もちろん9割困難マス。
さすが魔の空域。
気流+2で軽々抜けたがな!
(5)違うよ、死ねってことだよ
第1話の戦闘直前、GMからの死の宣告。
船が轟沈する経験なんて
なかなかできないよとニコニコのGM。
2ラウンド耐え抜いたらご褒美があるらしい。
必死に回避運動をして修理に奔走。
敵船速力30、自船の砲撃操舵にペナルティ、
インチキ性能の敵武装に耐え抜き
塔に不時着後にマスターシーンが。
なんと、謎のスゴイハヤイ船の
艦長のセリフ……!
教授の指示だとかあの男の影だとか
意味深なことを言う。
PCが知り得ない情報なので
リプレイでは省いた。
(6) 地の文さん
リプレイ書きたいと言い出した夏風。
しかし、ストーリーの展開や伏線を知らない。
かくなる上はPC視点の日記か
あるいは伝聞情報形式にするのみ。
こうして生まれたのが地の文さんこと
ジーノ・ブーン。
吟遊詩人だと世界観に合わない。
そこで追加される兄貴。
ブーン兄弟の誕生だ。
(7)GMの二つ名
二つ名決めの際にGMにも
二つ名付けてやろうという流れに。
”NDK!×2”、”おっそうだな^^”
“船落とし”、“撃墜”、“轟沈”、
“9割困難”、“初心者殺し”、“悪だくみ”。
というような案が出て無事に
“初心者殺し”のトクメーになったのだ。